上 下
236 / 1,730
発展編

幸せを呼ぶ 22

しおりを挟む
「リーダー! 先程はありがとうございました」
 
 休憩時間に給湯室でリーダーと二人きりになれたので、間に入ってもらったお礼を言えた。

「葉山は、色々とまだ……人が怖い時もあるだろう。無理はするなよ。今日の歓迎会も欠席してもいいんだぞ」
「いえ、大丈夫です。出ます」
「そうか。実は君の復帰祝いも兼ねているから嬉しいよ」
「あっ……そうなんですね。僕の事まで、ありがとうございます」
「新人は粗削りな奴だから多少手を焼くかもしれないが、君ならと思って任せたんだ。頑張ってくれ」
「はい!頑張ります!」

 飲み会か……

 大沼では何度か小学生時代の同級生と飲んだ。と言っても、みんな家族連れでアットホームな飲み会だったから、今日は久しぶりに会社員らしい行事に参加する。
 
 即答したが、本当は少し緊張していた。ここ数カ月の間は一度に大勢の人と話すことがなかったので、ちゃんとこなせるか心配だ。

 リーダーが去った後、給湯室の白い壁にもたれ小さな窓から、春の空を見つめた。

 宗吾さん、僕……頑張っています。

 スマホを取り出し確認すると、ちょうど宗吾さんから連絡が入ったので、急いでチャット形式で僕も返信を打った。

『瑞樹、今日の帰りは何時頃になりそうか』
『すみません。今日は新入生歓の飲み会が入りました。僕の復帰祝いもしてくださるそうなので』
『そうか、場所は?』
『日比谷です。会社近くの割烹料理屋の田(でん)というお店です」
『あぁそこなら知ってるよ。……そうか、気を付けて行くんだぞ、くれぐれも』
『はい』

 今日は会えないと思うと、急に寂しくなってしまった。
 だから素直に気持ちを伝えたくなった。

『宗吾さん、今日は会えないですね……少し寂しいです』
『俺もだ』

 宗吾さんも同じ気持ちでいてくれる! それが嬉しくてスマホを手に微笑んでしまった。

『おっと会議の時間だ。飲み過ぎるな……いや飲まない方がいい。君は酔うと危険すぎる。それは自覚しているだろう?』
『わかりました! 今日は久しぶりだし、酒は飲まない方向でいきます。宗吾さんも仕事頑張ってください』


 スマホの画面から宗吾さんが消えるのを見送っていると、突然視界に肌色のものが揺れた。
 
 慌てて顔を上げると、新人の金森が手をひらひらと振って笑っていた。

「先輩、どうしてスマホ見て微笑んでいたんですか。あーもしかして彼女とメール中? お邪魔でしたか」
「ちっ違う!」
「照れちゃって、可愛いですね」

 失敗した。

 僕は最近宗吾さんに関して、頬を緩めっぱなしだ。

 ここは会社だ、もっと気を引き締めないと。



****

「じゃあ葉山の復帰と、久しぶりに我が部署に配属された新入社員の歓迎を込めて、乾杯」
「乾杯! 」

 会社からほど近い料理屋で、部署のメンバー15人程で飲み会を始めた。僕が入社してからほぼ変わらないメンバーなので、気心が知れている。

「葉山と飲むの、久しぶりで嬉しいよ」
「そうだな。でも怪我のせいでずっと飲んでいなくて……だから今日はノンアルコールで頼む」

 宗吾さんにも飲み過ぎるな(正確には飲むな)と言われたし、やめておこう。

「そうか。お前、酔うと可愛いのに残念だな。可愛い葉山見たかったなー」
「馬鹿、男に可愛い、可愛い言うな」
「はははっ、だな。俺、何言ってんだ? でもさぁ……なんか久しぶりにあったら、その可愛さに磨きかかったぞ。もしかして休職中にいい人でも出来た? 」
「だからもう可愛いって言うなー」

 同期の菅野とはポンポン物を言い合える間柄なので助かる。そして冗談めいた口調だが、きちんと頼んだことは守ってくれる。

 さっきから僕に酒を勧めてくる人をやんわりと断り、代わりに飲んでくれていた。

「お前こそ飲み過ぎたら、まずいんじゃ……」
「大丈夫だってぇえ」

 何だかすでに声が変だ……大丈夫かな。

「あっ! いーな! 先輩同士で仲良く飲んじゃって。俺もそこに混ぜてくださいよ」

 既に結構飲まされベロベロな状態の後輩が、僕と菅野の間に突然ドスンと座ってきた。

 わっ! すでにかなり酔っぱらっているようだ。

「お前、酒臭いぞ。大丈夫か」
「うっ……もう、駄目っす」
「わっー待って!」

 そのまま僕に向かって倒れてきたので、焦ってしまった。


****

 よしっ、今日の仕事は完璧にこなした。
 
 金曜日なので芽生は母の家に泊まる。だからこそ瑞樹を誘って外に飲みにいこうと思ったが、想定外にフラれてしまった。まぁ、歓迎会ならしょうがないが。

 俺はどうするかなと、スマホを眺め苦笑してしまった。

 瑞樹が大沼にいた時は我慢できたのに、手が届く場所にいると思うとこんなにも我慢できないなんて、節操ないか。

 だがもう十分過ぎるほどに俺は待っただろう。躰の奥から燃え滾る想いに、悶々と苦しめられているよ。あと数週間が我慢できない。

「滝沢さん、お久しぶりです」
「おっ林さんじゃないか。暫く見なかったが、どうしてた?」
「あぁパリロケですよ。いやぁ2週間缶詰状態で参りましたよ」
「そうか。だがスタッフに辰起がいただろう? 」

 耳打ちすると、ニヤリと笑った。

「分かります? 」
「若いエキスもらったな。肌がツヤツヤだぞ」
「はは、まあな。そうだ今日は空いてますか。金曜日だし一杯行きませんか」
「行くっ! 」

 イカン……つい即答してしまった。

「ははっノリノリですね。でも俺でいいんですか。金曜日なのにデートとかは? 」
「行きたい店があるんだ。付き合え! 」
「どこですか。パリ帰りの身としては……和食がいいんですが」
「喜べっ、和食の割烹料理屋だ! 」

****

「なるほどね。滝沢さんも案外可愛いことをするんですね」
「五月蠅いな。いいだろ?……どうしたって気になるんだから。ならいっそ! 」
「まぁ俺をダシにつかってもらう分にはいいですが。あーあそこか。例の可愛い彼、心配ですね。幸い今は隣の男の子が代わりに飲んでいるようですが、この後どうなることやら」
「……うーむ」

 瑞樹が飲み会をしているという割烹料理屋に、林と潜入してみた。

 『可愛い子には旅をさせよ』などと悠長なことを言ってられない。

 あーもうこの俺がストーカじみたことをしていると思いつつ、瑞樹が酒を飲まされ過ぎないか、誰かに絡まれないか……心配でチラチラ様子を見てしまう。

 瑞樹は気が付いていないが、俺の方は気になって仕方がない。

「滝沢さん、なんかキャラ変わりましたね」
「しーっ、認めるから、静かにしろ!集中したいんだ」
「やれやれ」


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...