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発展編
さくら色の故郷 7
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僕たちは赤レンガ倉庫の並びにあるジンギスカン専門店にやって来た。
ジンギスカンと言えば、函館で是非食べてもらいたいご当地グルメの一つ。このお店は地元でも評判なのでぜひ案内したいと思っていたら、広樹兄さんが既に予約してくれていたので驚いた。
いつも広樹兄さんは、僕の事を考えてくれる。
僕には頼りになる心強い兄がいる。そう自慢したくなるよ。
「兄さん、予約ありがとう」
「おお、やっぱ混んでいるな。予約で正解だな。まぁお前の考えていることなら、分かるよ」
「そうだね。兄さんはいつもそうだった」
「瑞樹は、この店の味が好きだもんな」
「うん」
「……お前を東京へ送り出す時、最後に皆で食事したのも、ここだったな。」
「うん、ちゃんと覚えているよ。兄さん……あの時はごめんなさい」
「何言ってんだよ」
滅多に外食をしないのに、お母さんが率先して企画してくれた。その日だけは花屋を早く閉めて僕の高校卒業と大学入学祝いと上京の壮行会、全部込み込みでお祝いしてくれた。
なのに……当時の僕は潤と上手くいっていなくて、緊張してぎこちなかった。早く函館から出ていくことばかり考えていて、ごめんなさい。
勝手に高い壁を作っていたのは僕の方だった。
あの時のお母さんと兄さんの気持ちも、潤の気持ちも……みんなそれぞれに別れを惜しんでいてくれたのが、今になって分かるよ。
「あの時はありがとう。兄さん、潤は軽井沢で頑張っている?」
「あぁなんとかGWは帰省できると言っていたが、間に合わなかったようだな」
「そうなのか……会いたかったよ」
「まぁまた会えるさ」
「うん、絶対に会いたい」
「潤も同じ気持ちだよ。おっとビールが来たぜ」
混みあった店のお座敷で、ビールの大ジョッキで乾杯した。芽生くんにはリンゴジュースを頼んであげた。
僕の右隣で宗吾さんが嬉しそうにビールを飲み出すと、煽られるように向かいに座る兄さんもグイグイ飲む。わっ……ピッチが速いけど大丈夫かな。僕の家でも競うように飲んで、かなり酔っ払ってしまったのを思い出す。あの時は兄さんと宗吾さんが盛大な誤解をして大変だったな。僕なんて裸で飛び出しちゃって……思い出すと、何だか楽しい気持ちになってきた。
「おー旨そうな肉が来たぞ。瑞樹はそっちの鍋、任せたぞ」
「はい!」
この店では、冷凍していない生の新鮮なラム肉を焼いて食べることが出来る。肉に全く臭みがないので、芽生くんでも食べやすいはずだ。他にも味付ラムロースとロールマトンも食べ比べてみようと、兄さんが追加オーダーしていた。
「おいしそう!」
「おぉ!すごく美味いな。流石本場だ」
「まぁ柔らかくて美味しいお肉ですね」
皆に好評で、ホッとした。
久しぶりに食べたラム肉は癖もなく柔らかくて美味しかった。味付けラムの方は僕が子供の頃から食べ慣れた味だったので、懐かしくなってしまった。
「おにいちゃん、あのね、これ何のお肉なの? なんかいつもとちがうね」
「あっそうか、メイくんは初めてなのか」
「うん」
「これは『ラム肉』っていうんだよ」
「ラム? それって、ウシさんなの?」
「いや、ヒツジだよ」
「えーメイ、共食いしちゃうの? 」
「えっ……なんで? 芽生くんは未年でもないのに?」
「メイってなまえ、メーメーなく羊さんみたいだねって、ママがよく言っていて。あっ……」
そういえばいつも芽生くんが持っているぬいぐるみは羊だったな。
あっ今日も持ってきたのか。
さりげなく芽生くんの横に座っている羊のぬいぐるみと目が合った。
あれからこんな風に……ふとした拍子に芽生くんがお母さんの話を僕にしてくれるようになった。
これはいい傾向だと思うので、そのままお母さんの話題を促した。
