205 / 1,730
発展編
北の大地で 16
しおりを挟む
ペンションで生活し出すにあたり、まずはセイの奥さんに挨拶した。
「あの、はじめまして。葉山瑞樹と言います。セイとは小学校の同級生で……」
「わぁ、ここに元々住んでいた男の子って、あなたなのね。すごく会いたかったわ」
「あっはい」
「私は産後間もないから、この通りあまり動けなくて……だからあなたに春先まで住み込みで手伝ってもらえると聞いて嬉しかったの。本当にありがとう」
セイの奥さんは、聞けばまだ産後二週間足らずとのことだ。ふくよかで笑顔が優しい女性で、人懐っこいセイとお似合いだ。高校の同級生だって聞いている。
温かい新婚家庭に望まれて生まれて来た赤ちゃん。赤ちゃんのいる部屋が幸せ色で満ちていた。
「いえ……僕の方こそ、実は怪我をして指先に麻痺がありリハビリ中のため……出来ないことがあるかもしれませんが、精一杯がんばります。よろしくお願いします」
「おいおい堅苦しい挨拶だなぁ。まぁ……瑞樹は昔から真面目でしっかりしていたよ。どうぞよろしくな。なぁ俺の息子、抱っこしてみるか」
「え……いいのか」
「もちろんさ」
赤ちゃんに触れさせてもらえるなんて……しかも新生児を抱っこするなんて初めてだから緊張する。
弟が生まれた時、僕はまだ五歳になったばかりで……首が据わるまでは、ひとりでちゃんと抱っこさせてもらえなかった事をふと思い出した。
抱き方……どうするんだったかな。記憶が朧気だ。
「どうやって抱っこすればいい?」
「あぁまだ首が据わってないから、こうやって首を手で支えて」
「うん、こう?」
「そうそう」
おそるおそる小さな赤ん坊を抱き上げてみた。
軽いし、小さかった。でも確かに小さな命の重みを腕にズシリとも感じた。麻痺は不思議なことに、その時はなくなっていた。
「わっ小さい」
「可愛いだろう? 」
「うん! すごく可愛いし、それにいい匂いがするね。ミルクの匂いっていうのかな」
「だろっ」
あぁ……やっぱり弟の夏樹の事を思い出してしまうよ。
****
『もうすぐ瑞樹もお兄ちゃんになるのよ』
『楽しみだな。いつ? いつになったら会えるの? 』
『お母さんのお腹が満月みたいにまあるく大きくなったらよ』
お母さんのお腹は予告通り次第に大きく丸くなって、しゃがむのも大変になっていた。
ある朝すごく早く目が覚めてしまった。
なんだか怖い夢を見てしまったようだ。
『おかーさん、どこ? 』
いつもならすぐに返事があるのに、なかった。
おかあさん……僕を置いてどこかにいってしまったの? ひとりはこわいよ。
パジャマ姿のまま部屋中を探し回った。でもどこにもいないことにショックを受けて玄関で蹲ってしくしく泣いていると、コートを着たお父さんが慌てて駆けつけてくれた。
『瑞樹、ごめんな。誰もいなくてびっくりしたよな。今お母さんは病院に行ったよ。もうすぐ生まれるんだ。さぁ瑞樹も応援にいこう! 』
『そうなの? よかった。僕をおいてどこかに行っちゃったかと思ったんだ』
『ばかだな。そんなことするはずないのに。家族が増えるんだぞ。我が家も賑やかになるぞ』
お父さんに抱っこしてもらい、グンと視界が開けた。
それは明るい希望に満ちた朝だった。
****
その日の夕方、ニューヨークにいる宗吾さんから僕の携帯に国際電話がかかってきた。
「もしもし瑞樹。おはよう」
そうかこの時間、ニューヨークは朝なんだ。だから宗吾さんに合わせて僕も朝の挨拶をした。
「おはようございます! 宗吾さん」
「おっ今日は明るい声だな。何かいい事でもあったのか」
「分かりますか。実は今日赤ちゃんを抱っこしたんです」
「え? なんだって」
宗吾さんは無性に羨ましそうな声だった。何でだろう?
