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発展編

さくら色の故郷 12

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 風呂から上がると、母同士の話し声が脱衣場にも届いていた。

 盗み聞きしているようで申し訳ないが、狭い家なので仕方ない。

 最初は井戸端会議的な内容だろうと聞き流していたのに、突然飛び込んで来た言葉に、着替えの手がぴたりと停まってしまった。

「えっ今、なんて……僕が赤ちゃんの時からのアルバムって」

 そんなものが存在していたとは、初めて聞いた。産みの母が僕のためにアルバムを用意してくれていたなんて驚いた。

 確かに事故に遭った年の秋に、通っていた小学校で1/2成人式をやる予定だった。もしかして母がそのためにアルバムを準備してくれたのか。何でも早くから取り掛かっていた母らしいな。

 葬式の後……僕は着の身着のままで、この家にやってきた。

 その後何度か家の整理には行ったはずだが、まだ10歳の僕には自分の事だけで精一杯で、両親の荷物や家族の思い出など……気に留める余裕はなかったし、辛くて見たくなかった。あの当時の記憶は、もうおぼろげだ。
 
 そこからの母の話に、一気に胸が熱くなる。

 今まで一度も知らなかった……気づかなかったよ。

 そんな気持ちで、僕のことを育ててくれたなんて……

 そんな風に後悔しているなんて! 

 後悔させていたなんて!

 違う! 違うよ……っ

 お母さんは懸命に僕を育ててくれた。僕はそれを知っている!

 気が付くと脱衣場から飛び出し、母の胸に飛び込んでいた。

 この家にやってきてから、こんな風に自分から大きく歩み寄ったことがあったろうか。甘えたことがあったろうか。

「お母さん……僕もずっと意固地になって、ごめんなさい。お母さんにもっと甘えたかったのに、今からでも間に合いますか」

 あぁ……やっと言えた。

 口に出してみて初めて気づく。ずっとこんな風に素直に気持ちを伝えたかったのだと。でも幼い僕にはその方法が分からなくて、何をしたら喜んでもらえるのか、どうやったら気に入ってもらえるのか……嫌われないで済むのか。そんなことしか考えられなかった。

 そうか……こんな風に素直になればよかったのか。こんな簡単なことだったのに、それがずっと出来なかったのだ。

 気がつくと母の胸で、しくしくと泣いていた。

 母はそんな僕を優しく抱きしめてくれ、そして更に僕の背中を宗吾さんのお母さんが優しく擦ってくれた。

「うっうっ……今の僕には……本当に母が三人いるんですね」
「そうよ、瑞樹」
「その通りよ。瑞樹くん」

 確認するように発した言葉に、すぐに反応してもらえ、ますます涙腺が緩んでしまった。

「二人の母が……すぐ近くにいてくれて、慰め、励ましてくれて……すごく嬉しいです」

 それから三人で僕が産まれた時からのアルバムを、一枚一枚ゆっくりと見た。

 産みの母の文字で書かれた成長記録。体重や身長……柔らかな筆跡にまた涙した。

「良かったわ。一緒に辿れたわね。十歳までの瑞樹を」
「……はい」
「あのね、実はこの続きもあるの、続けて見てもらる? 」
「え……」
「十歳からの瑞樹のアルバムがこれよ」
「お母さん……」
「あなたにあげようと思って、作ってみたの」

 驚いた事に、この家にやってきてからの僕の姿を、母が一冊のアルバムにまとめてくれていた。

 タイトルは『十歳からの瑞樹のおもいで』

 二冊のアルバムが突然手元にやってきた。
 これは今の僕に繋がる確かな軌跡だ。

 ゆっくりとベージを捲った。函館に来てからの写真なんて、殆どないと思ったのに……いつの間に。

 なんだか幸せしぎてポカポカしてしまい、そのまま居間でうつらうつらしてしまった。

「あら瑞樹、疲れたのね。もうお布団で寝ないと」
「ん……どこで……寝たらいい?」
「広樹の部屋に三人分のお布団を敷いてあるから」
「ん……わかった」

 寝ぼけ眼で階段を上がり、広樹兄さんの部屋に入り、倒れ込むように布団に埋もれた。

 ドキドキし、泣いたり笑ったり、感情を使い過ぎたので、猛烈に眠くなってしまった。

 とにかくスペシャルな一日だった!

****
 
「おい宗吾、俺が風呂で泣いたこと言うなよ」
「それは俺の台詞だ!」
「ははっ、花嫁の父気分だったのか。俺も年取ったなぁ。涙腺が脆くなって」
「いい兄貴だよ……広樹は」
「宗吾はいい婿だ。なぁもう一杯だけ飲んでいくか」
「おお!」

 銭湯からの帰り道、上機嫌でビールをひっかけて、賑やかに帰宅した。

「あれ? 母さん、瑞樹は?」
「もう寝ちゃったわよ。まぁ~あなたたち、またビールを?」
「寝酒だよ。よしっもう俺たちも寝るよ」
「瑞樹は疲れてあなたの部屋で寝ているから、静かにね」
「おう! 宗吾、今日は俺の部屋で寝るぞ。雑魚寝だが、いいよな」
「おう!」

 そういえば……瑞樹の家でつぶれて、二人で雑魚寝したよな。あの日の朝のことを思い出せば大笑いだ。

「そうだ!広樹、瑞樹の隣は俺だからな」
「いやいや、兄として隣で寝るぞ。お前が変なことしないようにガードせねば」
「いやいや、やっぱり俺だろう。恋人だし」

 そんなことを言い合いながら部屋に入ると……

 なんと!

 瑞樹は布団の真ん中で大の字で眠っていた。スヤスヤといい夢を見ているようで、幸せそうな寝顔だった。

 瑞樹のこんな無防備な寝顔は見たことがないぞ。

「真ん中か!」
「そう来たか!」

俺たちは顔を見合わせ、また笑った。

何だか、義兄弟みたいだな。

瑞樹が引き合わせてくれた楽しい縁に、感謝だ!
 

 
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