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発展編

深まる秋・深まる恋 25

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 流さんが案内してくれたのは、中庭の一角だった。そこには見事なまでに秋の花が咲き誇る花畑があった。

「こんな所に……凄いですね」
「うちは寺だから仏花が毎日必要だからね。それに寺の奥のご先祖様の墓にも供えるし、洋くんもご両親へのお参りを欠かさないから、いっそ仏花を栽培してみようと思ったわけさ」
「なるほど、田舎では結構そういう所が多いですよ。畑の片隅で育てているのを、出張時に見かけました」
「やっぱりそうか。田舎は本家筋が多いから、大きな仏壇や墓があるものな」
「その通りです」

 じっと顔を見つめられたので、何だろうと首を傾げると……

「瑞樹くんと話すのは心地いいな。君が素直だからかな。なるほど、これは宗吾がゾッコンなのが分かるよ」

 『ゾッコン』ってちょっと古いよな……と苦笑しつつも、その優しい言葉に感謝した。
 
「どうだ? 供花にも使えそうか。ここの花を自由に使っていいぞ」
「ありがとうございます。菊と小菊に竜胆(りんどう)まで」

 流さんに導かれて、僕は心の赴くままに花を摘ませてもらった。

 この花に僕の哀悼を……想いの丈を込める。

 一馬、君と僕との縁はもう完全に切れてしまったが、せめてこれ位させてくれ。

 いつもお前が話してくれたお父さんは九州男児らしく豪快でビシッとカッコ良かったよ。お前も何だかんだと文句を言いながらも、お父さんのことが大好きだったよな。

 だからお父さんの病気、余命告知には、二人で心を痛めたな。

 お前が生きているうちにと結婚を急いだ気持ちも、もう……全部分かっているから。 僕は……お父さんのことも一馬のことも恨んではいない。そのことを伝えたい。


****

「俺の親父は怒ると怖くてさ」
「へぇ一馬はよく怒られたのか」

 今考えると10代~20代前半と若かった頃もあり一馬とは会えば、いつも躰を重ね温め合った仲だった。そして情事の後は、いつもまどろみながらいろんな話をした。故郷のことも、お前は良く話してくれた。

「驚くなよ。ドラマみたいにちゃぶ台がひっくり返ったこともあるぜ」
「えっ」
「でも怒った後はサッパリするみたいで、一緒に片付けしてくれて、頭をグシャッと撫でてくれてさ」
「豪快で優しいお父さんだな」
「うん、なぁ瑞樹のお父さんはどんなだった? 」
「……もうあまり思い出せないな。でも……母さんとよく楽しそうに掛け合いしていたな」

 一馬には、父が交通事故で亡くなったことしか話していなかった。

「……そうか、残念だったな。そうだ。年末は帰省するのか」
「いや、今年は帰らない。ずっとこっちにいるよ」
「え? 正月をひとりで過ごすなんて寂しいじゃないか。俺の親父だったら瑞樹のこと放って置けないだろうな。なぁ一緒に帰省しないか」
「そんなの……無理だよ」

 僕は一馬を函館の家に紹介出来ないのに、そんな一方的なのは絶対に無理だ。

 函館の母や兄さんには、引き取ってもらい散々世話と迷惑をかけたのに、僕のことでこれ以上……悩ませたくない。

 この関係は世間では一般的でない。まして函館は小さな街。変な噂でもたったら大変だろう。


****

「瑞樹くん、どうした? この花じゃ無理か」
「いえ、とんでもないです。ぜひ使わせてください!」

 僕の今の部署はお祝い事中心だったので、仏花や供花を作ったことはないが……函館の実家の花屋ではよく依頼を受けていた。

 広樹兄さんや母さんが作る花を当時の僕は横で見ているだけだったが、イメージは漠然と掴めた。

 まだ亡くなられたばかりなので白を基調とした花がいい。白い菊を中心にグリーンの葉を添えて、一馬と一馬のお父さんらしく、おおらかで少し大胆に。

「流さん、花を活ける籠みたいなのはありますか」
「おう、竹で編んだ鉢植えカバーみたいなのがあるが、使えるか」
「はい! ありがたいです」
「作業には、茶室を使っていいからな」