「ほら、ペンションの奥さんが産後間もないので」
「あぁそうだったな。にしても、赤ちゃんか。いいな」
「宗吾さん? どうかしたんですか」
「いや、瑞樹が赤ん坊を抱っこしている姿なんてレアだから、直に見たかったと思ってな」
「あぁそれなら一枚写真を撮ってもらったので、後で送りますよ」
「そうか……でもなんだかその赤ちゃんに焼きもち焼きそうだな。俺もいっそ、その赤ん坊になりたい」
「ええ? 宗吾さんが赤ちゃんですか。くすっ」
想像したけど出来なかった。全然想像できなくて苦笑してしまった。
「あっ笑ったな。実は単純に瑞樹をまた抱っこしたいって思っただけだ」
「宗吾さんは……また……いつもそんなことばかり」
「あの日横抱きにしたのは、かなりの役得だったのか。あれからなかなかさせてくれないな。なぁ同居したら毎朝してやろうか」
「いっ……いいです!」
「ん? 嫌か。じゃあ毎晩?」
「それもいいですって! 」
会話の端々に楽しい事を交えてくれる宗吾さん。僕が寂しくならないように笑わせてくれる宗吾さん。
どんな宗吾さんも好きだ。
「そうだ、赤ちゃんを抱っこした時、指先の震えが止まったんです」
「へぇそうなのか! いい兆しだな。ピュアなものや美しいものに沢山触れるのはいい事だからな」
「宗吾さんに会える日が近づいていると思うと頑張れます」
「そうか。嬉しいよ。大沼に戻ってからの瑞樹は、積極的に東京に戻ることを考えてくれていて……きっと良くなるよ。だからしっかり療養するんだぞ」
「はい!」
宗吾さんに言われて、確かにそうだと思った。
これからもっと雪深くなる北の大地も、雪が解ければまた元の緑の草原になっていく。
僕の生まれ育った土地だから、何度も何度も繰り返し見た光景だ。だから自信を持てた。
僕の指も……きっと治る。
そういう予感で満ちていた。
赤ん坊が日に日に成長するように、僕の細胞もきっと生まれ変わっていく。
「あの、はじめまして。葉山瑞樹と言います。セイとは小学校の同級生で……」
「わぁ、ここに元々住んでいた男の子って、あなたなのね。すごく会いたかったわ」
「あっはい」
「私は産後間もないから、この通りあまり動けなくて……だからあなたに春先まで住み込みで手伝ってもらえると聞いて嬉しかったの。本当にありがとう」
セイの奥さんは、聞けばまだ産後二週間足らずとのことだ。ふくよかで笑顔が優しい女性で、人懐っこいセイとお似合いだ。高校の同級生だって聞いている。
温かい新婚家庭に望まれて生まれて来た赤ちゃん。赤ちゃんのいる部屋が幸せ色で満ちていた。
「いえ……僕の方こそ、実は怪我をして指先に麻痺がありリハビリ中のため……出来ないことがあるかもしれませんが、精一杯がんばります。よろしくお願いします」
「おいおい堅苦しい挨拶だなぁ。まぁ……瑞樹は昔から真面目でしっかりしていたよ。どうぞよろしくな。なぁ俺の息子、抱っこしてみるか」
「え……いいのか」
「もちろんさ」
赤ちゃんに触れさせてもらえるなんて……しかも新生児を抱っこするなんて初めてだから緊張する。
弟が生まれた時、僕はまだ五歳になったばかりで……首が据わるまでは、ひとりでちゃんと抱っこさせてもらえなかった事をふと思い出した。
抱き方……どうするんだったかな。記憶が朧気だ。
「どうやって抱っこすればいい?」
「あぁまだ首が据わってないから、こうやって首を手で支えて」
「うん、こう?」
「そうそう」
おそるおそる小さな赤ん坊を抱き上げてみた。
軽いし、小さかった。でも確かに小さな命の重みを腕にズシリとも感じた。麻痺は不思議なことに、その時はなくなっていた。
「わっ小さい」
「可愛いだろう? 」
「うん! すごく可愛いし、それにいい匂いがするね。ミルクの匂いっていうのかな」
「だろっ」
