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発展編
深まる秋・深まる恋 24
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月影寺での朝食後、洋くんと瑞樹が散歩に行くというので、俺は流に抹茶を点ててもらうことにした。瑞樹と洋くんは気が合いそうなので、二人きりの時間を持って欲しかった。芽生はまた薙くんに遊んでもらっていたので、少しの間見てもらうことにした。
「宗吾、こっちだ」
「へぇこんな所に茶室があるのか」
「あぁ今年建て直したばかりだ」
月影寺の母屋の脇の道を山に向かって歩くと、部外者が立ち入れない空間に入った。竹林がザワザワと風に揺れる中、滝の音までも聞こえてくる風情ある空間に、茶室と離れの建物が見えてきた。
「ここは俺の城だ」
流は自慢げに嬉しそうな顔をしていた。まるで秘密基地を明かす少年のようだ。
「いい佇まいだな」
俺は広告代理店勤務もあってかなりの目利きだと自負しているが、流の城は……彼の人となりが見え隠れする、粋でセンス溢れる空間だった。
「あの茶室と対になっている建物は誰のものだ? 」
「あぁ向こうは翠兄さんの部屋だ」
「へぇ……」
「二つの棟は渡り廊下でつながっている」
その説明に兄弟愛の強さを感じた。詳しいことはわからないが、流は長兄を溺愛しているようだ。普通は兄が弟を可愛がるものだが、ここでは逆のようだ。
まるで俺が瑞樹を溺愛し、俺の愛で包んでやりたくなる気持ちなのか。それって……と聞きたい所だがグッと我慢した。人には知られたくないことも、言いたくないこともあるからな。
「何を考えている? 」
「いや、俺たちは似ているなと思って」
「あぁそれは俺も思っている」
茶を点ててもらう前にゆっくりと語り合ってしまった。話せば話すほど同調できる部分が多く、楽しい奴だ。この年齢になって、こんなにも分かり合える友が出来るんて嬉しいものだ。
「流さんー宗吾さんっ、そこにいますか」
遠くから声がするので振り向くと、竹林の茂みから洋くんが血相を変えて走ってきた。
「あぁここだ」
「よかった。宗吾さん! 瑞樹くんの様子が少し変なので、すぐに行ってあげてください」
「どうした、何があった? 」
まさか具合でも? やっぱり昨日の階段から転げ落ちたせいか。どこか打ち所が悪かったのではと途端に心配になった。
「よく分からないのですが……瑞樹くんに電話がかかってきて、その後顔色が真っ青になって、今向こうの東屋で休んでもらっているので」
「分かった。すぐに行く! 」
****
東屋でうなだれる瑞樹を見つけた時は焦った。明らかに元気がなく、何か大きな不安を抱えているような様子だった。
今までの俺だったら「早く理由を話せ! 」と詰め寄る所だが、丁寧に彼の強ばった心と躰を解すことに専念した。
そんな彼の悩みは割と早い段階で察することができた。頑なに口を噤み俺から逃げようとするのは、いつも前の彼が絡んでいる時だった。
優しく促し、やっと漏らしてくれた瑞樹の心情は想像以上に悲しみに濡れていた。
愛情に飢えた瑞樹は、きっと彼の父親の話を自分の亡くなった父親を投影させていたのだろう。だからその父親が亡くなったことに強いショックを感じているようだった。哀悼の意を伝えたい気持ちで一杯のようだ。しかし別れた相手から弔電やお香典が届いても、向こうは困るかもしれない。まして相手はもう結婚しているのだし……と悩んでいた。
「どうしたら……」と瑞樹に相談されたが、俺にも上手い言葉が見つからなかった。俺の浅はかな知恵ではどうにも不安なので、この寺の男たちを頼ることにした。
特に翠さんは住職しての修行を積み、その真摯な態度からも、きっと何かよい知恵を与えてくれそうだ。
****
瑞樹と共に母屋に戻ると、翠さんは本殿で読経中とのことだった。
厳かな本殿に足を踏み入れると、静寂の中、翠さんの読経の声だけが響いていた。とても穏やかで、それでいて重みのあるお経だ。やがて俺たちが声を掛けなくても、翠さんは気づいてくれた。
「どうした? 何か困ったことでも? 」
「実は……」
瑞樹はあの海でパニックになった時も翠さんと話して心が落ち着いたこともあり、包み隠さず素直な気持ちを伝えられた。
頑張れ、瑞樹。
俺はそう心の中で応援することしか出来ない。乗り越えるのは瑞樹自身だから。傍にいてやるしか出来ないのが、もどかしいよ。
「そうか……なるほど。瑞樹くんの気持ちは、よく分かった」
「僕に何が出来るのか。どうしたらいいのか分からなくて悩んでいます」
「……うん、では、こうしたらどうかな。これは僕の勝手な考えだが……」
「はい」
「君はフラワーアーティストだろう? 君なりの心を込めて、供花を贈ったらどうだろう。差出人は書かなくてもいい。よかったら、この寺から大分まで送ってあげるよ」
「あっ……」
なるほど、確かにいい案だ。
金や言葉で伝えられない……想いを込められる。
それが一番瑞樹らしい、お悔やみの方法ではないか。
「そうか……訃報を聞きつけご自宅へお贈りする枕花なら、供花アレンジメントですね……僕、作ってみます」
「でも花の手配はどうしよう」
「兄さん、それならこの寺に咲く秋の花を摘んでこようか」
振り返ると洋くんと流が立っていた。
「流石、流だな」
翠さんが呼応するように頷いた。
「流さん、ありがとうございます。僕も一緒に行っても? 」