母を思慕する気持ちなら、僕も分かるから大丈夫だよ。
「そうか、じゃあこの羊のぬいぐるみはママが買ってくれたのかな」
「うん、そうなの」
「モコモコの毛が可愛いね」
「ほんとうに?」
「その羊くんとは別だから大丈夫だよ。さぁもっと食べてごらん」
「うん、すごくいい匂いだね、ちょっと心配したけど食べていいんだね」
「どうぞ!」
本当に可愛いなぁ……こういう発想って、小さい子供ならではだ。
芽生くんの隣で、宗吾さんのお母さんとその向かいに座る母が挨拶し出していた。
「あの、宗吾がお世話になっています」
「いえいえ、こちらこそ瑞樹がお世話になっています」
「ふふっ」
「うふっ」
宗吾さんのお母さんとお母さんが、顔を見合わせて笑い出した。
「あの……こういう場ですし、もう堅苦しい挨拶は抜きにしましょうか」
「えぇ」
「ところで、あなたは生け花の師範だと伺っていますが」
「そうですよ」
「私は花屋を営んでいるので、何だか話が合いそうですね」
宗吾さんのお母さんと母が共通の花の話で盛り上がり出した。どんどん和やかな雰囲気になっていく様子を、目を細めて見つめてしまった。
すると机の下で、宗吾さんの左手と僕の右手が偶然……触れ合った。
「あっ……」
なんだかドキっとする!
家を出てから、ほとんど触れあっていないからなのか。
昨日僕たちは長時間に渡り素肌と素肌を重ね合い、存分に触れあった。
だからなのか……こんな風に少し肌が重なるだけでも……心臓が跳ねてしまうなんて。
宗吾さんもそれに気づいたらしく、僕の手の甲に、手の平をぴたりと重ねて来た。
「んっ……」
好きな人と肌と肌を重ねるのは、どんな部分でもドキドキしてしまうものだと、思い知らされた。
「瑞樹、いい光景だな」
「あっはい」
「みんな和やかで、素のままだな」
「そうですね」
それより……僕の手はあなたを意識して止まらない!
「瑞樹も楽しいか」
「あっ……はい」
「よかったよ」
耳元でそんな風に低く甘く囁かれると、心臓の鼓動がひと際早くなってしまう。
ジンギスカンと言えば、函館で是非食べてもらいたいご当地グルメの一つ。このお店は地元でも評判なのでぜひ案内したいと思っていたら、広樹兄さんが既に予約してくれていたので驚いた。
いつも広樹兄さんは、僕の事を考えてくれる。
僕には頼りになる心強い兄がいる。そう自慢したくなるよ。
「兄さん、予約ありがとう」
「おお、やっぱ混んでいるな。予約で正解だな。まぁお前の考えていることなら、分かるよ」
「そうだね。兄さんはいつもそうだった」
「瑞樹は、この店の味が好きだもんな」
「うん」
「……お前を東京へ送り出す時、最後に皆で食事したのも、ここだったな。」
「うん、ちゃんと覚えているよ。兄さん……あの時はごめんなさい」
「何言ってんだよ」
滅多に外食をしないのに、お母さんが率先して企画してくれた。その日だけは花屋を早く閉めて僕の高校卒業と大学入学祝いと上京の壮行会、全部込み込みでお祝いしてくれた。
なのに……当時の僕は潤と上手くいっていなくて、緊張してぎこちなかった。早く函館から出ていくことばかり考えていて、ごめんなさい。
勝手に高い壁を作っていたのは僕の方だった。
あの時のお母さんと兄さんの気持ちも、潤の気持ちも……みんなそれぞれに別れを惜しんでいてくれたのが、今になって分かるよ。
「あの時はありがとう。兄さん、潤は軽井沢で頑張っている?」
「あぁなんとかGWは帰省できると言っていたが、間に合わなかったようだな」
「そうなのか……会いたかったよ」
「まぁまた会えるさ」
「うん、絶対に会いたい」
「潤も同じ気持ちだよ。おっとビールが来たぜ」
混みあった店のお座敷で、ビールの大ジョッキで乾杯した。芽生くんにはリンゴジュースを頼んであげた。