あぁ……やっぱり弟の夏樹の事を思い出してしまうよ。
****
『もうすぐ瑞樹もお兄ちゃんになるのよ』
『楽しみだな。いつ? いつになったら会えるの? 』
『お母さんのお腹が満月みたいにまあるく大きくなったらよ』
お母さんのお腹は予告通り次第に大きく丸くなって、しゃがむのも大変になっていた。
ある朝すごく早く目が覚めてしまった。
なんだか怖い夢を見てしまったようだ。
『おかーさん、どこ? 』
いつもならすぐに返事があるのに、なかった。
おかあさん……僕を置いてどこかにいってしまったの? ひとりはこわいよ。
パジャマ姿のまま部屋中を探し回った。でもどこにもいないことにショックを受けて玄関で蹲ってしくしく泣いていると、コートを着たお父さんが慌てて駆けつけてくれた。
『瑞樹、ごめんな。誰もいなくてびっくりしたよな。今お母さんは病院に行ったよ。もうすぐ生まれるんだ。さぁ瑞樹も応援にいこう! 』
『そうなの? よかった。僕をおいてどこかに行っちゃったかと思ったんだ』
『ばかだな。そんなことするはずないのに。家族が増えるんだぞ。我が家も賑やかになるぞ』
お父さんに抱っこしてもらい、グンと視界が開けた。
それは明るい希望に満ちた朝だった。
****
その日の夕方、ニューヨークにいる宗吾さんから僕の携帯に国際電話がかかってきた。
「もしもし瑞樹。おはよう」
そうかこの時間、ニューヨークは朝なんだ。だから宗吾さんに合わせて僕も朝の挨拶をした。
「おはようございます! 宗吾さん」
「おっ今日は明るい声だな。何かいい事でもあったのか」
「分かりますか。実は今日赤ちゃんを抱っこしたんです」
「え? なんだって」
宗吾さんは無性に羨ましそうな声だった。何でだろう?
「ほら、ペンションの奥さんが産後間もないので」
「あぁそうだったな。にしても、赤ちゃんか。いいな」
「宗吾さん? どうかしたんですか」
「いや、瑞樹が赤ん坊を抱っこしている姿なんてレアだから、直に見たかったと思ってな」
「あぁそれなら一枚写真を撮ってもらったので、後で送りますよ」
「そうか……でもなんだかその赤ちゃんに焼きもち焼きそうだな。俺もいっそ、その赤ん坊になりたい」
「ええ? 宗吾さんが赤ちゃんですか。くすっ」
想像したけど出来なかった。全然想像できなくて苦笑してしまった。
「あっ笑ったな。実は単純に瑞樹をまた抱っこしたいって思っただけだ」
「宗吾さんは……また……いつもそんなことばかり」
「あの日横抱きにしたのは、かなりの役得だったのか。あれからなかなかさせてくれないな。なぁ同居したら毎朝してやろうか」
「いっ……いいです!」
「ん? 嫌か。じゃあ毎晩?」
「それもいいですって! 」
会話の端々に楽しい事を交えてくれる宗吾さん。僕が寂しくならないように笑わせてくれる宗吾さん。
どんな宗吾さんも好きだ。
「そうだ、赤ちゃんを抱っこした時、指先の震えが止まったんです」
「へぇそうなのか! いい兆しだな。ピュアなものや美しいものに沢山触れるのはいい事だからな」
「宗吾さんに会える日が近づいていると思うと頑張れます」
「そうか。嬉しいよ。大沼に戻ってからの瑞樹は、積極的に東京に戻ることを考えてくれていて……きっと良くなるよ。だからしっかり療養するんだぞ」
「はい!」
宗吾さんに言われて、確かにそうだと思った。
これからもっと雪深くなる北の大地も、雪が解ければまた元の緑の草原になっていく。
僕の生まれ育った土地だから、何度も何度も繰り返し見た光景だ。だから自信を持てた。
僕の指も……きっと治る。
そういう予感で満ちていた。
赤ん坊が日に日に成長するように、僕の細胞もきっと生まれ変わっていく。
11
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる