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発展編

さくら色の故郷 29

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「瑞樹、行こう!」

 宗吾さんの声に、心が弾ける。
 そうだ! 僕はずっと故郷の宙を見上げたかった。あなたと──

「お母さん、じゃあ、少しだけ行ってきます」
「えぇどうぞ、いってらっしゃい」
「おにいちゃん~ボクはおばあちゃんとお風呂にはいってくるね」
「うん、しっかり洗っておいで」
「あのね、もしかしたら……さきにねちゃうかもだけど、あのおへやにきてね」
「もちろんだよ」
「よかった!」

 芽生くんたちを見送ってから、宗吾さんと部屋を出た。

 まだ五月上旬の大沼の夜はグッと気温が下がる。その分空気が冴えて、きっと星空も綺麗なはずだ。

 ペンションの外に出ようとしたら、厨房から顔を覗かせたセイに呼び止められた。

「おーい、瑞樹。今から星空ウォッチングに行くんだろ」
「あっうん、良く分かったな」
「瑞樹のことなら分かるさ。これ持って行けよ。まだ外は寒いぜ」

 セイが僕の肩にバサッとウールのブランケットを掛けてくれた。

「敷物にしてもいいから、ほら。宗吾さんはこれを持って」

 セイが魔法瓶とマグカップを手渡すと、宗吾さんは少し怪訝そうな顔をした。

「これは?」
「ホットロイヤルミルクティーさ。瑞樹の好物だから」
「……そうなのか」
「冬にここにいた時、こればかり飲みたいって駄々を捏ねてさ~」
「えっそんなの、捏ねていない!」

 何を言いだすのかと思ったら恥ずかしい。宗吾さんの前でそんなこと。
 宗吾さんが気を悪くしないか、焦ってしまう。

「こいつ、こう見えてもミルク好きで赤ん坊みたいなんですよ! ははっ」
「……ふぅん」
「じゃあ、行って来いよ。向こうの丘がオススメだぜ」
「あっありがとう!」

 外に出てみると、頬を撫でる風が冷たかった。

 そのまま夜空を仰ぎ見れば……無数の星がキラキラと瞬いていた。

 人工的な光が溢れる都心では絶対に見ることの出来ない世界に、舞い降りる。

「瑞樹、すごいな」
「はい! 宗吾さん、あの丘で寝そべってみませんか」
「そうだな」
「行きましょう」

 僕たちは自然に手を恋人繋ぎにして、丘を登った。

 辿り着いた小高い丘では、少し背伸びしたら満天の星を掴めそうだった。

 芝生が生い茂り、ふかふかとした絨毯のようで気持ち良さそうだった。

 立ったままだと首が疲れてしまうので寝っ転がって見た方がいい。だから芝生にブランケットを敷いた。

「宗吾さん、ここにどうぞ」
「あぁ、だが瑞樹はここだ」
 
 ブランケットを敷くと、宗吾さんにそこに座るように言われた。「何で?」と聞き返す間もなく、突然膝枕をすることになってドギマギした。

「あ……の?」
「少しだけ……こうしていてくれ」
「あっはい」

 なんだかくすぐったい。
 あれ? 今日は何だか宗吾さんに甘えられている気分だ。

「……瑞樹は本当に周りの人から愛されているな。よく分かったよ」
「え? 」

 少し拗ねたような言い方が可愛いな。

 夕方、墓地で男らしく宣言してくれた宗吾さんが、今は少し気まずそうだ。

 それでも僕に普段見せない心を開いてくれていることが嬉しくて、彼の髪を手櫛で梳くように優しく撫でた。

 男らしく硬めの黒髪……
 
 こんなことをするのは慣れていないので緊張してしまうが、きちんと伝えておきたかった。

「宗吾さん、大好きです……あなたは特別です」

「……瑞樹、どうやら俺は思ったより嫉妬深いようだ。君が故郷の同級生に愛されているのが嬉しいのに、その一方で俺の知らない事を知っているのについ妬いてしまう」

 ハッとした。それはさっきのやりとりの事だ。

「宗吾さん……僕にはロイヤルミルクティーより好きなものがあるのを知っていますか」
「うん?」
 
 怪訝そうに僕を見上げる宗吾さんの唇に、そっと唇を重ねた。

 宗吾さんのぬくもりを分けてもらう。

「瑞樹?」
「これです」
「参ったな、それは反則だ」
  
 次の瞬間……宗吾さんに強い力で腕を引っ張られ、すぐ横に寝る姿勢を取らされた。

「瑞樹も一緒に横になれ」
「はい」
「……昔よく見たのか」
「はい……よくこうやって川の字で」

 父も母もアウトドアが趣味で、よく家族でキャンプをした。

 夜になると皆でレジャーシートに横になり、夜空を見上げたことを思い出してしまった。

……

『ママ、お星さまキレイだね』
『そうね。あの星にはママのおじいちゃんやおばあちゃんもいるのよ』
『えっ……しんじゃうと、星になるの?』
『そうよ。星になって空から私たちを見守ってくれるのよ』
『いつか……ママもあそこに行ってしまう?』

 急に寂しくなって母に抱きついた。

 まだ僕がとても小さい頃の記憶だ……

 夏樹は生まれていなかった。

 母のお腹はまあるく膨らんでいた。

『ふふっまだまだそれは先よ』
『ずっとそばにいて』
『うん……そうだ、瑞樹、このお腹の赤ちゃんもあのお空の星からやってきたのよ』
『そうなの?』
『人はこの世に生まれて……この世を懸命に生きて、やがて死んでいくものよ』
『ふぅん?』

 母の言葉は……難しかった。

 これから生まれてくる子も死んだ人も空に沢山いるのか。

 そして地上に舞い降りて、僕たちは、今を生きているのか。
 
 今なら……そんな風にも思えるが。

『ママも大好きな瑞樹のこと、ずっとずっと見守っていたいな。でも、もしも死んじゃったらあのお空の星になって見守るわ。覚えておいてね』

 少しだけ怖くなって、その晩は母の胸に深く抱かれて眠った。

 僕は弟が生まれるまで、甘えん坊だった……


……

「瑞樹どうした?」
「僕の家族も……あの星になって見守っているのでしょうか」
「そうだな。きっとそうだよ」

 宗吾さんが僕の腰に手を回してグイっと引き寄せる。

 僕たちは囁くように口づけを交わす。

「あっ……」

 啄むような口づけをしては、微笑みあった。

「宗吾さんもう帰らないと……それに」
「それに? 」
「星に見られているような気がして、ここは落ち着きません」
「ふっ可愛いことを言うんだな」

 宗吾さんが甘く微笑んだ。

 その様子にドキっとする。

 こういう時の宗吾さんは、何だかすごく格好良いから……ズルい。
 
 慌てて起き上がろとすると、宗吾さんが僕の上に覆い被さってきたので驚いてしまった。

「駄目ですよ。こんな場所で」
「だが、こうすれば星からは見えないだろう」
「あっ」

 ぴったりと唇を重ねられると、僕の視界は宗吾さんだけになった。

 まるでこの世界に宗吾さんしかいない時間旅行に出たような不思議な心地になる。

「もう寂しがるな。もう俺がいるだろう」
「はい……そうです……宗吾さんがいます」



 僕も宗吾さんの背に手を回し、彼をきつく抱きしめた。

 夜空の星に心細くなっていた僕の心ごと、抱きしめてもらう──



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