僕の右隣で宗吾さんが嬉しそうにビールを飲み出すと、煽られるように向かいに座る兄さんもグイグイ飲む。わっ……ピッチが速いけど大丈夫かな。僕の家でも競うように飲んで、かなり酔っ払ってしまったのを思い出す。あの時は兄さんと宗吾さんが盛大な誤解をして大変だったな。僕なんて裸で飛び出しちゃって……思い出すと、何だか楽しい気持ちになってきた。
「おー旨そうな肉が来たぞ。瑞樹はそっちの鍋、任せたぞ」
「はい!」
この店では、冷凍していない生の新鮮なラム肉を焼いて食べることが出来る。肉に全く臭みがないので、芽生くんでも食べやすいはずだ。他にも味付ラムロースとロールマトンも食べ比べてみようと、兄さんが追加オーダーしていた。
「おいしそう!」
「おぉ!すごく美味いな。流石本場だ」
「まぁ柔らかくて美味しいお肉ですね」
皆に好評で、ホッとした。
久しぶりに食べたラム肉は癖もなく柔らかくて美味しかった。味付けラムの方は僕が子供の頃から食べ慣れた味だったので、懐かしくなってしまった。
「おにいちゃん、あのね、これ何のお肉なの? なんかいつもとちがうね」
「あっそうか、メイくんは初めてなのか」
「うん」
「これは『ラム肉』っていうんだよ」
「ラム? それって、ウシさんなの?」
「いや、ヒツジだよ」
「えーメイ、共食いしちゃうの? 」
「えっ……なんで? 芽生くんは未年でもないのに?」
「メイってなまえ、メーメーなく羊さんみたいだねって、ママがよく言っていて。あっ……」
そういえばいつも芽生くんが持っているぬいぐるみは羊だったな。
あっ今日も持ってきたのか。
さりげなく芽生くんの横に座っている羊のぬいぐるみと目が合った。
あれからこんな風に……ふとした拍子に芽生くんがお母さんの話を僕にしてくれるようになった。
これはいい傾向だと思うので、そのままお母さんの話題を促した。
母を思慕する気持ちなら、僕も分かるから大丈夫だよ。
「そうか、じゃあこの羊のぬいぐるみはママが買ってくれたのかな」
「うん、そうなの」
「モコモコの毛が可愛いね」
「ほんとうに?」
「その羊くんとは別だから大丈夫だよ。さぁもっと食べてごらん」
「うん、すごくいい匂いだね、ちょっと心配したけど食べていいんだね」
「どうぞ!」
本当に可愛いなぁ……こういう発想って、小さい子供ならではだ。
芽生くんの隣で、宗吾さんのお母さんとその向かいに座る母が挨拶し出していた。
「あの、宗吾がお世話になっています」
「いえいえ、こちらこそ瑞樹がお世話になっています」
「ふふっ」
「うふっ」
宗吾さんのお母さんとお母さんが、顔を見合わせて笑い出した。
「あの……こういう場ですし、もう堅苦しい挨拶は抜きにしましょうか」
「えぇ」
「ところで、あなたは生け花の師範だと伺っていますが」
「そうですよ」
「私は花屋を営んでいるので、何だか話が合いそうですね」
宗吾さんのお母さんと母が共通の花の話で盛り上がり出した。どんどん和やかな雰囲気になっていく様子を、目を細めて見つめてしまった。
すると机の下で、宗吾さんの左手と僕の右手が偶然……触れ合った。
「あっ……」
なんだかドキっとする!
家を出てから、ほとんど触れあっていないからなのか。
昨日僕たちは長時間に渡り素肌と素肌を重ね合い、存分に触れあった。
だからなのか……こんな風に少し肌が重なるだけでも……心臓が跳ねてしまうなんて。
宗吾さんもそれに気づいたらしく、僕の手の甲に、手の平をぴたりと重ねて来た。
「んっ……」
好きな人と肌と肌を重ねるのは、どんな部分でもドキドキしてしまうものだと、思い知らされた。
「瑞樹、いい光景だな」
「あっはい」
「みんな和やかで、素のままだな」
「そうですね」
それより……僕の手はあなたを意識して止まらない!
「瑞樹も楽しいか」
「あっ……はい」
「よかったよ」
耳元でそんな風に低く甘く囁かれると、心臓の鼓動がひと際早くなってしまう。
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