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発展編
実らせたい想い 4
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「一体あなた何なの? 何でうちの子と一緒に踊っていたの?」
「えっ……」
一瞬固まってしまった。
この女性は、まさか……もしかして芽生くんのお母さんなのか。
三十代前半の都会的な女性が立っていた。明るい髪色のロングヘアが風になびいてるのが印象的だった。
「はぁ全く信じられないわ。別れた相手の母にどうしてもって言われたから、わざわざ来たのに。宗吾さんってば……ちゃっかり新しい恋人を手配済みだったってこと?私だってダンスに間に合うようにしたのに」
じろりと値踏みされるように全身をチェックされ、心臓が止まりそうになった。
そうだったのか……そんなやりとりがあったとは知らずに、僕は出しゃばってしまった。
「……申し訳ありませんでした。僕が余計なことを……」
「ふーん、あなた……普通に女の子にモテそうな清楚な顔してゲイなんだ。信じられないわ。宗吾さんといい、あなたといい……気持ち悪いっ最低ねっ」
「……」
どこまでが本音で、どこまでが偽りの言葉なのか分からない。
仮にも芽生くんをこの世に産み出した人なのだから……迂闊なことは言えない。そのままじっと押し黙っていると、女性は更にイライラとした声をあげた。
「ねぇ黙っていないで何とか言ったらどうなの?私を馬鹿にしているの?」
「そんなつもりでは……」
「何よっその目!イラつくわ」
「僕のことは何とでも……構いません。でも今は運動会の真っ最中で、芽生くんもすぐ傍にいます。だからどうか僕よりも息子さんの傍に……まだ小さなお子さんです。お母さんが恋しい年なのだから」
「何よ!生意気な男ねっ。分かったように言わないでよ!」
ピシッ──
頬を思いっきり叩かれてしまった。無防備だったせいで、強烈な平手打ちを食らうことになり、耳の奥までジンジンする。
「あっ!おにいちゃん~まだいたの?あれ?」
「あっ」
その時、狭い通路の向こう側から小さな足音が聞こえた。
まずい……芽生くんだ。芽生くんだけは、こんな……みっともない姿を見せたくない。僕の姿も芽生くんのお母さんの姿も……どちらもだ。
「……もう失礼します」
「全く芽生にとって、よくない環境だわ」
「……」
逃げるように、僕は幼稚園を飛び出してしまった。
どうして宗吾さんが離婚することになったのか。その理由は薄々気がついていたが実際に我が身に降りかかると、想像以上に堪えるものだな。
乾いた笑みが零れ落ちていく。
参ったな……どうしたらいいのか分からない。
先ほどまでの楽しさは影を潜め、今はどこまでも暗く閉ざされた気持ちになっていた。
とにかく宗吾さんが日本にいない今、余計な心配をかけたくない。それに芽生くんにとって、あの人は唯一の生母なのだ。宗吾さんとの関係とは別に考えないといけない。
まだ頬がヒリヒリと痛んでいた。
電車の中でじろじろと周りの人に見られたので、手で拭うと血が滲んでいた。唇の端が衝撃で切れていたのか……暗いため息が漏れる。
「うっ……」
酷く悲しい気持ちになってしまった。しかし同時にこれが現実だと、僕はどこか冷めた感覚を抱いていた。
これは函館にいた時と似ている。僕という存在が誰かに憎まれるためにあると常に感じていたあの頃と。
しっかりしろ……瑞樹。
これから仕事だろう。
ホテルに駆け込んで……化粧室で鏡をじっと見つめた。
どこをどう見ても僕は男だ。それを恥じたりしたことはない。
ただ……僕の躰は何度も何度も……同性の男に抱かれた経験がある。
それは……普通じゃない?気持ち悪いこと?
