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発展編
深まる秋・深まる恋 21
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「あっ……もしかして……僕、お邪魔だった?」
「えっいえ、大丈夫です」
「なら良かった」
翠さんは萌黄色の袈裟を身に着けていた。昨日よりも更に厳かな雰囲気で、僕の気も引き締まる。とても昨日ハロウィンの仮装をした人とは思えない落ち着きだ。
長年修行を積んだのだろう。吐く息一つをとっても僕とは別格だ。
「寒くはない?」
「えぇ丹前もお借り出来ましたので」
「良かった。風邪ひかないようにね。都心とは全然違うから、空気も気温も……」
「本当にそうですね」
もう11月……秋もますます深まり空気がひんやりと冷たかった。寺の中庭には青い竹林がどこまでも続いており、風が吹き抜けるとサワサワとその葉を揺らしていた。
まるで別世界に迷い込んだみたいだ。
都会の喧騒を離れた風土にふと故郷を思い出す。僕が引き取られた家は商店街の中に建っていたが、10歳まで僕が過ごした家の裏は牧草地だった。
どこまでも広がる草原で、よく僕は弟とかけっこをした。青空……新緑の草原。足を掠める草の感触……弟の笑い声……どれをとっても愛おしいものばかり。
「あの……翠さんはいつもこんな早朝から起きているのですか。まだ六時なのに」
「うん、起きるのはもっと早いよ。もう一通り朝のお勤めを終えてから、君を迎えに来たからね」
「え!これより早いのですか。すごいな……あぁでも僕の実家も花屋だったので、花市場に行くために母と兄はいつも4時起きでした」
「ふぅん……瑞樹くんのご実家は花屋さんなの? 」
「あっ……正確には僕を引き取ってくれた家が花屋を営んでいました」
「そうか……本当のご両親は亡くなったんだね。弟さんと一緒に……」
「……えぇ」
本当の両親は何をしていたのか、何も思い出せない。まだ当時の僕は十歳と幼く、親の職業に興味がなかったのだから、仕方がないのか。
「知りたいみたいだね」
「え……」
翠さんはすごい……何もかも達観している。
「最近、実はとても知りたい欲求に駆られています。今まで引き取ってくれた家に遠慮していましたが、その……宗吾さんとこの先も付き合っていくためにも、自分の素性を知りたくなりました。あの、こういうのって変でしょうか」
「いや変ではないよ。ごくごく自然なことだ。それだけ君が宗吾さんと歩む人生を真剣に考えている証拠だね。そういえば我が家の洋くんにも似たような時期があったよ。彼も自分の母親の実家を知りたくて、一時期懸命に探し求めていたのを思い出してしまったよ」
「そうなんですね」
「でも……それは必ずしもいい事ばかりではないかも。過去を掘り起こすというのは……悲しいことや辛いことに出会うかもしれない危険も孕んでいるのを忘れないで」
翠さんに言われて気が引き締まる。それでも僕はきっと間もなく函館に行くだろう。宗吾さんのお母さんにあそこまで快く受けいれていただけて……僕だけ何もしないでいるのは嫌だった。
「はい。近いうちに函館の家に戻ろうと思っています」
「そうか、くれぐれも無理のないようにね。宗吾さんにもきちんと話してから行くこと」
「はい!」
「あ……着いたよ」
「ここは?」
寺の中庭から更に特別の扉を開けて、奥まった場所へと案内された。
「張矢家の個人的な墓地だよ」
「あっそうだったのですね」
見れば苔むした大地に、幾つかの墓石が並んでいた。
「ここには僕の先祖が眠っている。だから朝はここにお参りするのが日課なんだ」
翠さんに促されるが、戸惑ってしまった。
「あの……僕はお墓参りをしたことがなくて、すみません。作法が分かりません」
「正確な作法なんてない……心を込めてお参りすればいい。そういえば君のご両親のお墓はどうなっているのかな? 」
「それも分からないのです。育ての親は片親で花屋を営んでおり、いつも本当に忙しそうで……僕たちにはそんな余裕はなかったので。それに高校卒業と同時に僕だけ逃げるように東京に出て来てしまって。もちろん就職してから仕送りはしていますが、何の手伝いもしていないのが申し訳ないです」
「そうだったのか。でも充分だよ。それで……ご先祖様を大事にお墓参りをするのは大事だが……そういう事情ならそれでいいと思う」
「そうでしょうか」
「そうだよ。瑞樹くん、あれもこれも焦らずゆっくりでいいと思うよ。君は……真面目過ぎるところがあるからね」
そのまま今度は本殿に戻り、翠さんの読経を聞いた。なんと良い声なのだろう。心の隅々まで響くような声で……聞き惚れてしまう。
「兄さん、おはよう!」
「流……読経の途中だよ」
「もう終わったところだろう? 朝飯出来たぜ。おっ瑞樹くんも一緒か。アイツとオチビちゃんも起こしておいで」
「分かりました!」
流さんの方は濃紺の作務衣姿だった。厨房男子といった雰囲気でカッコいいな。やっぱり料理が出来る男性って素敵だ。でも僕の宗吾さんはもっと素敵だ。(朝から惚気てしまう僕は、相当宗吾さんにやられているな)
宗吾さんを呼びに離れの長い廊下を歩いていると、一番奥の部屋の扉から水蒸気が漏れているのに気が付いた。
まっまさか火事!?
