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発展編

実らせたい想い 5

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「あっママ? わぁ……本当にママだぁ」
「芽生……元気だった?」
「ママぁ」
 
 無邪気に私に向かって手を伸ばしてくる息子を、ギュッと抱きしめた。

  久しぶりに嗅ぐ息子の香り。急に背も伸びて言葉もしっかりして、 元気そうな姿にほっとしたわ。

「芽生いい子だった?」
「うん」
「寂しくなかった? ママがいなくても」

 宗吾さんと喧嘩別れした勢いで、芽生を置いて飛び出した私だったけれども、最近少し恋しかったのは事実よ。芽生もママが恋しかったでしょう。ねっそうよね。

「さいしょはさみしかったよ~でも今はたのしいよ」

 なのに……息子の返事は期待外れだった。

「えっ……なんで楽しいの? パパは相変わらずお仕事ばかりでつまらないでしょう。それに変な男の人を連れ込まなかった?」

 芽生はキョトンとした。

「ちがうよ。パパはやさしいよ。にちようびには公園につれていってくれるし、お弁当だってすごいんだよ。タコさんウインナーも作れるようになったんだよ」

 まさか!宗吾さんがそんな家庭的なことをするなんて信じられない。育児も家事も……全部私に押し付けて仕事だと言っては休日もゴルフに行ったりしていた遊び人の男なのに。

「……そう?でも家に知らない男の人を呼んで……芽生も困っているでしょう」
「ん? それっておにいちゃんのこと?おにいちゃんはママみたいにやさしいよ。だいすき!あっそうだ。ママ、さっきおにいちゃんと話していなかった?ねぇ何を話していたの?」
「……別に。ところで芽生はそのお兄さんとダンスを踊っていたわね。一体何をしている人なの?」
「うん踊ったよ~でも……どうしてそんなことばかり聞くの?」
「あっ……その、芽生を可愛がってくれるならママお礼に行かないといけないでしょう」
「わぁ!そっかありがとう。お兄ちゃんもきっとよろこぶよ!」

 無邪気な息子には悪いけれども、聞き出す為に嘘をついた。

「おにいちゃんのお名前は何て言うの?」
「えっとね、ハヤマミズキっていうの」
「そう。どんなお仕事しているのかなぁ。あっ……この質問は芽生には難しいかな」
「知ってるもん!わかるもん! あのね、ホテルでおよめさんのお花をつくっている人だよーすごいんだよ。前におにいちゃんからお花もらったら、とってもきれいだったよ」
「ふーん、そうなんだ」

 何なの? こんなにも息子の心まで掴んで。宗吾さんだけじゃ足りないの?

 沸々と沸くこの感情は何かしら。怒り……それとも嫉妬? 私はもう宗吾さんを愛していないはずよ。あの人はバイなのに私と結婚した最低な男よ。私を隠れ蓑にしたずるい男。その男の血を受け継いだ芽生も受け入れ難かったのに……半分は私の血を受け継いでいるからなのか……捨てきれない母性がまだ残っていることを感じてしまった。

 ままならない想いの矛先は、全部、宗吾さんの新しい恋人に向いてしまう。

 だって……しょうがないでしょう。恨まないで欲しいわ。

 あなたしかいないの。

「芽生はパパとママのどっちが好き?」
「えーどっちもだよぉ」
「……じゃあママが一緒に暮らそうと言ったらどうする?」
「え……うーん、それは困ったなぁ。ボク、おにいちゃんのこと大好きなんだ」
「……」

 何よそれ!
 母親の私が、元夫の男の恋人に負けるの?