さっき言われた言葉は重石になってのしかかって来る。
ただ好きになった相手が……男だった。
芽生くん……あんなに懐いてくれているのにごめん。
僕の存在、このままでいいのか正直揺らいでしまうよ。
僕のせいで芽生くんとお母さんとの仲が悪くなってしまうことは、望んでいない。
それはもしかしたら僕が早くに母を亡くしているから、余計にそう思うのかもしれないが……先ほど僕に怒りをぶつけてきた女性の中に、微かだが確かな芽生くんへの母性を感じてしまった。
(宗吾さん……宗吾さん助けて……僕はどうしたらいいのか分からなくて苦しい……)
縋るように天を仰いだ。
この空は宗吾さんのいるニューヨークに繋がっている。
そう思うと宗吾さんが恋しくて恋しくて……
「えっ……」
一瞬固まってしまった。
この女性は、まさか……もしかして芽生くんのお母さんなのか。
三十代前半の都会的な女性が立っていた。明るい髪色のロングヘアが風になびいてるのが印象的だった。
「はぁ全く信じられないわ。別れた相手の母にどうしてもって言われたから、わざわざ来たのに。宗吾さんってば……ちゃっかり新しい恋人を手配済みだったってこと?私だってダンスに間に合うようにしたのに」
じろりと値踏みされるように全身をチェックされ、心臓が止まりそうになった。
そうだったのか……そんなやりとりがあったとは知らずに、僕は出しゃばってしまった。
「……申し訳ありませんでした。僕が余計なことを……」
「ふーん、あなた……普通に女の子にモテそうな清楚な顔してゲイなんだ。信じられないわ。宗吾さんといい、あなたといい……気持ち悪いっ最低ねっ」
「……」
どこまでが本音で、どこまでが偽りの言葉なのか分からない。
仮にも芽生くんをこの世に産み出した人なのだから……迂闊なことは言えない。そのままじっと押し黙っていると、女性は更にイライラとした声をあげた。
「ねぇ黙っていないで何とか言ったらどうなの?私を馬鹿にしているの?」
「そんなつもりでは……」
「何よっその目!イラつくわ」
「僕のことは何とでも……構いません。でも今は運動会の真っ最中で、芽生くんもすぐ傍にいます。だからどうか僕よりも息子さんの傍に……まだ小さなお子さんです。お母さんが恋しい年なのだから」
「何よ!生意気な男ねっ。分かったように言わないでよ!」
ピシッ──
頬を思いっきり叩かれてしまった。無防備だったせいで、強烈な平手打ちを食らうことになり、耳の奥までジンジンする。
「あっ!おにいちゃん~まだいたの?あれ?」
「あっ」
その時、狭い通路の向こう側から小さな足音が聞こえた。
まずい……芽生くんだ。芽生くんだけは、こんな……みっともない姿を見せたくない。僕の姿も芽生くんのお母さんの姿も……どちらもだ。
「……もう失礼します」
「全く芽生にとって、よくない環境だわ」
「……」
逃げるように、僕は幼稚園を飛び出してしまった。
どうして宗吾さんが離婚することになったのか。その理由は薄々気がついていたが実際に我が身に降りかかると、想像以上に堪えるものだな。
乾いた笑みが零れ落ちていく。
参ったな……どうしたらいいのか分からない。
先ほどまでの楽しさは影を潜め、今はどこまでも暗く閉ざされた気持ちになっていた。
とにかく宗吾さんが日本にいない今、余計な心配をかけたくない。それに芽生くんにとって、あの人は唯一の生母なのだ。宗吾さんとの関係とは別に考えないといけない。
まだ頬がヒリヒリと痛んでいた。
電車の中でじろじろと周りの人に見られたので、手で拭うと血が滲んでいた。唇の端が衝撃で切れていたのか……暗いため息が漏れる。
「うっ……」
酷く悲しい気持ちになってしまった。しかし同時にこれが現実だと、僕はどこか冷めた感覚を抱いていた。
これは函館にいた時と似ている。僕という存在が誰かに憎まれるためにあると常に感じていたあの頃と。
しっかりしろ……瑞樹。
これから仕事だろう。
ホテルに駆け込んで……化粧室で鏡をじっと見つめた。
どこをどう見ても僕は男だ。それを恥じたりしたことはない。
ただ……僕の躰は何度も何度も……同性の男に抱かれた経験がある。
それは……普通じゃない?気持ち悪いこと?
さっき言われた言葉は重石になってのしかかって来る。
ただ好きになった相手が……男だった。
芽生くん……あんなに懐いてくれているのにごめん。
僕の存在、このままでいいのか正直揺らいでしまうよ。
僕のせいで芽生くんとお母さんとの仲が悪くなってしまうことは、望んでいない。
それはもしかしたら僕が早くに母を亡くしているから、余計にそう思うのかもしれないが……先ほど僕に怒りをぶつけてきた女性の中に、微かだが確かな芽生くんへの母性を感じてしまった。
(宗吾さん……宗吾さん助けて……僕はどうしたらいいのか分からなくて苦しい……)
縋るように天を仰いだ。
この空は宗吾さんのいるニューヨークに繋がっている。
そう思うと宗吾さんが恋しくて恋しくて……
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