焦って駆け寄ってみると、扉の向こうは驚いたことに立派な風呂場になっていた。
へぇ……こんな所にも風呂場があるのか。中から人の話し声がするのでそっと覗いてみると、白い湯気の中にうっすら人肌が見えた。
わ……もしかしてさっきの男性たちなのかな? そっと覗き見していると、突然声をかけられて驚いてしまった。
「おーい、瑞樹、覗き見はよくないぞ!」
「そうだよーおにいちゃんも早くスッポンポンになっておいでよー」
「え? 」
目を凝らしてみると、宗吾さんと芽生くんが、ちゃっかり湯舟につかっていた。二人とも気持ち良さそうに鼻歌なんて歌っている。わわ……こういう大胆な所は親子そっくりだ。
「かっ勝手に入っていいのですか」
「こんな所に風呂があるなんてラッキーだな。母屋の風呂借りなくてもいいわけだ」
「はぁ……」
「瑞樹も入ろう」
「え……いや朝食の準備が整ったそうなので行かないと」
「少しだけ一緒に。芽生も呼んでいるぞ」
「うんうん、おにーちゃんも一緒がいいなぁ」
うっ……弱い所をつかれた。
「ハァ……分かりました。少しだけですよ」
「やった」
って宗吾さん、僕の裸が見たいだけじゃありませんよね? 純粋な風呂ですよと念押しした方がいいのか。いや……そんなの自意識過剰か。芽生くんもいるんだし……あれこれブツブツ言いながら脱衣場で丹前と浴衣を脱ぎ、パンツも一気におろした所で、突然ガラっと扉が開いた。
「へ……?」
今度こそさっきの声の主の登場だった。
「あっわっ!!」
「えぇっ?」
長身の若い青年と黒目がちなしっとりした感じの美人な男性が、目を見開いて立っていた。
二人の視線の行方ってまさか……まっまさか!
「あぁ……うっ、すっすみません。こんな格好で」
股間をまたもや手で押さえる羽目になった。
僕を強引に誘った宗吾さんを恨む瞬間だ!
「えっいえ、大丈夫です」
「なら良かった」
翠さんは萌黄色の袈裟を身に着けていた。昨日よりも更に厳かな雰囲気で、僕の気も引き締まる。とても昨日ハロウィンの仮装をした人とは思えない落ち着きだ。
長年修行を積んだのだろう。吐く息一つをとっても僕とは別格だ。
「寒くはない?」
「えぇ丹前もお借り出来ましたので」
「良かった。風邪ひかないようにね。都心とは全然違うから、空気も気温も……」
「本当にそうですね」
もう11月……秋もますます深まり空気がひんやりと冷たかった。寺の中庭には青い竹林がどこまでも続いており、風が吹き抜けるとサワサワとその葉を揺らしていた。
まるで別世界に迷い込んだみたいだ。
都会の喧騒を離れた風土にふと故郷を思い出す。僕が引き取られた家は商店街の中に建っていたが、10歳まで僕が過ごした家の裏は牧草地だった。
どこまでも広がる草原で、よく僕は弟とかけっこをした。青空……新緑の草原。足を掠める草の感触……弟の笑い声……どれをとっても愛おしいものばかり。
「あの……翠さんはいつもこんな早朝から起きているのですか。まだ六時なのに」
「うん、起きるのはもっと早いよ。もう一通り朝のお勤めを終えてから、君を迎えに来たからね」
「え!これより早いのですか。すごいな……あぁでも僕の実家も花屋だったので、花市場に行くために母と兄はいつも4時起きでした」
「ふぅん……瑞樹くんのご実家は花屋さんなの? 」
「あっ……正確には僕を引き取ってくれた家が花屋を営んでいました」
「そうか……本当のご両親は亡くなったんだね。弟さんと一緒に……」
「……えぇ」
本当の両親は何をしていたのか、何も思い出せない。まだ当時の僕は十歳と幼く、親の職業に興味がなかったのだから、仕方がないのか。
「知りたいみたいだね」
「え……」
翠さんはすごい……何もかも達観している。
「最近、実はとても知りたい欲求に駆られています。今まで引き取ってくれた家に遠慮していましたが、その……宗吾さんとこの先も付き合っていくためにも、自分の素性を知りたくなりました。あの、こういうのって変でしょうか」
「いや変ではないよ。ごくごく自然なことだ。それだけ君が宗吾さんと歩む人生を真剣に考えている証拠だね。そういえば我が家の洋くんにも似たような時期があったよ。彼も自分の母親の実家を知りたくて、一時期懸命に探し求めていたのを思い出してしまったよ」
「そうなんですね」
