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発展編

幸せを呼ぶ 16

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「じゃあ宗吾さん、行ってきます!」
「あぁ行っておいで」
「はい!」

 有楽町駅の改札を通り抜けた後、僕たちは左と右に別れた。

 しばらくそのまま人混みに押されるように歩道を歩いていると、いつもと少し違う光景に気づいた。

「あっそうか。今日は4月1日だからだな」

 きっとこれから入社式があるのだろう。濃紺のスーツ姿の若々しい男の子が多い。皆同じようなスタンダードなスーツに真新しいビジネスバッグを持って、パリッと糊の効いた白いワイシャツに散髪したばかりのヘアスタイル。

 ネクタイは、僕と同じように少し苦し気だなと苦笑してしまった。

 僕にも同じようにフレッシュな時期があったことを思い出す。お互い無事就職が決まり、入社式を迎えた。

『瑞樹、ほらネクタイ曲がってるぞ』
『そういう一馬はもっと曲がっているよ、直してあげるよ』
『じゃあ俺も』

 一馬と僕とで慣れないネクタイ締めあって笑った日々は、もう遠い昔だ。

 今の僕は宗吾さんとお揃いのスーツに身を包み……持ち慣れた鞄と履き慣れた靴、よく馴染んだネクタイをして歩いている。

 前を見て、新しいスタートを切るために。

 今日からまた振り出しに戻った気持ちで仕事も頑張ろう。

 少し立ち止まり四角い空を見上げた。

 月が替わったばかりの新鮮な朝日が、街路樹の隙間から降り注いできて、眩しかった。

「まだ余裕があるな」

 腕時計をチラッと確認し、ゆっくり歩きだすと、突然横に並んだ人に話しかけられたので、ギョッとしてしまった。

 一体……誰だ?

「ねぇねぇ遅刻だよ! 早くしないと」
「えっ?」
「その社員章、同じ会社だよね? ほら、ここ」

 青年が自分の胸元を指さす。

 話しかけてきた青年のスーツのジャケットの襟元にも、僕と同じ花を象ったバッジがついていた。

「加々美花壇のだ……」
「そうだよ。さぁ入社式に遅刻するよ。でもよかったよー オレだけ遅刻ギリギリじゃなくてさぁ」
「えぇ?」

 入社式って……何で僕が? ポカンとしてしまった。

「ほらほら、走らないと遅刻だよ!」
「あっ、ちょっと待って」

 いきなり見ず知らずの青年に腕をつかまれ、ビクッとしてしまった。

 あ……駄目だ。こういうシチュエーションは苦手だ。何かゾクリと気味が悪いものが、体の中から出そうになり、ギュッと目を閉じてしまった。

「おいっお前何してるんだ! その手を離せっ! 」

 その時、背後から宗吾さんの声がした。恐ろしく低く怖い……声色だ。

 でもその拍子に、すぐに僕の腕から青年の手が離れたので、ホッとした。

「え? いや、この人も俺の同期だから、一緒に会社に行こうかと」
「馬鹿か。よく見ろ。その人は先輩だ」
「え? まさか。だってこんなに可愛いし、真新しいスーツ着ているし」
「かっ可愛いは余計だ!! そのまさかだ! 彼はもう入社4年目を迎えている」
「ええっマジ? 見えねぇぇ。っていうかあなた誰っすか。そのスーツも……真新しいけど、どう見ても新入社員には見えないし」
「……いいから、遅刻するぞ!」
「あっヤベー!」

 青年は嵐のように去って行った。

「瑞樹、大丈夫だったか。気分悪くないか」

 宗吾さんの声に一気に浮上する。

「はい、大丈夫です。それより何で宗吾さんがここに?」
「いや、それは……その」

 宗吾さんは少し決まり悪そうに鼻の頭を擦った。

「……もしかして、僕の後をつけていました?」
「あ、うん」

 やんわり聞くと素直に認めた。すごく助かったけれども、どうなっているのか状況が呑み込めない。

「あの……今日会社では?」
「うーん、今日は出先に直行する予定でだ。だから実はもう少し遅くて良かったんだ」
「え、それじゃあ」
「せっかく瑞樹が今日から仕事に復帰するのだから、朝、一緒に行きたくてな」

 照れくさそうに宗吾さんが笑った。その顔が可愛いなと思った。

 あれ? 僕、宗吾さんのこと可愛いなんて、ずっと年上なのに失礼かな。でもどうしても言いたくてウズウズしてしまう。

「宗吾さんって……」
「なんだ?」
「案外……可愛いですね」
「コイツっ、言ったな」

 コツンと額を弾かれて、お互い笑いあった。

 やっと……陽だまりが似合うふたりになれた。

 こんなにカッコいい宗吾さんなのに、僕に関してはちょっと変なことに最近気づいてしまった。でもそれもいい。どんな宗吾さんだって好きだから。

「瑞樹、何、笑っている?」
「僕も宗吾さんを変えているんだなって思いました! 僕は宗吾さんのお陰で変わりましたが」
「まぁな、瑞樹といると俺はどんどん」
「……変になる?」
「おい!」

 やっぱりまた笑ってしまった。

 僕と宗吾さんの恋がゆっくり始まって、もうすぐ1年経とうとしている。

 こんな風に明るく楽しく変化する恋になるんて、あの時は思いもしなかった。

 僕にとって宗吾さんは……幸せを運んでくれる人だ。
 
 そう心の中で確信した。

 

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