 茶室で正座して供花を活けた。いつもの洋花ではないので、生け花と少し似た所作を意識していた。それにしても白といっても……白い菊だけだと寂しいな……どうしよう。邪魔にならないように控えめに作りたいし……

「瑞樹、これも使え」
「宗吾さん……」
 
 様子を見にやってきた宗吾さんに手渡されたのは、白オリエンタル系のユリだった。

「これ、どうして?」
「洋くんが買ってきてくれたよ」
「凄くありがたいです」

 僕の手元を宗吾さんがじっと見つめる中、僕は哀悼の意をこめた供花を作り上げた。

「出来た……出来ました」
「うん、瑞樹らしいな。誠実で清潔な印象だ」
「そんな……宗吾さん。あの……作らせてくださってありがとうございます」
「何を言う? 俺は何もしていないよ。皆の気持ちが瑞樹に寄り添っただけだ」

 すぐに流さんがどこからか箱も用意してくれた。

「中に何かメッセージをいれるか」

 そう聞かれたが、書かなかった。
 僕が出来るのはここまでだ。それに僕が望むのもここまでだ。

 流さんが去って、再び宗吾さんと二人きりになった。

「宗吾さん……話しがあります」
「何だ? 改まって」
「僕は近々実家に帰省しようと思っています。そして函館に帰ったら墓参りに行くつもりです」

 そう告げると宗吾さんは、少し不思議そうに首を傾げた。

「年末年始じゃなくて、今の時期にか。 あ……もしかしてお父さんと弟さんの法事か何かあるのか」
「いえ……僕は一度もそういうのはしたことがなくて……でも早く……無性に行ってみたくなりました」
「そうか。月影寺で刺激をもらったのか。その旅は長くなるのか。俺もついて行きたいよ」

 甘い言葉に甘えてしまいそうになる自分を律した。
 まだだ。まだ早い──ちゃんと整えてからがいい。
 あなたを紹介するのは。

「……あの、まずは僕だけで行ってきますが、次は宗吾さんも一緒に来てください」
「そうか……」
「実は……僕も母にあなたを正式に紹介したくなりました。ただ……やはり最初は僕だけで話をしに行って、それからになりますが」

 宗吾さんは、とても嬉しそうな顔になった。

「そうか。瑞樹が俺との未来を真剣に考えてくれて嬉しいよ。だが……本当に大丈夫か。必要ならすぐに飛んで行くから、絶対に遠慮だけはするなよ。もしも悲しい時や寂しい時には……いつだって俺を呼ぶこと」
「はい。必ずそうします」


 あぁ、とうとう踏み出せた。一馬の時には踏み出せなかった道に一歩を。

 これは僕にとっては、大きな大きな前進だった。

 函館の母に、実の両親と弟の墓の場所を思い切って教えてもらおう。ずっと遠慮して聞けなかった。三兄弟を片親で育てるのがどんなに大変か、見ていて良くわかったから望まなかった。

 墓で皆に報告してから、函館の母さんに事実を伝えよう。

 理解させれなくても、それでもいい。

 もう嘘をつくのは嫌だ。

 宗吾さんのことは、きちんと話したい。きちんとしたいから。

 僕の覚悟は決まっていた。

「なぁ瑞樹……向こうの秋はこっちより深まっているだろうな」
「そうですね。もう気温も五度前後と冷え込んで、僕が行く中旬には初雪が見られるかもしれません」
「そうか……秋の深まりと共に、俺は瑞樹の深い所まで、また一歩近づけたような気がするよ」
「僕もです。宗吾さんとの未来を描いています」


 その通りだ。

 秋の深まりと共に、僕達の恋も確実に深まった。

 深い愛は、勇気と希望を与えてくれる。

 だから僕は今まで絶対に踏み出さなかった道を歩き出す。
 
 振り返れば宗吾さんが見守ってくれているから、踏み出せる。


「深まる秋・深まる恋」 了


















あとがき


不要な方はスルーで









****

いつも読んでくださってありがとうございます!

やっと「深まる秋・深まる恋」が終わりました。
切ないはじまりから、コメディ。
そしてまたしっとり。楽しんでいただけのなら、幸いです。

明日からまた新しい段です。いよいよ函館編? 
いやいやその前に少し日常的なほんぼの話を持ってこようかな。とあれこれ楽しく悩んでいます。








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