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発展編

さくら色の故郷 40

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「おーい、瑞樹」
「セイ! 迎えありがとう!」
「楽しかったか」
「あぁいろいろ出来たよ」

 約束の時間になるとセイが再びペンションのバンで迎えに来てくれた。仕事で忙しい合間を縫っての送迎に、感謝の気持ちでいっぱいだ。

「お? 花束がまた増えたな」
「うん、芽生くんにもらったんだ」
「へぇ瑞樹はやっぱり白い花が似合うな」
「そうかな」
「すずらんっぽいよ」

 一旦ペンションに荷物を取りに戻り、そこから空港へ向かうことになっていた。車がペンションに近づくと緑色の三角屋根が太陽を浴びて、ひと際輝いて見えた。

 ここは……この先どんなに内装や外観が変わろうと、僕が生まれ育った場所に変わりはない。そう思える自信のようなものが漲っていた。

 正直……冬はまだそこまで思えなかった。でも春は違った。これは僕が成長した証なのだろうか。

「瑞樹くん、やっと挨拶できて良かったわ」

 ペンションの前には赤ちゃんを抱っこした女性が立っていた。セイの奥さんと子供だ。

「僕も会えて嬉しいです」

 急いで車を降りて挨拶し、皆を紹介した。

「連休中は忙しかったし、この子のお昼寝のタイミングが重なって、なかなか挨拶が出来なくてごめんなさい。それから朝は仕入れの運搬を手伝ってもらってありがとう!」

「いえ、赤ちゃん優先ですよ。僕に役に立つことがあって嬉しかったです。それにしても大きくなりましたね」

「そうなの、もう五か月よ。首も座ってうつぶせが出来るようになったのよ。それから、この前はとうとう寝返りもしたの」

 生後5ヶ月の赤ちゃんは、いろいろなものに興味を示す時期だそうだ。気になるものに手を伸ばし触ってみたり、口に入れたがるので大変だとセイが言っていたな。

 赤ちゃんを覗き込むと、好奇心や探究心いっぱいの明るい瞳をしていた。必死に手を伸ばし、僕のシャツを掴もうとしてくる。

「可愛いですね」
「抱っこしてみる?」
「あっはい。でも手を洗ってから」
「ふふっいい心掛けね! 瑞樹くんはいいパパになりそうって、あら……余計な事を、ごめんなさい」
「……いえ」

 僕と宗吾さんの事情を知っている奥さんは、恐縮してしまった。

 そんな風に気まずそうな顔をされるのは……かえって申し訳ない。

 それに僕は不思議な程、結婚して父親になるという事に関心がない。なぜだろう? 宗吾さんがいて芽生くんがいてくれる。もうそれだけで十分に満たされていた。



 一旦家に入り手を洗ったりして、奥さんの入れてくれた紅茶を飲み、それから赤ちゃんを抱っこさせてもらった。今度は僕の腕をギュッと掴んでくれた。

「わっ掴んでる!」

 これはなんとも切ない疼きだ。僕は確実に夏樹を思い出していた。五歳年下だったので、割と早くに抱っこさせてもらった。夏樹もこうやって僕の腕をギュッと掴んでくれたから。

 あの時、絶対に手離さないと誓ったのに、僕から夏樹が零れ落ちてしまうなんて思いもしなかった。

「瑞樹、どれ? 俺にも抱っこさせてくれよ」
「あっはい」

 宗吾さんに赤ちゃんを預け、僕はすぐに芽生くんを探した。

 気になったんだ、無性に……

 芽生くんは少しだけ寂しそうな顔でポツンと窓際にもたれていた。

「僕は芽生くんを抱っこしたいな」

 そう言うと、恥ずかしそうに頬を染めた。

 分かるよ。君の気持ち……

 夏樹が生まれた時、僕もそういう気持ちも味わった。

「ねぇ……おにいちゃんも小さい赤ちゃんの方がすき?」
「芽生くんがたいせつだよ」

 芽生くんがもじもじと上目遣いで聞いてくるのがいじらしくて……僕はそのまま天井に着くほど高く抱っこしてあげた。

「僕はこの子がいいな」
「おにいちゃん……もうっだいすき!」

 芽生くんが僕の首に手を回してギュッとしがみついてくれたので、ますます愛おしさが込み上げてきた。普段は大人びている芽生くんも、やっぱりまだたった五歳の幼子だ。

 まだたった五年しかこの世を生きていないのだから。

 夏樹はいなくなってしまったが、芽生くんと出逢えた。だから……

「僕の宝物だよ。芽生くんは」

 



 最後にペンションの前で全員で記念撮影を撮った。
 
 この旅行で僕は何枚も……集合写真を撮り続けた。

 僕が撮り、僕も中に入った。


「宗吾さん、最後に俺とツーショットを」
「セイ! お前、何言ってるんだよー」
「だってさぁ、彼、カッコいいから」
「宗吾さんは僕のモノだ、あっ……」

 つい張り合って馬鹿なことを口走ってしまった。するとセイに髪をクシャっと撫でられた。

「瑞樹よかったな。瑞樹のモノが出来てさ。お前はここでは失ってばかりだったから」

「あっ、うん……そうだな」




 大沼は僕の故郷だ。

 僕を待つ家族はこの世にもういないけれども、あらゆる所に思い出は散らばっていた。

 ここで過ごした僕の痕跡を辿ることも出来るし、当時の僕を知る人もいてくれる。

 だからやっぱりここは生まれ故郷だ。

 最後に僕の眼でシャッターを切ると、ちょうど風が吹いて桜の花びらが視界に舞い込んで来た。



 一面……桜色の世界だ。

 僕の故郷は桜色に染まっている。
 
 しあわせな色に染まっている。






『さくら色の故郷』 了











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