 
 ****

「葉山。どうした?今日は元気がないな」
「……大丈夫だよ」
 
 アシスタントに来てくれた管野に気づかれないように、僕は無理矢理に笑顔を作った。でもじっと見つめられて、慌てて顔を背けた。

 切れた唇の端がまだ痛い。それに思いっきり平手打ちを食らった所が薄っすらだが赤く腫れていた。女性の方が土壇場では力が出るって本当だな。兄さんにこの前殴られた時よりも痛く感じているよ。僕のことを蔑むように見たあの目のせいなのか。

「おい! 顔を背けるな。お前……頬をケガしてんな」
「大丈夫だよ。ちょっと……ぼんやりしていてドアでぶつけたんだ」
「ドア?」
「嘘つけ……手形がついているぞ」
「えっ」
「なぁ……何かあったのなら相談に乗るぞ? それ彼女にやられたとか」
「……違うよ。とにかくもう大丈夫だ。さぁ仕事に取りかかろう!」
「ちぇっ、やっぱり葉山はガードが堅いよな。私生活がベールに包まれているって評判だぞ。可愛い顔して、女子の心を掻っ攫っている癖に」
「そんな……」
「まぁいいや。でもちょっと待てよ。ほらこれで冷やしておけ。裏方だからいいが、そんな顔でホテルをうろうろするのはまずいぜ」
「ごめん」

  菅野がハンカチに保冷剤を包み、頬にあててくれた。それはひんやりと気持ちよく、ザワついていた心が少し落ち着いた。
 
「ありがとう」
「葉山、あんまりひとりで抱えすぎるなよ」

 ポンっと肩を叩かれた。菅野はいつもふざけてばかりだけれど、肝心な時に優しい。大切な会社の同期の優しさに感謝した。 

  なんとか仕事はこなし、疲れた躰を引きずるように自宅に戻った。休日出勤したので明日は休みでよかった。少しゆっくり眠りたい。

 日中起きたことを整理しないと……でも、どうしたらいいのか、分からない。

 もう寝ようと思ったら、電話が鳴った。

  宗吾さんだ。

 平常通り話せるか。ニューヨークで働いている宗吾さんに今は余計な心配をかけたくない。

「もしもし……」
「瑞樹、おはよう。おっと……そっちは夜だよな。まだ起きていたのか」
「……はい」
「今日はありがとうな。運動会に行ってくれたのだろう?」
「はい、ちゃんとダンスには間に合いましたよ」
「芽生も喜んだだろう。大好きな瑞樹が来てくれて」
「はい」

 そこで少し間が空いた。

「瑞樹? どうした?今日は元気がないようだが」
「あっすいません。今日はホテルの生け込みが2件もあったせいか、少し疲れて……」
「そうか。ならいいが……今日はゆっくり休むんだよ。俺の帰国も決まったよ。今週の土曜日の朝便で帰るよ、瑞樹の元に……」

 もうすぐ帰って来る。
 その言葉が今の僕の支えになる。

「宗吾さん……」
「どうした? 甘えた声が可愛いな」
「うっ……」

 駄目だ。これ以上話したら泣いてしまう。

「帰国が待ち遠しいです」
「ありがとう、俺もだよ。そうだ瑞樹、電話越しのキスってやってみたかったんだが……駄目かな?強請ったら……」
「え……」

 宗吾さんは温かく素直な愛を、惜しみなく僕に注いでくれる。
 今日のことは宗吾さんは少しも悪くない。ただ僕の存在が悪いだけだ。

「宗吾さん……あなたが好きです」

 そっと受話器に静かな口づけをした。
 小さなリップ音だったが、ちゃんと届いただろうか。

「ありがとう、瑞樹。元気が出たよ。今日も頑張れそうだ」
「良かった。僕もいい夢を見られそうです」
  
 ぐっと愛を込める。
 どうかこの愛を続けられますように。

 密かに願うことしか、今の僕には出来なかった。

 嵐の前の静けさなのか。
 今はこの静寂が、ただ……怖かった。







****

切ない展開申し訳ありません。瑞樹のことは必ず幸せにします!
乗り越えないといけない試練だと思って、お付き合いくださると嬉しいです。リアクションもいつもありがとうございます。「切ない」を沢山昨日はいただけて、その通りなので、ありがたいと思いました(〃▽〃)励みになっております!
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