241 / 1,730
発展編
幸せを呼ぶ 27
しおりを挟む
「パパーおにーちゃん! ここだよ~ おーい!」
日曜日の昼下がり。
公園の滑り台の上から芽生くんが明るく手を振っているのを、僕と宗吾さんは並んで眺めていた。
「芽生くん、とても楽しそうですね」
「あぁ、この公園にずっと瑞樹と来たがっていたからな」
「僕もやっとです。やっとこんな風に……日曜日をのんびりとした気持ちで過ごせます」
あれから月日は順調に流れ、いよいよ次の週末には宗吾さんの元に引っ越しをする。
週末は宗吾さんの家に泊まり込んで部屋の準備を整え、平日はバス停で待ち合わせした。
それが僕の毎日、スタンダードな日々だった。
「そうだ。瑞樹、あれからあの後輩、変なこと言って来ないか。あの日のことバレてないか」
「クスッ……大丈夫ですよ。あの日、正気に戻った時は始発電車に乗っていたって言っていたし、宗吾さんのことは酔っていで殆ど記憶にないみたいです」
「ならいいが。他に会社で変わったことはないか。あの同期……菅野くんだっけ? 彼も何も言って来ないか」
「はい、大丈夫です。もしかしたら……カンが良いアイツにはバレてしまったかもしれませんが、言いふらすような奴じゃないので」
「そうか、ならいいが。いい同期を持ったな」
「……そもそも宗吾さんが、ついてきたんですよ」
「おいおい、それは瑞樹が野獣をふたりも家に泊めるって言うからだぞ」
それは純粋に僕の代わりに災難を被った菅野が可哀そうだったのと、吐く程飲まされた新入社員の体調を思いやってのことだったのに……
「でも……」
「なんだ? 」
「僕はあの時、真剣に……大変だったんです」
「どこが? 」
とぼけて言うんだから、もうっ宗吾さんは!
本当に本当に危なかった。
菅野が雑炊を食べている間も、ずっと体育座りでベッドに丸まって、股間の熱を収めるのに必死だった。それというのも宗吾さんがあんな状態で、鍵をかけただけの部屋で僕にあんなに長いキスをしたからだ。
少しだけ恨みがましく、じどっと宗吾さんのことを眺めると、宗吾さんは悪びれることもなく、明るく笑った。
「ははっ、あの日の瑞樹は最高に美味しかった」
「もう……またそんないい方。いいですか。ここは健全な公園で、今は真昼間なんですよ」
「分かっているよ。でも君がそれだけ魅力的だったからだ。仕方がないだろう? それとも魅力がないって言われる方がいいか」
「……う……反省していませんね」
「瑞樹だって、あの日は自分から激しく求めていたから同罪だ」
「もう……宗吾さんの『変なモード』がうつったんですよ」
「くくくっ言ったな」
「くすっ」
笑い声が、のどかな公園に吸い込まれていく。
「あぁ風が心地いいですね」
五月が近い……風が香るようになった。
「ようやく瑞樹の季節、到来だな」
「大好きな季節です」
「葉が瑞々しいな」
「はい、僕は桜が散った後にやって来る新緑の季節が好きです」
「うん、俺もだ。花を咲かすだけじゃないな。人は……水をやりあって……潤って生きていく。それが人生だ」
「僕もそう思います」
宗吾さんが見上げる大木は、僕が大沼の大地で父の肩車にしてもらい見上げたものと似ていた。
「あの……写真を撮っても? 」
「もちろんだ」
休日になると、母の形見の一眼レフを僕は持ち歩いていた。
もうこのカメラを使えない母の代わりに、僕が撮る。
母が見たかった光景と少し違うかもしれないが、僕の幸せをここに収めていこう!
「芽生くん、こっち向いて」
「おにーちゃんっ」
屈託のない笑顔が、キラキラと太陽から生まれた光のように舞ってくる。
あどけない小さな手を、精一杯青空に伸ばしている姿。
全部全部、収めるよ。
「パパぁー」
滑り台を下りた芽生くんが、全速力で僕たちに向かって走ってくる姿も。
「抱っこー」
そのまま空に向かって大きく抱きあげられる姿も、全部僕の幸せ。
「わぁ高い高い! クルクルして~」
「おーしっ、しっかり掴まっていろよ」
「わーい!」
タンポポの綿毛みたいだ。芽生くんって……ふわりふわりと幸せを撒いてくれる。
僕の頭上に届くあどけない笑い声。
シャッターを切る指先も軽いよ。
カシャ──カシャ──
『そうよ。いい調子、そのまま上昇気流にのって』
え……お母さん?
