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発展編

Let's go to the beach 9

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 案内されたサンシェードは浜辺で一番大きいといっても過言でないサイズだった。確かにここなら、ゆっくり瑞樹も休めそうだな。

 どうやらシェードの中には既に人がいるようで、先頭を切ってくれた男性が伺いを立て、それから俺たちを中へ促した。

「さぁどうぞ」

「翠兄さん、この人を看てもらってもいいですか」

 中にいる人は『翠』という名で、その男性のお兄さんのようだ。促されると瑞樹がふらふらと吸い込まれるように、俺から離れてシェードの中に入っていってしまった。

「おっおい待て。瑞樹」

 なんだか心配なような……でも大丈夫な気もして……モヤモヤとした気持ちに陥ってしまった。俺もやっぱり瑞樹を預けるのなら相手を確かめておこうと、中を覗き込むと……美しい顔立ちの楚々とした男性が静かな佇まいで座っていた。

 へぇ俺よりも歳上だろうが……醸し出す清廉とした雰囲気が真夏の暑さを忘れる程だった。これはただ者じゃないな。人柄を疑うとか……そういうのとは無縁な仏のような人物だった。

 瑞樹も心を許したのか……涙を零しながら、自分の状況を彼に必死に伝え出した。

「う……すいません……僕……さっきから胸がバクバクして涙が止まらないんです」

 その様子が本当に切なくて、君のことを支える手につい力が籠ってしまう。

「瑞樹、大丈夫か」
「おにいちゃん、またどっかいたむの?」

 芽生の方も自分が迷子になって泣いたことなんて忘れ、オロオロと瑞樹のことを見つめていた。

 自己紹介によると中にいる男性は北鎌倉にはる月影寺という寺の住職で、俺たちをここに連れてきてくれた背の高い男性は外科医だそうだ。初対面でどこまで信じていいのか分からないが、すべて信じようと思った。

 それに瑞樹の背中の日焼けが痛々しいので、早く医者に見せたいと願っていたので助かった。

 暫くすると……俺と芽生はシェードの外に待つように言われてしまった。俺はずっと瑞樹に付き添いたかったのに叶わないのが、もどかしい。でもあんなに狼狽している瑞樹のことを救ってくれるのなら、もう藁にもすがりたい気持ちだった。

 シェードの前で戸惑ったまま立ち尽くしていると、瑞樹と同じ水着の青年が近寄って来た。

「あの……俺は洋と言います。俺が不器用なせいで、瑞樹さんの背中にちゃんと塗れなかったせいで……あんな火傷のような日焼けをしてしまいました。も申し訳ありません」

 心底申し訳なさそうに謝ってくる。

「いや、気にするな。君のせいじゃないよ。俺も最初から気付いていたのに塗り直してやれなくて……俺のせいでもあるのさ」
「そんな……」
「それより瑞樹は大丈夫だろうか、その……中の人に任せて……」

 つい疑っているわけではないが聞いてしまう。すると洋という青年は優しく微笑んだ。

「翠さんなら大丈夫です。あの人は……あらゆる痛みを知っている人だから」
「あらゆる傷みってなんだ?瑞樹は何に苦しんで、あんなに泣いているんだよ!」

 思わずもどかしい気持ちを彼にぶつけてしまった。すると彼は目を見開いて驚いていたが、そのあと納得したように頷いた。

「あなたは……彼の恋人なんですね」
「なっなんで、それを」
「見ていて聞いていれば察します。でも大丈夫です。俺も同じだから……」
「え……どういう意味だ?それ」
「言葉通りです。今……瑞樹さんと話をしている翠さんは俺の義兄です。義兄は住職ですが、人生において別れも出逢いも再会も、全てのことを経験している人です。だから瑞樹さんの苦しみをしっかり受け止めることが出来ると思います」
「……瑞樹の苦しみか」

 その時になって、俺はまだまだ瑞樹のことを知らないと痛感した。

 函館から大学進学と共に東京にやってきたこと。大学時代から付き合ってきた彼と五月に別れたこと。それから弟の想いのブラコン気味の兄がいること。たまに電話をかけてくる優しいお母さんがいること。

 それ以上のことは、まだ知らない。

「彼はもしかしたらあなたに言えないことがあるのかもしれません。それはあなたに言いにくいと思っていること。隠したいことなのかもしれません。生意気な言い方をしてすみまさん。でも……俺にもそういう時期があったから分かるんです。何事も手遅れにならないように、あなたからも歩み寄ってあげてください。彼が素直に言えるようにどうか促してあげて欲しい……」

 洋と呼ばれる青年の言葉は重たかった。まるでそのすべてを彼が経験したかのような苦しみと重みを含んだメッセージだった。

 瑞樹……瑞樹。

 君はどんな過去を背負っているのか。
 今もなお君を苦しめているものがあるのなら、俺に降ろせ。俺に託せ。

 ひとりで苦しむなよ。
 お願いだ!








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