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発展編
実らせたい想い 11
しおりを挟む宗吾は今お付き合いしている男性のことを、包み隠さずに丁寧に教えてくれた。
『葉山瑞樹さん』という男性が、どこに勤め、どこに住んでいるか。どんな風に宗吾と出逢ってお付き合いしだしたのか。いかに素敵な男性なのかを熱心に訴えかけるように私に伝えてきたのが、わが息子ながらいじらしくも感じた。
そして最後に彼を頼むから守ってやってくれと──
今まで我が道を……周りなんて気にせず突き進んできた息子が、今はその青年を守りたい一心で私を頼るなんて……宗吾、あなたは本当に変わったわね。
あなたは真面目で融通の利かない兄とは正反対の性格で、大学入学と同時に一人暮らしを始め、随分と気ままで派手な生活もしていたわよね。玲子さんとの結婚だって親にろくに相談もせず決め、離婚だって唐突だったわ。
そんな自分勝手だったあなたが私を頼るようになったのは、玲子さんと離婚してからだった。 正直、最初は驚いたわ。あなたが芽生を引き取ったのも意外だったし、あなたが同性を愛する道を選んだのも想定外の事実だった。
同性愛に理解を示さなかった夫はもうこの世にいない。だから『私は私』と心を決め、宗吾のためにも、孫のためにも一肌脱ぐ覚悟をしたの。
それにしても……あなたが頭を下げてまで守りたい青年のことは、私もとても気になるわ。
翌日、早速、葉山瑞樹さんの働く職場に電話をしてみた。宗吾に教えてもらった『加々美花壇』は花関連では日本のトップ企業だわ。私も華道を嗜んでいるのでよく知っていた。しかも『フラワーデザイナー』ですって? 華道の師範の私とは和と洋で世界は違えども、共通するものを感じるわね。
師範の先生方のつてを頼り、葉山さんの現在の様子を窺い知ることが出来た。
今日は突発のお客さんが入り、恵比寿に新装オープンするネイルサロンに打ち合わせに行ったそう。
ふぅん……なんだか匂うわね。そこで恵比寿の友人を介して調べると、どうやら派手なネイルサロンが商店街にオープンするらしく、30代の店長らしい女性が頻繁に出入りしているそう。容姿を聞いてピンと来たわ。おそらく、そのお店の店長が玲子さんね。
これね、宗吾が案じていたのは。
やっぱり葉山さんに手を出そうとしているのね。
しかし玲子さん、いつの間にネイリストになっていたの?
恵比寿にお店をオープンだなんて初耳だわ。
「現地に行ってみないと埒が明かないわね。あらこの住所って……ちょうど生け込みの約束をしていた和装屋さんの近くだわ」
ところが一歩遅かった。
ガラス張りの白亜の店内で青年と玲子さんが、既に対峙していた。しかも彼は帰り際に意図的にコーヒーを浴びてしまった。
(なんてことを! 玲子さんの気の強さは知っていたけれども、これはあまりにも陰湿だわ)
同じ女として彼女の行為にムッとした。まるで駄々を捏ねる癇癪を起こした子供みたい!
彼は言い返すこともなく、ぐっと我慢して、荷物をまとめガラス張りの白い部屋から足早に出て来た。唇を噛みしめ悔しそうだったが、律儀に出口で一礼してまっすぐ歩き出した。
慌てて後を追うと、角を曲がった所の外壁にもたれて、ぼんやりと空を見上げていた。
なんて切ない表情を浮かべているの……これは母性本能をくすぐられるわ。
彼の悔しさや切なさを思うと、胸の奥がキュッと痛くなった。
宗吾……あなたが守りたい人は、とても澄んだ心を持っているのね。青空のように澄んでいるわ。私も思わず見惚れ……彼のことを応援したくなっていた。
それにしても手入れの行き届いたスーツに広がるコーヒーのシミが、まるで立ちこめる暗雲のようで不吉だわ。
だから早く取り除いてあげたい。心にシミを作る前に……
そんな一心で、私は彼に思わず話しかけていた。でもすぐには宗吾の母とは名乗らず様子を見守った。
暫くやりとりを重ねてみた。彼は謙虚で人当たりのよい性質を持っていて、実に可愛らしい青年だった。顔も上品で優しげで、一歩控えめなところもあって……しかしちゃんと芯の通った様子で、惚れ惚れしたわ。しかも和花にも詳しくて知識もセンスも抜群だわ。
宗吾にはもったいない程の好青年じゃない!
彼が男性だとかそういう問題は一気に飛び越えてしまったわ。 私が生け込みをした花への感想もとても心躍るものでうっとりしたわ。
「まぁ素敵な優しい感想だわ、ありがとう『葉山瑞樹さん』」
突然フルネームを呼ばれて、彼は訳が分からないような表情を浮かべた。
ふふっ何だか驚いた顔も可愛いのね。放っておけないタイプ。これじゃ宗吾も夢中になるはずね。
「え……何故名前を? あの……僕、もう名乗りましたか」
「……あなたで良かったわ」
自然とそのセリフが飛び出てきた。
その言葉に彼ははっとした表情を浮かべた。
「あの……なんで僕の名を?」
「フラワーデザイナーの葉山瑞樹さんでしょう?」
「……あなたは一体?」
目を丸く見開いて、ぽかんとする様子に少し罪悪感が募ってきたわ。流石にそろそろ名乗らないとね。
「私は滝沢宗吾の母です。つまり芽生の祖母よ」
ウインクしながら伝えると、彼は拍子抜けしたような表情で、へたりとしゃがみ込んでしまった。
「あぁ大丈夫?ごめんなさいね。驚かせるつもりはなかったのよ。あなたを見守って欲しいと宗吾から頼まれて、見守っていたのよ」
「え……では……もしかしてさっきのお店でのことも?」
「ごめんなさいね。玲子さんは気が強いから、素直に負けを認められないのね。だから行動がエスカレートしてしまったのね」
「大丈夫です……お相手のお気持ちも察しているので」
「でも、あなただって傷ついたはずよ」
そう伝えると、彼は困ったようにあやふやな笑顔を浮かべた。
「この位大丈夫です。少し我慢すればいいだけですから」
その言葉の真意を掴みたいと思った。
彼は今までの人生で、事情は違えどもこういうパターンを何度か経験していたのね。だからあんな冷静な対応を……でもそれはとても寂しいことだわ。
「理不尽な思いを呑み込むのは大変よ。我慢ばかりしなくていいのよ。泣きたい時には泣いてもいいのよ」
「あ……それ……宗吾さんも同じ事を」
「そうなの?」
「はい、いつも励ましてもらっています。あの……すいません。僕の様子をわざわざ見にいらしてくださったのですか」
「そうね、このお店に用事があったのも確かだし、私があなたに会いたかったの。さっきも言った通り、宗吾の相手があなたで嬉しいわ。宗吾のことを好きになってくれてありがとう」
心を込めて告げると、彼の澄んだ瞳に、涙がじわっと浮かんだ。
「僕……なんかで……すみません」
「違うわ。あなたで良かったの」
「うっ……」
彼の涙は、透明で澄んでいる。
こんなにも純真無垢な青年がいるなんて。
話せば話すほど、好感が持てるわ!
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