見上げた空から声が届いたような。
『あなたは今……幸せね』
『はい……幸せで満ちています』
胸がいっぱいで、そう答えるのが精一杯だった。
死んでしまったら……もう会えない。
そう思って忘れようと記憶から追いやってごめんなさい。あなたはいつもこんな近くにいて僕をずっと見守ってくれていたのに、気づかなくてごめんなさい。
『あやまることないの瑞樹。あなたは私たちの宝物。目に見えないものこそ幸せな宝物なのよ。今のその気持ち大切にして……』
『はい、そうします』
天国との対話をしていると、小さな手が僕をグイグイと引っ張った。
「おにーちゃん、お話、終わった?」
「あっうん」
「ならあっちにこう。向こうにはシロツメグサがいっぱい咲いているよ! 」
「そうなの? 」
「うん、『しあわせ』が呼んでいるみたいなんだ」
幸せが呼んでいるか……
僕に幸せを呼んでくれるのは、宗吾さんと芽生くんの存在だよ。
幸せな存在は、あなたたちだ。
『幸せを呼ぶ』 了
あとがき(不要な方はスルーでご対応ください)
****
志生帆海です。こんにちは。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
今日で『幸せを呼ぶ』の段も終わりました。27話!ほぼ1カ月走り切りました。瑞樹が日常を取り戻していく様子、会社での様子をじっくり描いてみました。私は、攻に溺愛される受が大好きですが、受の男らしさを描くのも好きです。攻めと二人の時は沢山甘えて、外ではちゃんと男らしく仕事もこなして……
さて物語は、とうとう散々お預けしまくっていた宗吾さんと瑞樹のゴールインに入ります。その部分も感情面を中心にじっくり描いていきたいと思っていますので、どうぞお付き合いください。今度は寸止めはありませんのでご安心を。
日曜日の昼下がり。
公園の滑り台の上から芽生くんが明るく手を振っているのを、僕と宗吾さんは並んで眺めていた。
「芽生くん、とても楽しそうですね」
「あぁ、この公園にずっと瑞樹と来たがっていたからな」
「僕もやっとです。やっとこんな風に……日曜日をのんびりとした気持ちで過ごせます」
あれから月日は順調に流れ、いよいよ次の週末には宗吾さんの元に引っ越しをする。
週末は宗吾さんの家に泊まり込んで部屋の準備を整え、平日はバス停で待ち合わせした。
それが僕の毎日、スタンダードな日々だった。
「そうだ。瑞樹、あれからあの後輩、変なこと言って来ないか。あの日のことバレてないか」
「クスッ……大丈夫ですよ。あの日、正気に戻った時は始発電車に乗っていたって言っていたし、宗吾さんのことは酔っていで殆ど記憶にないみたいです」
「ならいいが。他に会社で変わったことはないか。あの同期……菅野くんだっけ? 彼も何も言って来ないか」
「はい、大丈夫です。もしかしたら……カンが良いアイツにはバレてしまったかもしれませんが、言いふらすような奴じゃないので」
「そうか、ならいいが。いい同期を持ったな」
「……そもそも宗吾さんが、ついてきたんですよ」
「おいおい、それは瑞樹が野獣をふたりも家に泊めるって言うからだぞ」
それは純粋に僕の代わりに災難を被った菅野が可哀そうだったのと、吐く程飲まされた新入社員の体調を思いやってのことだったのに……
「でも……」
「なんだ? 」
「僕はあの時、真剣に……大変だったんです」
「どこが? 」
とぼけて言うんだから、もうっ宗吾さんは!
