193 / 1,730
発展編
北の大地で 4
しおりを挟む
「あっ宗吾さんもうこんな時間です。潤が心配するので戻らないと」
頬を薔薇色に上気させ艶めいた雰囲気に染まっていく瑞樹。整った形の唇は濡れていた。
もう一押しで陥落出来るはずだったのに、突如時計を気にしだしてまった。こんな時でも約束をきちんと守るのは、やっぱり瑞樹らしいな。
もっと抱きしめてキスしたかった。だがその一方で彼が彼らしさを取り戻しているのを目の当たりにし、嬉しく思った。
「早く行きましょう! 宗吾さん、こっちですよ」
瑞樹の方から俺と手を繋ぎ引っ張ってくれた。なんだかいつもと逆の状況が新鮮で楽しい。
「おっおい、そんなに走るな」
「大丈夫ですよ」
なぁ瑞樹……函館はやっぱり君の故郷なんだな。だって君は今、とても伸びやかに息を吸っている。
「瑞樹、転ぶなよ」
「宗吾さんこそ。僕は雪道は慣れていますから」
「だな。うわっまた転んだ」
「クスっ」
「気を付けて下さいよ。本当につかいものにならなくなるかも」
「言ったな!」
確かに瑞樹の足取りは軽かった。だから俺も負けじとイルミネーションで輝く明るく白い道を彼と手を繋いで真っすぐに走った。
雪は降っていないが気温がぐっと下がったようで、吐く息が白い煙のように棚引いていた。
俺たちの足跡は、振り向けば白い雪に埋もれることなく仲良く並んでいるだろう。
瑞樹の故郷……函館。
ここからがスタートだ。俺たちは今、新しい一歩を踏み出す。
****
瑞樹を五稜郭タワーの前で降ろし、消えていく後ろ姿を静かに見送った。
仲良さそうだな。本当に嬉しそうだな。帰郷してこの二週間で一番いい笑顔だ。
やっぱり恋人の威力ってすごい。
なぁ……オレも少しは役に立っているか。ひとつひとつ瑞樹から奪ったものを返していけたらいいのに。函館は何だかんだいっても……地元の有力者の息子の……アイツの本拠地だから、やっぱり瑞樹をひとりで歩かせるなんて到底出来ないよ。
オレが怖いんだ。また何かあったら、巻き込まれたらと怖くなってしまう。
瑞樹もそんなオレのそんな気持ちを察してか、素直に従ってくれるから泣けてくる。籠の中の鳥にするつもりなんてないのに、ごめんな。
クリスマス・イブに宗吾さんが来てくれることになったと報告を受けて、母さんも兄貴もオレも手放しで喜んだんだぜ。家から出るに出られず、ぼんやりと二階の部屋で過ごしていた瑞樹だったから。
今日は朝から嬉しそうな様子で、午後になると待ちきれない様子で、久しぶりに花を生けたがった。
『兄さん、何か僕に出来ることはない? 僕も何か手伝いたいんだ』
皆、この言葉を待っていた。いい変化だ。やっぱり恋人の影響はすごい。
オレは今まで花になんて興味がなかったのに軽井沢で造園に興味を持ち、函館に戻ってから急に店の花の名前を覚えたくなった。だからあれから毎日花屋の手伝いをしていたのさ。
母さんもだいぶ年を取って来たし、正直、兄貴ひとりでは大変なのは前から知っていた。オレの記憶にはない父さんの残した店を兄弟で守っていくのが、最高の親孝行かもな。
『潤、僕の代わりに手を動かしてくれるか』
『もちろんだ』
『ありがとう! ふたりで作ってみよう』
瑞樹は懇切丁寧に花の生け方を教えてくれた。なんだか慣れない作業がくすぐったいな。小さい頃は瑞樹に勉強を教えてもらった時期もあった。いつも瑞樹はどこまでも相手の立場を考えて、丁寧に優しく教えてくれた。その姿勢が昔も今も少しも変っていなくて、やっぱり泣けてくるよ。