「あぁもちろんだ。君が選ぶといい、この寺には秋には秋の花が咲くから」
瑞樹は前向きな気持ちになれたようで、凛々しい顔をしていた。
そうだ。瑞樹にしか出来ないことをすればいい。
俺はそんな瑞樹が好きだ。
「宗吾、こっちだ」
「へぇこんな所に茶室があるのか」
「あぁ今年建て直したばかりだ」
月影寺の母屋の脇の道を山に向かって歩くと、部外者が立ち入れない空間に入った。竹林がザワザワと風に揺れる中、滝の音までも聞こえてくる風情ある空間に、茶室と離れの建物が見えてきた。
「ここは俺の城だ」
流は自慢げに嬉しそうな顔をしていた。まるで秘密基地を明かす少年のようだ。
「いい佇まいだな」
俺は広告代理店勤務もあってかなりの目利きだと自負しているが、流の城は……彼の人となりが見え隠れする、粋でセンス溢れる空間だった。
「あの茶室と対になっている建物は誰のものだ? 」
「あぁ向こうは翠兄さんの部屋だ」
「へぇ……」
「二つの棟は渡り廊下でつながっている」
その説明に兄弟愛の強さを感じた。詳しいことはわからないが、流は長兄を溺愛しているようだ。普通は兄が弟を可愛がるものだが、ここでは逆のようだ。
まるで俺が瑞樹を溺愛し、俺の愛で包んでやりたくなる気持ちなのか。それって……と聞きたい所だがグッと我慢した。人には知られたくないことも、言いたくないこともあるからな。
「何を考えている? 」
「いや、俺たちは似ているなと思って」
「あぁそれは俺も思っている」
茶を点ててもらう前にゆっくりと語り合ってしまった。話せば話すほど同調できる部分が多く、楽しい奴だ。この年齢になって、こんなにも分かり合える友が出来るんて嬉しいものだ。
「流さんー宗吾さんっ、そこにいますか」
遠くから声がするので振り向くと、竹林の茂みから洋くんが血相を変えて走ってきた。
「あぁここだ」
「よかった。宗吾さん! 瑞樹くんの様子が少し変なので、すぐに行ってあげてください」
「どうした、何があった? 」
まさか具合でも? やっぱり昨日の階段から転げ落ちたせいか。どこか打ち所が悪かったのではと途端に心配になった。
「よく分からないのですが……瑞樹くんに電話がかかってきて、その後顔色が真っ青になって、今向こうの東屋で休んでもらっているので」
「分かった。すぐに行く! 」
****
東屋でうなだれる瑞樹を見つけた時は焦った。明らかに元気がなく、何か大きな不安を抱えているような様子だった。
今までの俺だったら「早く理由を話せ! 」と詰め寄る所だが、丁寧に彼の強ばった心と躰を解すことに専念した。
そんな彼の悩みは割と早い段階で察することができた。頑なに口を噤み俺から逃げようとするのは、いつも前の彼が絡んでいる時だった。
優しく促し、やっと漏らしてくれた瑞樹の心情は想像以上に悲しみに濡れていた。
愛情に飢えた瑞樹は、きっと彼の父親の話を自分の亡くなった父親を投影させていたのだろう。だからその父親が亡くなったことに強いショックを感じているようだった。哀悼の意を伝えたい気持ちで一杯のようだ。しかし別れた相手から弔電やお香典が届いても、向こうは困るかもしれない。まして相手はもう結婚しているのだし……と悩んでいた。
「どうしたら……」と瑞樹に相談されたが、俺にも上手い言葉が見つからなかった。俺の浅はかな知恵ではどうにも不安なので、この寺の男たちを頼ることにした。
特に翠さんは住職しての修行を積み、その真摯な態度からも、きっと何かよい知恵を与えてくれそうだ。
****
瑞樹と共に母屋に戻ると、翠さんは本殿で読経中とのことだった。
厳かな本殿に足を踏み入れると、静寂の中、翠さんの読経の声だけが響いていた。とても穏やかで、それでいて重みのあるお経だ。やがて俺たちが声を掛けなくても、翠さんは気づいてくれた。
「どうした? 何か困ったことでも? 」
「実は……」
瑞樹はあの海でパニックになった時も翠さんと話して心が落ち着いたこともあり、包み隠さず素直な気持ちを伝えられた。
頑張れ、瑞樹。
俺はそう心の中で応援することしか出来ない。乗り越えるのは瑞樹自身だから。傍にいてやるしか出来ないのが、もどかしいよ。
「そうか……なるほど。瑞樹くんの気持ちは、よく分かった」
「僕に何が出来るのか。どうしたらいいのか分からなくて悩んでいます」
「……うん、では、こうしたらどうかな。これは僕の勝手な考えだが……」
「はい」
「君はフラワーアーティストだろう? 君なりの心を込めて、供花を贈ったらどうだろう。差出人は書かなくてもいい。よかったら、この寺から大分まで送ってあげるよ」
「あっ……」
なるほど、確かにいい案だ。
金や言葉で伝えられない……想いを込められる。
それが一番瑞樹らしい、お悔やみの方法ではないか。
「そうか……訃報を聞きつけご自宅へお贈りする枕花なら、供花アレンジメントですね……僕、作ってみます」
「でも花の手配はどうしよう」
「兄さん、それならこの寺に咲く秋の花を摘んでこようか」
振り返ると洋くんと流が立っていた。
「流石、流だな」
翠さんが呼応するように頷いた。
「流さん、ありがとうございます。僕も一緒に行っても? 」
「あぁもちろんだ。君が選ぶといい、この寺には秋には秋の花が咲くから」
瑞樹は前向きな気持ちになれたようで、凛々しい顔をしていた。
そうだ。瑞樹にしか出来ないことをすればいい。
俺はそんな瑞樹が好きだ。
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