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発展編
幸せを呼ぶ 10
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「はぁ……僕は何てことを」
もう一度慌ててシャワーを浴び、躰も壁もよく洗った。
「驚いた。僕の躰は……こんなにも宗吾さんに抱かれたがっているのか」
その事を身を持って知ってしまった。
学生時代から続いた一馬との付き合いは、長かった。本当に数え切れない程、躰を重ねたのは事実だ。それは……宗吾さんも察して居ると思う。
だがそれはもう全部過去だ。もうアイツへの未練も名残も消え去り……今はこんなにも、ただひたすらに純粋に宗吾さんのことだけを思っている。
でも……なんだか気恥ずかしいな。こんな風に欲望が溢れ出して、自分を慰めるなんて……僕の中に、本能、欲望剥き出しの新しい僕を見つけてしまった気分だ。
宗吾さんが僕を変えていく。
身体を拭き、母がもたせてくれた薄手のフランネル生地のパジャマを着ると、やっとほっと出来た。本当は宗吾さんの家に行ってからと思ったが、なんだか無性に着たくなってしまった。
宗吾さんが恋しいのか、それともお母さんが恋しいのかな。
お母さん……元気ですか。これ……とても着心地がいいよ。ありがとう。そう心の中で函館にいる母に伝えた。
それからソファにゆったり座り、ぐるっと一周、部屋を見渡してみた。アイツが去ってから久しぶりに隅々までじっくり眺める事が出来た。
『ここは一人で住むには広すぎるアンバランスな家だ』と以前広樹兄さんに言われた。
一馬が出て行った朝は舵を取れなくなった船のようにグラグラと視界が揺れていた。でも今の僕にとってこの部屋は、どこまでも凪いでいる静かな空間だ。
「もうすぐここを出るよ。長い間……僕を見守ってくれてありがとう」
この部屋への惜別の気持ちだけが、じんわりと沸いてきた。
****
「パパ。だったら、おにーちゃんにおやすみ言わないと」
「え? 」
「だっておばーちゃんが言ってたよ。ごあいさつはしっかりねって。えっとね、たしかことばにしないとつたわらないこともあるんだって言ってたよ~」
「そうか! 本当にそうだな。じゃあ電話してみるか」
「うん! メイもおしゃべりしたいー!」
協力的で頼もしい息子に感謝だ!
早速、瑞樹に電話をした。
「もしもし、瑞樹か」
「えっ、あっ宗吾さん」
ん? 声が何だか上擦っているな。どことなく気まずそうな様子が不思議だ。それに声に艶があって色っぽい。なんだ? まさかあれから何かあったのか。心配になってしまうよ。
「宗吾さん、さっきも話したばかりなのに、どっどうしたんですか」
「いや、さっき君に呼ばれた気がしてな」
「えぇ! なんで……聞こえて?」
お? 本当に呼んでくれたのか。そういえば今迄も何度かこういう事があったな。
瑞樹と付き合い出して不思議に思うことがあった。
彼の考えていることが、言葉に出さなくても聞こえてくるようなのだ。そうか、これが以前、月影寺の住職の翠さんが話してくれた『以心伝心』というものなのか。
『以心伝心』とは、もともとは禅宗の語だそうだ。
言葉や文字で表されない仏法の神髄を弟子の心に師が伝えることを意味していると。だから……訓読すると『こころ(心)をもって(以)、こころ(心)につたう(伝)』となるわけだ。
この言葉を住職に教えてもらったのは、去年の夏休みだ。あの頃よりも、もっともっと瑞樹の心と躰を近くに感じるよ。それはあの夏以降、二人で乗り越えたことが大きく、深く、険しかったからだろう。
「もしかして、さっき俺を求めて強く深く呼んだか」
「……もう……それは……恥ずかしいです」
「何がだ?」
「……だって、僕はさっき……」
明らかに動揺しているよな。瑞樹らしくない。だが俺を求めて呼んでくれたことが嬉しいよ。
「さっき何かしたのか」
「いえ、その僕はシャワーを浴びていて……」
「んん?」
瑞樹のシャワーシーンか。想像して心臓が高鳴るのは俺の方だがな。一体何だのだ?