オレたち皆……瑞樹のことが好きだぜ。縁あって家族になったんだ。その縁は今後もずっと大事につなげていきたい。たとえ瑞樹に恋人ができ、故郷を出ることになってもさ。
あっそろそろ時間か。
時計を見ると間もなく21時。定刻通りに通りの向こうから瑞樹と宗吾さんの姿が近づいてくるのが見えて、ほっとした。
へぇ……ふたりで手なんて繋いで可愛いもんだな。しかも宗吾さんはどうやら派手に転んだようだな。くくっコートに雪が沢山ついているぜ。それに比べて瑞樹はさすが北国生まれの北国育ちだ。雪道でも足取りがしっかりしている。瑞樹は五歳も年上の兄なのに、なんだか弟の恋を見守るような気分だった。
ぐっと元気になったな。今日一日で瑞樹は潤った。やっぱり宗吾さんが瑞樹にとって『生きるための水』なんだと実感してしまうよ。
「潤、ありがとう!」
寒さで鼻の頭を少し赤くして頬を上気させた瑞樹が、オレを真っすぐ見つめてくれた。純粋に信頼してくれているのが伝わってきて、胸の奥がジンとした。オレがずっと探していたものがやっと見つかった。
『瑞樹からの信頼』
この笑顔がオレにとって最高のクリスマスプレゼントだ。
「宗吾さんと楽しかったか」
「うん。展望台の上から見た五稜郭は星の惑星みたいに綺麗だったよ」
「よかったな。さぁ母さんと兄貴が痺れを切らして待っているぜ。行こう」
宗吾さんと瑞樹を車に乗せ自宅へと向かった。
「宗吾さん、帰りは明日でいいんですよね」
「そうだよ。今日は適当にどこかに泊まるよ」
「あっ宗吾さん、今日はオレの家に泊まることになっているんで、よろしくです」
「おっおう、そうなのか」
いささか緊張した面持ちになった宗吾さんをバックミラーで確かめて、心の中でエールを送った。
がんばれよ。兄貴は酒、かなり強いぜ!
頬を薔薇色に上気させ艶めいた雰囲気に染まっていく瑞樹。整った形の唇は濡れていた。
もう一押しで陥落出来るはずだったのに、突如時計を気にしだしてまった。こんな時でも約束をきちんと守るのは、やっぱり瑞樹らしいな。
もっと抱きしめてキスしたかった。だがその一方で彼が彼らしさを取り戻しているのを目の当たりにし、嬉しく思った。
「早く行きましょう! 宗吾さん、こっちですよ」
瑞樹の方から俺と手を繋ぎ引っ張ってくれた。なんだかいつもと逆の状況が新鮮で楽しい。
「おっおい、そんなに走るな」
「大丈夫ですよ」
なぁ瑞樹……函館はやっぱり君の故郷なんだな。だって君は今、とても伸びやかに息を吸っている。
「瑞樹、転ぶなよ」
「宗吾さんこそ。僕は雪道は慣れていますから」
「だな。うわっまた転んだ」
「クスっ」
「気を付けて下さいよ。本当につかいものにならなくなるかも」
「言ったな!」
確かに瑞樹の足取りは軽かった。だから俺も負けじとイルミネーションで輝く明るく白い道を彼と手を繋いで真っすぐに走った。
雪は降っていないが気温がぐっと下がったようで、吐く息が白い煙のように棚引いていた。
俺たちの足跡は、振り向けば白い雪に埋もれることなく仲良く並んでいるだろう。
瑞樹の故郷……函館。
ここからがスタートだ。俺たちは今、新しい一歩を踏み出す。
****
瑞樹を五稜郭タワーの前で降ろし、消えていく後ろ姿を静かに見送った。
仲良さそうだな。本当に嬉しそうだな。帰郷してこの二週間で一番いい笑顔だ。
やっぱり恋人の威力ってすごい。
なぁ……オレも少しは役に立っているか。ひとつひとつ瑞樹から奪ったものを返していけたらいいのに。函館は何だかんだいっても……地元の有力者の息子の……アイツの本拠地だから、やっぱり瑞樹をひとりで歩かせるなんて到底出来ないよ。
