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発展編

帰郷 22

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 瑞樹の家から上機嫌で戻った翌朝、また若社長から電話がかかってきた。ちょうどオレも今回の件を断るために連絡しようと思っていたのでタイムリーだ。

 だが、そんな甘い考えが通用する相手じゃなかった。

「やぁそろそろ手筈は整った? ねぇ早く瑞樹くんに会わせてよ」
「あーその話だけど、なかったことにしてくれないか。やっぱりやめた。あんたには会わせられない」
「は? 君、一体何言ってるの? 僕を誰だと思ってるの?」
「だってどう考えてもおかしいじゃないか。100万なんて大金をポンとくれるなんて、ヤバイことになりそうだから、もう降りるよ」

 それに瑞樹をお前なんかに触れさせるわけにいかない。そもそもお前はもともとストーカーだったのだろう。オレは当時まだ中学に上がったばかりでよく覚えていないが、警察の人が家に来たりして大事だったはずだ。それも知らずに持ち掛けたのを後悔してるよ。

(だから絶対に嫌だね!! )

 口に出せないが、心の中で叫んだ。

「ひどいなぁ。じゃあ君を東京まで連れて来たあげた経費を返してもらわないといけないねぇ」
「あぁそんなの耳を揃えて返すよ。いくらだよ」
「そうだね、十万かな」
「えっ……そんな大金」
「飛行機代にホテル代、職場斡旋料などで十万だよ。さてさて君に払えるかな」
「いっ今すぐは無理だ。でも函館に戻ったら働いて返す」
「ふーん、もう函館に帰るんだ、そうなんだぁ」

 気持ち悪い。こんなにも気色悪い喋り方をする奴だったか。善人ぶっていたが、どんどん仮面が剥がれてきているようでゾッとした。

 もしかしたらオレはとんでもない事に足を突っ込んでしまったのでは……浅はかで愚かなことをしてしまったと激しく後悔した。

 どうしよう、十万も借金を作っちまった。しかも瑞樹を変態野郎に売ろうとしたなんて、兄貴にも母さんにも話せない……困ったな。

 参った、とにかくもう東京にはいたくない。

 だが財布に移した二万円と瑞樹の書いてくれたメモをじっと眺めていると、一筋の希望が生まれた。

 瑞樹と一緒に帰ろう。函館のオレの家に早く戻りたい。

 だから昼休みに旅行代理店に行って急いで飛行機のチケットを手配した。瑞樹が乗る予定の便と同じだ。瑞樹のくれた金は使いたくなかったが、あいにく手持ちがない。行きの航空券は若社長が取ってくれたし、帰りもそのつもりだったから。

 本当に最悪だ。なんだかんだ偉そうにしていてもオレはまだ二十歳そこらのアホなガキだった。やらかしてしまった。

 それから気になったことがあったので、函館の母に電話した。

「母さん、俺も月曜日に帰るからな」
「そうみたいね。瑞樹も帰って来るから、皆で仲良く家族旅行にいきましょう」
「へぇ……何だそれ? でも、いいな」

 家族旅行? 今迄そんなことしたことあったか。 これはますます帰りたくなる。突っ張っていたがオレのホームはやっぱり函館の家だとしみじみと思った。

「母さん聞いていいか。瑞樹の部屋にこげ茶の革のバッグがあったろう? あれって瑞樹が使っていたのか」
「ん? あぁあれね。瑞樹が出て行った後、東京のデパートから直接送って来たのよ。差出人が分からなくて。でも物が良さそうだから押し入れに閉まっておいたのよね。瑞樹には言ってなかったわ」
「くそっ! 何でそんな物得体のしれないものを取っておくんだよ。しかも、あの部屋に出して置くなんて! 」
「あーごめんごめん。瑞樹がそろそろ帰省するかもしれないと思って、冬用のお布団を出そうと押し入れを弄っていたからかしら。片付け忘れたのね」
「くそっ、そのお陰でオレは……」
「鞄がどうかしたの? 」
「いや、何でもない」

 あの日あの鞄を持って研修に行かなければ。取り返しがつかないことにならないといいが。とにかく瑞樹がこのタイミングで函館に帰省する。あいつには絶対に見つからないようにしたい。

「おーい、昼休みにどこをほっつき歩いているんだ。早く仕事に戻れ」
「あっすみません! 親方に呼ばれた。またな母さん」
 
 慌ててロッカーに鞄を突っ込み、現場に戻った。

****

 宗吾さんの胸で思いっきり泣いてしまった。男のくせに泣き過ぎだろうと思うけれども、どうにもとまらなかった。ここに来て立て続けにいろんなことが起こるせいだ。

 長年気がかりだった潤との関係が僅か数時間で一気に改善した。流石にこれには驚いた。彼は知らないうちに想像よりずっと大人になっていた。

 長年に渡り僕は必要以上に怖がっていたのかもしれない。天邪鬼な潤は潤で……どんどん拗れて、ふたりの歯車は完全にズレてしまっていた。

 ただ風呂場での件はやはり今でも嫌な思い出だ。幼い彼のした事をもう許すべきなのだろう。潤も心から詫びていたし。でも……という気持ちがしこりのように残っている。

 この件はすっきり昇華しきれていないが、それでも潤との関係は一気に前進した。僕も改善したいと思ったからだ。

 それからまさか函館の母が、僕の産みの親の供養をしてくれるとは、想定外で驚いた。

 父さんと母さんと夏樹の供養をしてあげられる。そう思うだけでも今から胸が一杯になるよ。僕も今まで法要なんて無関心だったが、北鎌倉の月影寺に行ってから無性に墓参りしたくなっていたから。

 父さんたちに会いたいよ……今の僕を見て欲しくなった。

「瑞樹、落ち着いたか」
「あっすみません。本当に恥ずかしいです。最近泣いてばかりですよね」
「いや、恥ずかしいことなんてない。嬉し涙だろう。今日の涙は」
「あっ確かに……」
「ならいいじゃないか。泣くほど嬉しいことなんて、滅多にないぞ」

 宗吾さんの一言一言は、いつも温かい。

 僕は本当にこの人を好きになって良かったとしみじみと思った。

「函館の予定はもう決まったのか。飛行機の便は?」
「あっはい。今日チケットを取ってきます」
「便、教えて」
「もちろんです」
「さてと、そろそろ起きるか」
「ですね」

 さっきの続きを……と言いたい気持ちをグッと我慢した。

 もうすぐ函館に行って両親と夏樹に報告する。その後函館の母にも宗吾さんのことを伝えるつもりだ。

 僕なりのけじめをつけてからでいいですか。
 あなたのこと……真剣に考えていて、この幸せを守りたいから。

「……あーそのだな。さっきの続きは……函館から戻ったらになりそうか」
「あっ……ハイ」
「そろそろ芽生を迎えに行かないと。幼稚園の送迎は俺の役目だから」
「じゃあ僕も一緒に出ます」
「悪いな。土曜日なのに」
「いえ今日も仕事なので」
「そうだったな」

 もう間もなくだ。

 僕の帰郷は、明後日に迫っていた。




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