「それで?」
「もう……どうか聞かないでください……僕はあなたに嘘をつけないんです」
瑞樹の声がどんどん小さくなっていく。これは余程やましいことなのか。ってことはまさかアレとか、いやアッチ方面とか?
「うーむ。聞くなと言われると余計に知りたくなるが」
「だっ駄目ですよ」
「教えて欲しい! 」
押し問答していると、足元で芽生が不服そうに頬を膨らましていた。
「パパ~あのね、あんまりシツコイ・オトコはきらわれるよ~それでもいいの? 」
「え? 参ったな、コイツ!」
「くすっ」
受話器の向こうの瑞樹も、俺たちの会話を聞いて小さく笑った。その声がいつもより甘ったるくて、もうそれ以上の言葉はいらなくなった。
「まぁそれ以上は追及しないよ。ただ瑞樹の心が近く感じられる。それが嬉しいよ」
「宗吾さんに僕の心……口に出さなくても伝わっているのが不思議です」
「それは君のことが好きだからさ」
「あっ……ありがとうございます」
最近の瑞樹は感情にとても素直になった。それは俺も同じだ。
「おっと、そろそろ芽生にかわるぞ」
「はい!」
「おにーちゃん、こんばんはー! あのね、パパの声ききたかった?」
「芽生くんこんばんは。うん、ありがとう。すごく元気でたよ。それに芽生くんの声も聴けて嬉しい。明日は僕と遊ぼうね」
「本当? わー楽しみだな」
「うん、じゃあそろそろおやすみ。いい夢を見るんだよ」
息子と瑞樹の会話が心地いい。
なるほど……声だけというのもなかなかいいな。
直接触れられないのは、もどかしいが、どんな表情を浮かべてくれているのか。相手のことをより深く思いやりながら会話できる。
瑞樹と付き合っているからこその……新しい発見が多い。
瑞樹との恋は、俺をますます浄化していく。
もう一度慌ててシャワーを浴び、躰も壁もよく洗った。
「驚いた。僕の躰は……こんなにも宗吾さんに抱かれたがっているのか」
その事を身を持って知ってしまった。
学生時代から続いた一馬との付き合いは、長かった。本当に数え切れない程、躰を重ねたのは事実だ。それは……宗吾さんも察して居ると思う。
だがそれはもう全部過去だ。もうアイツへの未練も名残も消え去り……今はこんなにも、ただひたすらに純粋に宗吾さんのことだけを思っている。
でも……なんだか気恥ずかしいな。こんな風に欲望が溢れ出して、自分を慰めるなんて……僕の中に、本能、欲望剥き出しの新しい僕を見つけてしまった気分だ。
宗吾さんが僕を変えていく。
身体を拭き、母がもたせてくれた薄手のフランネル生地のパジャマを着ると、やっとほっと出来た。本当は宗吾さんの家に行ってからと思ったが、なんだか無性に着たくなってしまった。
宗吾さんが恋しいのか、それともお母さんが恋しいのかな。
お母さん……元気ですか。これ……とても着心地がいいよ。ありがとう。そう心の中で函館にいる母に伝えた。
それからソファにゆったり座り、ぐるっと一周、部屋を見渡してみた。アイツが去ってから久しぶりに隅々までじっくり眺める事が出来た。
『ここは一人で住むには広すぎるアンバランスな家だ』と以前広樹兄さんに言われた。
一馬が出て行った朝は舵を取れなくなった船のようにグラグラと視界が揺れていた。でも今の僕にとってこの部屋は、どこまでも凪いでいる静かな空間だ。
「もうすぐここを出るよ。長い間……僕を見守ってくれてありがとう」
この部屋への惜別の気持ちだけが、じんわりと沸いてきた。
****
「パパ。だったら、おにーちゃんにおやすみ言わないと」
「え? 」
「だっておばーちゃんが言ってたよ。ごあいさつはしっかりねって。えっとね、たしかことばにしないとつたわらないこともあるんだって言ってたよ~」
「そうか! 本当にそうだな。じゃあ電話してみるか」
「うん! メイもおしゃべりしたいー!」
協力的で頼もしい息子に感謝だ!
