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発展編

帰郷 37

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「そうだ、縁だよ。瑞樹が今まで積み重ねた縁、俺たちで紡いだ縁。どれも大事にしたからの結果だ。今回あの月影寺でほんの少しすれ違っただけのソウルからの来訪者との縁が、瑞樹を助けたんだ。それにしても……まさか優也さんのお姉さんと乗り合わせるとはな」

 宗吾さんに言われてはっとした。その女性って……もしかしてあの時僕を心配して声を掛けてくれた人なのか。僕はS.O.Sのサインを出せなかったのに、ちゃんと気づいてもらえたなんて信じられない。

「もしかして……あの新幹線の中の親子連れですか」
「そうだよ。厳密に言うと芽生と同じ位の歳頃の息子さんがいただろう。その子が先に気づいてくれたらしい」
「あの、でも……何で僕の顔を知って?」
「ほら、月影寺で記念撮影したじゃないか。その写真を優也さんが帰省先でお姉さんに見せたそうだよ。どうやらそれを覚えていたらしい」
「えっそんな所から繋がるなんて……信じられません」

 驚いた……世の中にはいろんな出会いがある。

 僕は確かにどんなに小さな出会いでも一つ一つ大切にしてきた。続かない縁も時にはあったけれども、決して相手を不快にさせないようにだけは心がけ、丁寧に距離を置いたつもりだ。

 今回……ほんの数時間居合わせた人から生まれた縁が、僕を助けてくれたのか。
 
 優也さんのお姉さんからソウルの優也さんへ。そして北鎌倉の洋くんに届き、流さんを経由して宗吾さんの元に僕の危機が伝わった。

 信じられないけれども、本当の話。

「そういえば去年取引先などからもらった名刺を奉納する「名刺納め祭」に行ってきたが、そこでは名刺を納める箱を『護縁箱』と言っていたな。今回はまさにそれだな。瑞樹は縁に護ってもらったな」
「『護縁』ですか……いい言葉……僕が今までやって来たことはけっして無駄ではなかったのですね」
「どうだ? まだ痛むか」

 宗吾さんが優しく僕の手を擦ってくれた。僕の手首にはアイツに縛られた痕がくっきりついていたので思わず隠したくなったが、静かに制された。

 途端に動機が激しくなった。投げ出したくなるっ、この傷つけられた躰。でも宗吾さんがいるから、僕はここに踏み留まっていられる。

「すみません。こんな醜い痕を」
「大丈夫だ。全部知って理解しているから言わなくていい。瑞樹はそのことを卑下することはない。自分を蔑んでは絶対に駄目だ」

 そうなのか。宗吾さんには何も隠さなくていいのか……そんな人がすぐ傍にいてくれるなんて……彼の温もりがどこまでも心地良い。

「痛みはどうだ?」
「あっはい。薬が効いたようで、さっきよりずっと楽です」
「じゃあ今のうちに眠れ。俺がついているから大丈夫だ」
 
 宗吾さんにもっと触れていたいと思ったが、確かに痛みが取れているうちに眠った方がよいので従うことにした。素直に従うと宗吾さんが冷えないようにと肩まで掛け布団をかけてくれた。これでは、まるで僕が芽生くんになったようだ。

「なんだか芽生くんに悪いですね。僕がお父さんを独り占めして。後で電話してあげてくださいね。僕は大丈夫だと。こんな姿になってしまったので、治るまで暫く会えそうにもありませんが……」
「芽生は実家の母がしっかり看てくれているから大丈夫だ。瑞樹は今日から暫く自分のことだけを考えろ。優先させろ。なっ」
「でも……宗吾さんのことは考えます」
「ふっ嬉しいことを」

 僕を優しく見つめてくれる眼差しに、ほっとする。

 今は他の事を考えるのはよそう。
 今日僕に降りかかった災難は忘れよう。

 宗吾さんの優しい眼差しを浴びながら、その視界の中で、僕は眠りにつく。

 怖い夢は見ない。


****

 事件の翌日の昼過ぎ、宗吾さんは母と入れ替わりで東京に帰ることになった。
 
 流石に仕事を途中で放り投げて来たので帰らないといけないのだが、宗吾さんとても名残惜しそうだった。

 僕は宗吾さんのお陰でぐっすり眠れたので「また来てください」と明るく送り出せた。そんな僕の様子に宗吾さんは、少し安心したようだった。

 窓から宗吾さんの後ろ姿をいつまでも見送った。彼も何度か振り返って手を振ってくれたのが嬉しかった。僕も白い包帯だらけの手を振り返した。

 骨折とかしなくてよかった。しかしこの傷がちゃんと治るのか不安になる。


「瑞樹、昼食が届いたわよ」
「あっうん」
「さぁご飯よ。ほらアーンして」
「……おっお母さんまで」

 確かに両手が使える状態じゃないので仕方がないのに、これは恥ずかしい。昨日も散々宗吾さんに向けて雛鳥のように口をパクパク開けたけれども、函館の母の前でこんなことしたことがなかったので猛烈に照れてしまう。

 僕が引き取られた時は、もう十歳だった。夏樹くらいの年頃だったら素直に義母に甘えられただろうに、兄になってからセーブすることを学んだ僕にはそれが出来なかった。それに母にはまだ小さな潤がいたから、潤が甘える場所に踏み込むわけには行かないと思った。

「いいのいいの。私ね瑞樹にずっとこうしてみたかったのよ。あなたは風邪で寝込むこともなくてゆっくり看病するチャンスがなかったわね。そう言えばこんな風にふたりきりで話すことも過ごすこともなかったわ」
 
 母が僕を小さな子供のように見つめる。

 こんな風に愛情を一身に受けていいのか……

 戸惑っていると、昨日宗吾さんが話してくれた言葉がふと過った。

『瑞樹は今日から暫く自分のことだけを考えろ。優先させろ。なっ』

 本当に母に甘えても? 思い切って甘えてみようか……

「そうそう、瑞樹は今だけは甘えなさい。そうね。5歳児くらいになったつもりでね」

 母が楽しそうに嬉しそうに笑っていた。
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