上 下
178 / 1,730
発展編

帰郷 36 

しおりを挟む
 軽井沢

「ママ、どうして中に入らないの?」
「うーん、やっぱり今日はお見舞い、やめておこうかな」
「そうなの? ねぇあのお兄ちゃんは助かった? 王子さまはちゃんと来た?」
「あぁそういう発想になるのは優也のせいね~ もちろん来たわ。ちゃんと来たわよ! 」

 私が発信した緊急コールはソウルを経由してあの青年の一番大切な人の元に届き、彼は危機一髪の所で助けられた。

 私がもっと早く気付いてあげられていたら彼のダメージは少なかったのでは。後悔はあるけれども、彼にはあんなに包容力のある素敵な人がついているから、きっと立ち直れると祈っているわ。

 今日は中に入らない方がいいと思うの。ようやく二人きりになれた恋人たちの労わりの時間を邪魔する程、野暮ではないわ。

 さっきからソウルに住んでいる弟の優也から何度も連絡が入っているみたい。

 彼は王子様に助けられて無事よ。大怪我をしてしまったけれども……だから安心して。
 
 私がかつて優也の異変に気が付いてあげられなかったからなのかな。今度は見抜けてほっとしている。控えめで大人しい優也が悲しみに沈みソウルで過ごした三年間、もっと早くあなたを見つけてあげたかった。


 ****

 東京

「おばあちゃん、どうしてパパは今日帰ってこないの? 」
「……それがね、瑞樹くんが大けがしちゃったの。入院した場所がここよりも遠くだから今日はパパが付き添ってあげるのよ。芽生はいい子に待てるかしら」
「え……お兄ちゃんが? だいじょうぶかな……すごくしんぱいだな。そうだ! メイ、お手紙を書くよ」
「まぁ優しい子ね」

 芽生はすぐにクレヨンを出し画用紙に絵を無心に描きだした。

 青い空には白い雲が綿菓子のように浮かんでいる。なるほど黄緑で塗りつぶしたのは草原ね。

 それにしても瑞樹くんのことが心配だわ。何て惨い事件に巻き込まれてしまったのかしら。こちらではニュースにならなかったのが幸いだけれども、瑞樹くんの怪我の状態は酷く一週間も入院しないといけないなんて気の毒に。

 可愛らしく清楚な人や物を自分本位に手折りたくなる輩が、古今東西いるものね。

 彼の指先が生み出す花のアレンジメントが私は好き。彼の指先にかかれば、まるでどの花も地に根をはっているように生き生きと溌剌と自然に咲いていくのが魔法のようだもの。

 どうか……あの指に後遺症が残らないように祈るわ。

「おばあちゃん出来たよ。おにいちゃんに送って」

 芽生が描いたのは、草原で男の子がぎゅっと男の人に守られている絵だった。手にはシロツメクサかしら。白い花の冠を持っているのね。

「まぁとてもやさしい絵ね。きっと瑞樹くん喜ぶでしょうね。パパに入院先を聞いて送りましょうね」
「うん! お兄ちゃんはメイをいつも守ってくれるから、今度はメイの番だよ」
「あら、これ宗吾かと思ったら、芽生だったの?」
「うん!!」

 ふふふ。瑞樹くんはモテモテね。私もあなたが好き。宗吾のことをよろしくね。そしてあなたも存分に宗吾に甘えていいのよ。今こそ甘えるべきよ。

****

北鎌倉

「洋、落ち着けって」
「だが……」
「さっき宗吾さんから、瑞樹くんは何とか寸での所で無事だったと連絡をもらったばかりだろう」
「それは分かっている……分かってはいるけど! 」
「分かるよ。洋にとって他人事ではないのだろう」

 丈が俺を落ち着かせようと、背後から抱きしめてくれる。

「……そうだ。どうして俺の周りでは、こんな卑劣なことばかり起きてしまう? 大切な人が傷つくのを、ただ黙って見ているだけなんて辛いよ。絶対に俺のせいだ。きっと俺が悪縁を呼んでしまうから! 」
「馬鹿、そんなこと言うな。そんな風に自分を貶めるな。洋……」

 ソウルの優也さんから俺への電話。最初は何の話か分からなかった。瑞樹くんが宗吾さんではない誰かに連れられて軽井沢で下車した。彼はとても困っているようだと、優也さんのお姉さんから連絡があったので知らせてくれたのだ。

 そんな……

 直近で彼に会ったのはハロウィンの時だ。皆で楽しく笑い転げて過ごした日々から一転した危険な知らせにクラクラと眩暈がした。

「ごめん。俺……気が動転して」
「分かるよ。洋の気持ち……だが洋が取り乱してどうする。それより彼らをサポートすることを考えよう」
「そうだな、ごめん。そうだ! 怪我のことを聞いてもいいか。指先を縫うって後遺症とかないのか。お前ならどう思う? なぁ教えてくれよ、彼の仕事に影響は? 」
「すぐに消毒処置して縫合したというから化膿の心配はないだろう。ただ抜糸まで入院というから大怪我だったと推測できる。指先は腱や神経が傷ついている可能性があるから、まだなんともいえないが、とにかく暫くは指を酷使するのはやめた方がいいと思うが」
「そうか……」

 あぁ……意気消沈だろう。

 瑞樹くんとは互いの仕事の話を語り合ったばかりだった。彼は憧れだったフラワーアーティストに今年昇格して、これからの季節はクリスマス・お正月とホテルやイベント会場の仕事を沢山任されていると、嬉しそうに意気揚々と話していたばかりだった。

「洋、そんなに心配なら一度軽井沢までお見舞いに行って来たらどうだ?」
「えっいいのか」
「あぁ私も気になるからな」
「ありがとう!丈」

 激しく動揺していた洋に、やっと笑顔を戻ってきた。瑞樹くんは洋が心を許す友人だ。だからこそ悔いのないよう行動するといい。
 
 人のために何かをするということは自分にとっても意味がある。けっして偽善ではない。そんな言葉で片付けてはいけない。


****

 軽井沢

「宗吾さん、僕は……ひとりじゃないのですね。お母さんも広樹兄さんも潤も、ここまで来てくれました」
「あぁそうだよ。皆、瑞樹のことを考えて集まった」

 瑞樹はその言葉を噛みしめているようだった。嬉しそうに照れくさそうに。どうやら痛み止めが効いてきたようで顔色も落ち着いてきた。ただ興奮して寝付けないようだったので、俺が彼のベッドに座って負担のないように話相手になってあげている。

「そうだ……あの、どうして宗吾さんがあの場に来てくれたのですか。信じられなかったです」
「それは縁だよ。俺たちが作った縁に助けられたというべきか」
「縁? それは……どういう意味ですか」


 



 





 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】偽聖女め!死刑だ!と言われたので逃亡したら、国が滅んだ

富士とまと
恋愛
小さな浄化魔法で、快適な生活が送れていたのに何もしていないと思われていた。 皇太子から婚約破棄どころか死刑にしてやると言われて、逃亡生活を始めることに。 少しずつ、聖女を追放したことで訪れる不具合。 ま、そんなこと知らないけど。 モブ顔聖女(前世持ち)とイケメン木こり(正体不明)との二人旅が始まる。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

生きる

春秋花壇
現代文学
生きる

【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。 そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。 悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。 「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」 こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。 新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!? ⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎

(完結)私より妹を優先する夫

青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。 ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。 ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

処理中です...