早速、瑞樹に電話をした。
「もしもし、瑞樹か」
「えっ、あっ宗吾さん」
ん? 声が何だか上擦っているな。どことなく気まずそうな様子が不思議だ。それに声に艶があって色っぽい。なんだ? まさかあれから何かあったのか。心配になってしまうよ。
「宗吾さん、さっきも話したばかりなのに、どっどうしたんですか」
「いや、さっき君に呼ばれた気がしてな」
「えぇ! なんで……聞こえて?」
お? 本当に呼んでくれたのか。そういえば今迄も何度かこういう事があったな。
瑞樹と付き合い出して不思議に思うことがあった。
彼の考えていることが、言葉に出さなくても聞こえてくるようなのだ。そうか、これが以前、月影寺の住職の翠さんが話してくれた『以心伝心』というものなのか。
『以心伝心』とは、もともとは禅宗の語だそうだ。
言葉や文字で表されない仏法の神髄を弟子の心に師が伝えることを意味していると。だから……訓読すると『こころ(心)をもって(以)、こころ(心)につたう(伝)』となるわけだ。
この言葉を住職に教えてもらったのは、去年の夏休みだ。あの頃よりも、もっともっと瑞樹の心と躰を近くに感じるよ。それはあの夏以降、二人で乗り越えたことが大きく、深く、険しかったからだろう。
「もしかして、さっき俺を求めて強く深く呼んだか」
「……もう……それは……恥ずかしいです」
「何がだ?」
「……だって、僕はさっき……」
明らかに動揺しているよな。瑞樹らしくない。だが俺を求めて呼んでくれたことが嬉しいよ。
「さっき何かしたのか」
「いえ、その僕はシャワーを浴びていて……」
「んん?」
瑞樹のシャワーシーンか。想像して心臓が高鳴るのは俺の方だがな。一体何だのだ?
「それで?」
「もう……どうか聞かないでください……僕はあなたに嘘をつけないんです」
瑞樹の声がどんどん小さくなっていく。これは余程やましいことなのか。ってことはまさかアレとか、いやアッチ方面とか?
「うーむ。聞くなと言われると余計に知りたくなるが」
「だっ駄目ですよ」
「教えて欲しい! 」
押し問答していると、足元で芽生が不服そうに頬を膨らましていた。
「パパ~あのね、あんまりシツコイ・オトコはきらわれるよ~それでもいいの? 」
「え? 参ったな、コイツ!」
「くすっ」
受話器の向こうの瑞樹も、俺たちの会話を聞いて小さく笑った。その声がいつもより甘ったるくて、もうそれ以上の言葉はいらなくなった。
「まぁそれ以上は追及しないよ。ただ瑞樹の心が近く感じられる。それが嬉しいよ」
「宗吾さんに僕の心……口に出さなくても伝わっているのが不思議です」
「それは君のことが好きだからさ」
「あっ……ありがとうございます」
最近の瑞樹は感情にとても素直になった。それは俺も同じだ。
「おっと、そろそろ芽生にかわるぞ」
「はい!」
「おにーちゃん、こんばんはー! あのね、パパの声ききたかった?」
「芽生くんこんばんは。うん、ありがとう。すごく元気でたよ。それに芽生くんの声も聴けて嬉しい。明日は僕と遊ぼうね」
「本当? わー楽しみだな」
「うん、じゃあそろそろおやすみ。いい夢を見るんだよ」
息子と瑞樹の会話が心地いい。
なるほど……声だけというのもなかなかいいな。
直接触れられないのは、もどかしいが、どんな表情を浮かべてくれているのか。相手のことをより深く思いやりながら会話できる。
瑞樹と付き合っているからこその……新しい発見が多い。
瑞樹との恋は、俺をますます浄化していく。
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