本当に本当に危なかった。
菅野が雑炊を食べている間も、ずっと体育座りでベッドに丸まって、股間の熱を収めるのに必死だった。それというのも宗吾さんがあんな状態で、鍵をかけただけの部屋で僕にあんなに長いキスをしたからだ。
少しだけ恨みがましく、じどっと宗吾さんのことを眺めると、宗吾さんは悪びれることもなく、明るく笑った。
「ははっ、あの日の瑞樹は最高に美味しかった」
「もう……またそんないい方。いいですか。ここは健全な公園で、今は真昼間なんですよ」
「分かっているよ。でも君がそれだけ魅力的だったからだ。仕方がないだろう? それとも魅力がないって言われる方がいいか」
「……う……反省していませんね」
「瑞樹だって、あの日は自分から激しく求めていたから同罪だ」
「もう……宗吾さんの『変なモード』がうつったんですよ」
「くくくっ言ったな」
「くすっ」
笑い声が、のどかな公園に吸い込まれていく。
「あぁ風が心地いいですね」
五月が近い……風が香るようになった。
「ようやく瑞樹の季節、到来だな」
「大好きな季節です」
「葉が瑞々しいな」
「はい、僕は桜が散った後にやって来る新緑の季節が好きです」
「うん、俺もだ。花を咲かすだけじゃないな。人は……水をやりあって……潤って生きていく。それが人生だ」
「僕もそう思います」
宗吾さんが見上げる大木は、僕が大沼の大地で父の肩車にしてもらい見上げたものと似ていた。
「あの……写真を撮っても? 」
「もちろんだ」
休日になると、母の形見の一眼レフを僕は持ち歩いていた。
もうこのカメラを使えない母の代わりに、僕が撮る。
母が見たかった光景と少し違うかもしれないが、僕の幸せをここに収めていこう!
「芽生くん、こっち向いて」
「おにーちゃんっ」
屈託のない笑顔が、キラキラと太陽から生まれた光のように舞ってくる。
あどけない小さな手を、精一杯青空に伸ばしている姿。
全部全部、収めるよ。
「パパぁー」
滑り台を下りた芽生くんが、全速力で僕たちに向かって走ってくる姿も。
「抱っこー」
そのまま空に向かって大きく抱きあげられる姿も、全部僕の幸せ。
「わぁ高い高い! クルクルして~」
「おーしっ、しっかり掴まっていろよ」
「わーい!」
タンポポの綿毛みたいだ。芽生くんって……ふわりふわりと幸せを撒いてくれる。
僕の頭上に届くあどけない笑い声。
シャッターを切る指先も軽いよ。
カシャ──カシャ──
『そうよ。いい調子、そのまま上昇気流にのって』
え……お母さん?
見上げた空から声が届いたような。
『あなたは今……幸せね』
『はい……幸せで満ちています』
胸がいっぱいで、そう答えるのが精一杯だった。
死んでしまったら……もう会えない。
そう思って忘れようと記憶から追いやってごめんなさい。あなたはいつもこんな近くにいて僕をずっと見守ってくれていたのに、気づかなくてごめんなさい。
『あやまることないの瑞樹。あなたは私たちの宝物。目に見えないものこそ幸せな宝物なのよ。今のその気持ち大切にして……』
『はい、そうします』
天国との対話をしていると、小さな手が僕をグイグイと引っ張った。
「おにーちゃん、お話、終わった?」
「あっうん」
「ならあっちにこう。向こうにはシロツメグサがいっぱい咲いているよ! 」
「そうなの? 」
「うん、『しあわせ』が呼んでいるみたいなんだ」
幸せが呼んでいるか……
僕に幸せを呼んでくれるのは、宗吾さんと芽生くんの存在だよ。
幸せな存在は、あなたたちだ。
『幸せを呼ぶ』 了
あとがき(不要な方はスルーでご対応ください)
****
志生帆海です。こんにちは。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
今日で『幸せを呼ぶ』の段も終わりました。27話!ほぼ1カ月走り切りました。瑞樹が日常を取り戻していく様子、会社での様子をじっくり描いてみました。私は、攻に溺愛される受が大好きですが、受の男らしさを描くのも好きです。攻めと二人の時は沢山甘えて、外ではちゃんと男らしく仕事もこなして……
さて物語は、とうとう散々お預けしまくっていた宗吾さんと瑞樹のゴールインに入ります。その部分も感情面を中心にじっくり描いていきたいと思っていますので、どうぞお付き合いください。今度は寸止めはありませんのでご安心を。
11
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる