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発展編
さくら色の故郷 28
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セイが作ってくれた夕食は、北海道らしさ満載だった。
このペンションのでは、僕も冬に手伝ったから良く分かっているが、地元の生産者と連携して厳選した食材を仕入れている。その中には牧場をやっている同級生や、農家をやっている同級生もいる。
僕と縁のある地元のネットワークで成り立っているのがいい。まさに僕の故郷の味を、宗吾さんたちに食べてもらえて幸せだ。
大沼は北海道でも有数の野菜と果実の生産地で、しかも車で30分程の所には漁港もあり新鮮な魚が水揚げされているので、どの食材も鮮度抜群だ。
開放的な吹き抜けのダイニングルームで、ゆっくりと食事をした。
平目のカルパッチョに蒸しズワイ蟹
スモークサーモンのマリネに明太子パスタ
食べきれない程のご馳走に、セイが僕たちのために腕を振るってくれたのが伝わってきた。僕は宗吾さんと北海道限定の工場直送生ビールを飲んで、既にほろ酔い気分だ。
「さぁ次はメインだぞ」
「何だろう?」
「大沼牛のビーフシチューだ」
「わぁ美味しそうだね」
いつもはメインはステーキなのに珍しいな。
更にスプーンで掬って一口食べた時に、あれっ? と思った。
優しくて濃厚なデミグラソースの味わい。お肉はホロホロで食べやすい。
それに……なんだろう。何かが胸の奥から湧き出る感じ……
「瑞樹どうだ? どんな味に感じる?」
「あっ……なんだろう? とても懐かしい味がする」
「やった! そうだろう? これ、見て見ろよ」
セイが嬉しそうに差し出したのは、手書きのレシピノートだった。
「えっ……これって?」
「瑞樹のお母さんの手書きレシピ集さ。実はこれを見て作ったんだ」
「そんなものがあったのか」
「お前の部屋を整理していたら段ボールに紛れていたのさ」
「みっ見てもいい?」
「当たり前だ」
何の変哲もない大学ノートに、鉛筆で細かく書かれた筆跡に触れる。
もう母の肉筆なんて覚えていないのに、僕の指はちゃんと覚えていた。
「おかあさんの字だ……これ」
幼稚園のバッグやスモック、ランチョンマット……小学校入学時、小さなカード一つ一つに書かれものや、上履きや体操着の名前。マジックで書かれた黒い文字がぶわっと浮かんできた。
「そう、そのレシピノートは、お前が持って行けよ」
「いいのか」
「当たり前だ。瑞樹のだ」
「嬉しい……」
「なぁここを見て見ろよ」
「なに?」
セイがノートをパラパラとめくって指差した所には……
『ビーフシチュー』というタイトルの横に、お母さんの手書きの文字が添えてあった。
『みずきの大好物』と──
「うっ……」
もう泣かないと決めたのに、こんなサプライズがまだあるなんて。
「あー泣くなよ。でも嬉しいよな。こういうの」
「僕は本当に当時を忘れてしまったと思っていたのに……味覚はちゃんと覚えていた。このビーフシチューは誕生日やクリスマスに、お母さんがよく作ってくれた。セイのと同じ味だよ」
「よかったぜ!」
「本当に……ありがとう」
感極まってしまった僕の肩を、宗吾さんが優しく抱いてくれる。
「瑞樹、良かったな。東京に持って行こう。それでふたりで作ってみよう。俺も好きな味だったぞ」
「はい……ありがとうございます」
「セイ、見つけてくれて、作ってくれてありがとう」
「少しは役に立ってよかったよ。俺からのお祝いだ」
「ん……何の?」
「おいおい野暮なこと聞くなよ」
セイが耳元で「彼氏と同棲って、もう結婚みたいなもんだろう? 」なんて言うから、耳まで赤くなってしまう!
宗吾さんには聞こえていないはずなのに、満更でもないような明るい笑顔を浮かべていた。
そのまま暫く歓談を続けていると、芽生くんがお眠になってきたようだ。
「あーもうボク、もうお腹いっぱいで、ねむい……」
「おーボウスよく食べてくれたな」
「ん? ボウズってボクのこと。なんだか、おぼうさんみたいだなぁ」
芽生くんがキョトンとした表情で目を丸くした。
「そうそう。お前、可愛いな」
セイが笑うと、芽生くんもつられて笑う。
「なんか、おじちゃんも可愛いね」
「おっ、おじちゃん?」
「うん!」
「おいおい、これでも瑞樹と同級生なんだが……」
「ええっ! うそ」
「まだ27歳だぞ!」
芽生くんが僕とセイを見比べて、困った顔になった。
「だっ大丈夫だよ。セイはちょっと年より老けてみえて、僕は若く見えるから」
「おい、瑞樹。それフォローになってないぞ」
「わっごめん!」
「ははは。俺の瑞樹は若くて可愛いからなぁ」
「……そっ宗吾さんっ」
楽しい夕食の後は、セイと奥さんに礼を言って各自の部屋に戻った。
僕は、かつての子供部屋に芽生くんと泊まる約束をしていたので、宗吾さんとは別々だ。宗吾さんは「うわーこの歳でお袋と同室?」と照れていたが、滅多にない、よい機会だと思う。
「宗吾、私は今から芽生とお風呂に行ってくるから、少し瑞樹くんと散歩してきたら?」
「いいのか」
「大沼の星空は綺麗だって、さっきセイさんが教えてくれたのよ」
「そうか……母さんサンキュ!」
お母さんとセイの優しい気遣いが嬉しかった。
「瑞樹、さぁ星を見に行こう! 」
宗吾さんに誘われて、嬉しかった。
ここ大沼は……駒ヶ岳を背景に美しい満天の星空に出会える場所だ。
いつか宗吾さんと共に宙を見上げたいと思っていたから。
このペンションのでは、僕も冬に手伝ったから良く分かっているが、地元の生産者と連携して厳選した食材を仕入れている。その中には牧場をやっている同級生や、農家をやっている同級生もいる。
僕と縁のある地元のネットワークで成り立っているのがいい。まさに僕の故郷の味を、宗吾さんたちに食べてもらえて幸せだ。
大沼は北海道でも有数の野菜と果実の生産地で、しかも車で30分程の所には漁港もあり新鮮な魚が水揚げされているので、どの食材も鮮度抜群だ。
開放的な吹き抜けのダイニングルームで、ゆっくりと食事をした。
平目のカルパッチョに蒸しズワイ蟹
スモークサーモンのマリネに明太子パスタ
食べきれない程のご馳走に、セイが僕たちのために腕を振るってくれたのが伝わってきた。僕は宗吾さんと北海道限定の工場直送生ビールを飲んで、既にほろ酔い気分だ。
「さぁ次はメインだぞ」
「何だろう?」
「大沼牛のビーフシチューだ」
「わぁ美味しそうだね」
いつもはメインはステーキなのに珍しいな。
更にスプーンで掬って一口食べた時に、あれっ? と思った。
優しくて濃厚なデミグラソースの味わい。お肉はホロホロで食べやすい。
それに……なんだろう。何かが胸の奥から湧き出る感じ……
「瑞樹どうだ? どんな味に感じる?」
「あっ……なんだろう? とても懐かしい味がする」
「やった! そうだろう? これ、見て見ろよ」
セイが嬉しそうに差し出したのは、手書きのレシピノートだった。
「えっ……これって?」
「瑞樹のお母さんの手書きレシピ集さ。実はこれを見て作ったんだ」
「そんなものがあったのか」
「お前の部屋を整理していたら段ボールに紛れていたのさ」
「みっ見てもいい?」
「当たり前だ」
何の変哲もない大学ノートに、鉛筆で細かく書かれた筆跡に触れる。
もう母の肉筆なんて覚えていないのに、僕の指はちゃんと覚えていた。
「おかあさんの字だ……これ」
幼稚園のバッグやスモック、ランチョンマット……小学校入学時、小さなカード一つ一つに書かれものや、上履きや体操着の名前。マジックで書かれた黒い文字がぶわっと浮かんできた。
「そう、そのレシピノートは、お前が持って行けよ」
「いいのか」
「当たり前だ。瑞樹のだ」
「嬉しい……」
「なぁここを見て見ろよ」
「なに?」
セイがノートをパラパラとめくって指差した所には……
『ビーフシチュー』というタイトルの横に、お母さんの手書きの文字が添えてあった。
『みずきの大好物』と──
「うっ……」
もう泣かないと決めたのに、こんなサプライズがまだあるなんて。
「あー泣くなよ。でも嬉しいよな。こういうの」
「僕は本当に当時を忘れてしまったと思っていたのに……味覚はちゃんと覚えていた。このビーフシチューは誕生日やクリスマスに、お母さんがよく作ってくれた。セイのと同じ味だよ」
「よかったぜ!」
「本当に……ありがとう」
感極まってしまった僕の肩を、宗吾さんが優しく抱いてくれる。
「瑞樹、良かったな。東京に持って行こう。それでふたりで作ってみよう。俺も好きな味だったぞ」
「はい……ありがとうございます」
「セイ、見つけてくれて、作ってくれてありがとう」
「少しは役に立ってよかったよ。俺からのお祝いだ」
「ん……何の?」
「おいおい野暮なこと聞くなよ」
セイが耳元で「彼氏と同棲って、もう結婚みたいなもんだろう? 」なんて言うから、耳まで赤くなってしまう!
宗吾さんには聞こえていないはずなのに、満更でもないような明るい笑顔を浮かべていた。
そのまま暫く歓談を続けていると、芽生くんがお眠になってきたようだ。
「あーもうボク、もうお腹いっぱいで、ねむい……」
「おーボウスよく食べてくれたな」
「ん? ボウズってボクのこと。なんだか、おぼうさんみたいだなぁ」
芽生くんがキョトンとした表情で目を丸くした。
「そうそう。お前、可愛いな」
セイが笑うと、芽生くんもつられて笑う。
「なんか、おじちゃんも可愛いね」
「おっ、おじちゃん?」
「うん!」
「おいおい、これでも瑞樹と同級生なんだが……」
「ええっ! うそ」
「まだ27歳だぞ!」
芽生くんが僕とセイを見比べて、困った顔になった。
「だっ大丈夫だよ。セイはちょっと年より老けてみえて、僕は若く見えるから」
「おい、瑞樹。それフォローになってないぞ」
「わっごめん!」
「ははは。俺の瑞樹は若くて可愛いからなぁ」
「……そっ宗吾さんっ」
楽しい夕食の後は、セイと奥さんに礼を言って各自の部屋に戻った。
僕は、かつての子供部屋に芽生くんと泊まる約束をしていたので、宗吾さんとは別々だ。宗吾さんは「うわーこの歳でお袋と同室?」と照れていたが、滅多にない、よい機会だと思う。
「宗吾、私は今から芽生とお風呂に行ってくるから、少し瑞樹くんと散歩してきたら?」
「いいのか」
「大沼の星空は綺麗だって、さっきセイさんが教えてくれたのよ」
「そうか……母さんサンキュ!」
お母さんとセイの優しい気遣いが嬉しかった。
「瑞樹、さぁ星を見に行こう! 」
宗吾さんに誘われて、嬉しかった。
ここ大沼は……駒ヶ岳を背景に美しい満天の星空に出会える場所だ。
いつか宗吾さんと共に宙を見上げたいと思っていたから。
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