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発展編

帰郷 45

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「瑞樹、大丈夫か。気分は悪くないか」
「はいっ宗吾さんがいてくれたから頑張れました。それと言うのも洋くんがあそこまでしてくれたから……出来たのかもしれません」
「そうだな、全部吐き出せてよかった。だからもう瑞樹は俺に何も隠さなくていい。俺の前では、ありのままでいろよ」

 警察の現場検証には事前に頼み込んで、恋人である宗吾さんにも同行してもらった。

 拉致監禁……メイル・レイプ未遂……男の僕が男によって植え付けられた傷口をもう一度抉るようなあの貸別荘での現場検証だったが、宗吾さんが近くにいてくれるだけで頑張れた。

 恥ずかしいことなんて何もない、僕は真っすぐに生きて来た。

 あの高橋という男を、きちんと処罰し、罪をしっかりと償わせて欲しい。だから僕も洗いざらい全てを警察に話すことに努めた。高校時代ストーカーに遭った時にお世話になった刑事さんも、函館から援護射撃してくれた。

 何より洋くんに促されて吐き出した傷を、宗吾さんが受け留めてくれた事が大きかった。

 あの日、洋くんが来てくれなければ、宗吾さんが戻って来てくれなければ……僕はその傷を無理矢理塞いで、心の闇に隠してしまっただろう。


****

「瑞樹、また来るよ。いいか。絶対に無理すんなよ。治療に専念するんだぞ」
「あっ宗吾さん、待って下さい。あの……僕の鞄を取ってもらえますか」

 現場検証後の事情聴取時に警察から戻された僕の鞄。その中には宗吾さんのお母さんからもらったばかりの数珠が入っていた。

「これ?」
「その中に数珠があるはずですが」
「あぁ母が君にあげたのだな」
「えぇ僕のお守りです。このお陰もあって……あっ」

 ところが宗吾さんから数珠を手渡してもらった途端、バラバラに散ってしまった。

「あぁ糸が切れたようだな」
「もらったばかりなのに……何だか縁起が悪いですね」

 シュンと沈みそうになった心を、宗吾さんがグイと押し上げてくれる。

「いや、そんなことないだろう。うーん俺はこういう習慣に疎いから、月影寺に聞いてみたらどうだ? 」

 宗吾さんは行動が早い。いつものように、うじうじ迷っている暇なんてないな。

 すぐに月影寺に電話をしてくれた。住職であられる翠さんも自分の事のように心配してくれているのが伝わってきて、心が温まった。

「翠さん……これってやっぱり縁起が悪いのでしょうか」
「いや違うよ。これは君のお守りだったのだろう? 僕の持論だが数珠が瑞樹くんの身代わりになってくれたのでは? つまり君に降りかかった不幸を数珠が代わりに受け留めてくれたのだから、気にしなくて大丈夫だよ」
「そうでしょうか」
「うん、『数珠繋ぎ』と言う言葉があるように、数珠は人や物の縁を表していて、このタイミングで切れたのは、きっと『悪縁』が切れたことになるよ。だから安心して欲しい。こちらに送ってくれたら修理してあげるよ。流が得意だからね。もう一度正しい縁を繋ぎなおそう」
「あ……是非お願いします」

 翠さんにそう言ってもらえ、ようやく不安が拭えた。

「瑞樹良かったな」
「宗吾さんはすごいです。いつも……」
「何が? 」
「その都度早い段階で解決してくれるから……僕はどちらかというと、すぐに決められなくて長引かせてウジウジしてしまう所があるので」
「そうか。でも花を生ける瑞樹には迷いがないが」
「あ……そうでしょうか」

 そうだ……僕の指先は、ちゃんと治るだろうか。まだ包帯だらけの手を見つめると、どうしても気持ちが沈んでしまう。

「どうした? また暗い顔になったぞ」
「あ……その、この手がちゃんと治るか心配で」
「そうか……なぁ焦るなよ。ちゃんと時間をかけて治していけばいいのだから」
「はい、そうですよね。抜糸の日まで大人しくしています」
「いい子にしてろよ」

 病院のカーテンに隠れて、宗吾さんが悪戯気なキスをしてくれた。

「あっ……」
「また来るよ」
「……はい。待っています」

 今までの僕だったら、こんな甘えたセリフなんて言えなかった。

 宗吾さんは一旦東京に戻り、次は抜糸の日に来てくれるそうだ。

 病室の窓から宗吾さんを見送った。

 やっぱり何度も何度も振り返ってくれるのが嬉しくて、僕も手を振った。

 これは別れじゃない、別れだ。

 そう思うと寂しくはなかった。


****

 抜糸の日まで、母と二人きりでゆっくりと入院生活を過ごす事になった。

 優也さんのお姉さんは地元で大きな観光会社を経営しているらしく、病院に融通も利くようで個室にずっと居させてもらえたので有難かった。

 広い個室は付き添い人のベッドもあるので、母も快適に過ごせているようでホッとした。こんなにも長い時間を母とふたりきりで共に過ごしたことは、函館に住んでいる時にもなかったから、変な気分だ。

「瑞樹、林檎食べる?」
「うん」

 母が枕元で器用に林檎を剥いてくれて、小さく一口大に切ったものをフォークに挿して食べさせてくれる。照れくさいが、だんだん慣れて来た。それに僕の手の傷はまだ痛むのでフォークやスプーンなど細いものを握るのが苦痛だった。

「美味しい?」
「うん」
「やっぱり長野の林檎は美味しいわね」
「僕もそう思うよ」
 
 他愛もない話……時間が、こんなにも愛おしいなんて。

 函館になかなか帰らず親不孝をしていた。もっと帰省していろいろしてあげればよかったと後悔してしまう。

「お母さん」
「なあに?」
「あの……今までなかなか帰らなくて、ごめんなさい」
「馬鹿ね、そんなこと気にしていたの。そうだ今度は宗吾さんと一緒に帰省したらいいわよ。その時は函館じゃなくて大沼で過ごさない? 」
「え……」
「瑞樹の住んでいた家は残念ながらもうないんだけど、そこがペンションになっているらしいの。そこに行ってみましょうよ」
「へぇ……行ってみたいな」

 大沼と言う言葉に、最近の僕は過敏に反応してしまう。

 函館の他に帰郷したいもう一つの場所……それは大沼なのかもしれない。

 僕の原点を見つめたい。

 
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