「でも……それは必ずしもいい事ばかりではないかも。過去を掘り起こすというのは……悲しいことや辛いことに出会うかもしれない危険も孕んでいるのを忘れないで」
翠さんに言われて気が引き締まる。それでも僕はきっと間もなく函館に行くだろう。宗吾さんのお母さんにあそこまで快く受けいれていただけて……僕だけ何もしないでいるのは嫌だった。
「はい。近いうちに函館の家に戻ろうと思っています」
「そうか、くれぐれも無理のないようにね。宗吾さんにもきちんと話してから行くこと」
「はい!」
「あ……着いたよ」
「ここは?」
寺の中庭から更に特別の扉を開けて、奥まった場所へと案内された。
「張矢家の個人的な墓地だよ」
「あっそうだったのですね」
見れば苔むした大地に、幾つかの墓石が並んでいた。
「ここには僕の先祖が眠っている。だから朝はここにお参りするのが日課なんだ」
翠さんに促されるが、戸惑ってしまった。
「あの……僕はお墓参りをしたことがなくて、すみません。作法が分かりません」
「正確な作法なんてない……心を込めてお参りすればいい。そういえば君のご両親のお墓はどうなっているのかな? 」
「それも分からないのです。育ての親は片親で花屋を営んでおり、いつも本当に忙しそうで……僕たちにはそんな余裕はなかったので。それに高校卒業と同時に僕だけ逃げるように東京に出て来てしまって。もちろん就職してから仕送りはしていますが、何の手伝いもしていないのが申し訳ないです」
「そうだったのか。でも充分だよ。それで……ご先祖様を大事にお墓参りをするのは大事だが……そういう事情ならそれでいいと思う」
「そうでしょうか」
「そうだよ。瑞樹くん、あれもこれも焦らずゆっくりでいいと思うよ。君は……真面目過ぎるところがあるからね」
そのまま今度は本殿に戻り、翠さんの読経を聞いた。なんと良い声なのだろう。心の隅々まで響くような声で……聞き惚れてしまう。
「兄さん、おはよう!」
「流……読経の途中だよ」
「もう終わったところだろう? 朝飯出来たぜ。おっ瑞樹くんも一緒か。アイツとオチビちゃんも起こしておいで」
「分かりました!」
流さんの方は濃紺の作務衣姿だった。厨房男子といった雰囲気でカッコいいな。やっぱり料理が出来る男性って素敵だ。でも僕の宗吾さんはもっと素敵だ。(朝から惚気てしまう僕は、相当宗吾さんにやられているな)
宗吾さんを呼びに離れの長い廊下を歩いていると、一番奥の部屋の扉から水蒸気が漏れているのに気が付いた。
まっまさか火事!?
焦って駆け寄ってみると、扉の向こうは驚いたことに立派な風呂場になっていた。
へぇ……こんな所にも風呂場があるのか。中から人の話し声がするのでそっと覗いてみると、白い湯気の中にうっすら人肌が見えた。
わ……もしかしてさっきの男性たちなのかな? そっと覗き見していると、突然声をかけられて驚いてしまった。
「おーい、瑞樹、覗き見はよくないぞ!」
「そうだよーおにいちゃんも早くスッポンポンになっておいでよー」
「え? 」
目を凝らしてみると、宗吾さんと芽生くんが、ちゃっかり湯舟につかっていた。二人とも気持ち良さそうに鼻歌なんて歌っている。わわ……こういう大胆な所は親子そっくりだ。
「かっ勝手に入っていいのですか」
「こんな所に風呂があるなんてラッキーだな。母屋の風呂借りなくてもいいわけだ」
「はぁ……」
「瑞樹も入ろう」
「え……いや朝食の準備が整ったそうなので行かないと」
「少しだけ一緒に。芽生も呼んでいるぞ」
「うんうん、おにーちゃんも一緒がいいなぁ」
うっ……弱い所をつかれた。
「ハァ……分かりました。少しだけですよ」
「やった」
って宗吾さん、僕の裸が見たいだけじゃありませんよね? 純粋な風呂ですよと念押しした方がいいのか。いや……そんなの自意識過剰か。芽生くんもいるんだし……あれこれブツブツ言いながら脱衣場で丹前と浴衣を脱ぎ、パンツも一気におろした所で、突然ガラっと扉が開いた。
「へ……?」
今度こそさっきの声の主の登場だった。
「あっわっ!!」
「えぇっ?」
長身の若い青年と黒目がちなしっとりした感じの美人な男性が、目を見開いて立っていた。
二人の視線の行方ってまさか……まっまさか!
「あぁ……うっ、すっすみません。こんな格好で」
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