オレが怖いんだ。また何かあったら、巻き込まれたらと怖くなってしまう。
瑞樹もそんなオレのそんな気持ちを察してか、素直に従ってくれるから泣けてくる。籠の中の鳥にするつもりなんてないのに、ごめんな。
クリスマス・イブに宗吾さんが来てくれることになったと報告を受けて、母さんも兄貴もオレも手放しで喜んだんだぜ。家から出るに出られず、ぼんやりと二階の部屋で過ごしていた瑞樹だったから。
今日は朝から嬉しそうな様子で、午後になると待ちきれない様子で、久しぶりに花を生けたがった。
『兄さん、何か僕に出来ることはない? 僕も何か手伝いたいんだ』
皆、この言葉を待っていた。いい変化だ。やっぱり恋人の影響はすごい。
オレは今まで花になんて興味がなかったのに軽井沢で造園に興味を持ち、函館に戻ってから急に店の花の名前を覚えたくなった。だからあれから毎日花屋の手伝いをしていたのさ。
母さんもだいぶ年を取って来たし、正直、兄貴ひとりでは大変なのは前から知っていた。オレの記憶にはない父さんの残した店を兄弟で守っていくのが、最高の親孝行かもな。
『潤、僕の代わりに手を動かしてくれるか』
『もちろんだ』
『ありがとう! ふたりで作ってみよう』
瑞樹は懇切丁寧に花の生け方を教えてくれた。なんだか慣れない作業がくすぐったいな。小さい頃は瑞樹に勉強を教えてもらった時期もあった。いつも瑞樹はどこまでも相手の立場を考えて、丁寧に優しく教えてくれた。その姿勢が昔も今も少しも変っていなくて、やっぱり泣けてくるよ。
オレたち皆……瑞樹のことが好きだぜ。縁あって家族になったんだ。その縁は今後もずっと大事につなげていきたい。たとえ瑞樹に恋人ができ、故郷を出ることになってもさ。
あっそろそろ時間か。
時計を見ると間もなく21時。定刻通りに通りの向こうから瑞樹と宗吾さんの姿が近づいてくるのが見えて、ほっとした。
へぇ……ふたりで手なんて繋いで可愛いもんだな。しかも宗吾さんはどうやら派手に転んだようだな。くくっコートに雪が沢山ついているぜ。それに比べて瑞樹はさすが北国生まれの北国育ちだ。雪道でも足取りがしっかりしている。瑞樹は五歳も年上の兄なのに、なんだか弟の恋を見守るような気分だった。
ぐっと元気になったな。今日一日で瑞樹は潤った。やっぱり宗吾さんが瑞樹にとって『生きるための水』なんだと実感してしまうよ。
「潤、ありがとう!」
寒さで鼻の頭を少し赤くして頬を上気させた瑞樹が、オレを真っすぐ見つめてくれた。純粋に信頼してくれているのが伝わってきて、胸の奥がジンとした。オレがずっと探していたものがやっと見つかった。
『瑞樹からの信頼』
この笑顔がオレにとって最高のクリスマスプレゼントだ。
「宗吾さんと楽しかったか」
「うん。展望台の上から見た五稜郭は星の惑星みたいに綺麗だったよ」
「よかったな。さぁ母さんと兄貴が痺れを切らして待っているぜ。行こう」
宗吾さんと瑞樹を車に乗せ自宅へと向かった。
「宗吾さん、帰りは明日でいいんですよね」
「そうだよ。今日は適当にどこかに泊まるよ」
「あっ宗吾さん、今日はオレの家に泊まることになっているんで、よろしくです」
「おっおう、そうなのか」
いささか緊張した面持ちになった宗吾さんをバックミラーで確かめて、心の中でエールを送った。
がんばれよ。兄貴は酒、かなり強いぜ!
11
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる