上 下
75 / 1,730
発展編

Let's go to the beach 5

しおりを挟む
 何というか……まるで艶やかな花のような人だ。

 あぁ……まずい、僕は初対面の人をじろじろ見過ぎだ。男性に対して花のようだとか失礼だったかな。でもとにかく目が離せなくなる程の美貌だった。

「すいませんっ……」

 慌てて不躾な視線を送ったことを詫びると、彼はそんなことは気にしていないようで、気さくに「水着が同じだね」と話しかけてくれたのでホッとした。でもこんな綺麗な人と同じものを着ているなんて照れくさい。

「あ……これは頂きもので」
「あぁ俺もですよ」

 わぁ……そうなんだ。やっぱり彼女と選んだのかな。こんな美形の青年のことだから彼女もすごい美人だろうな……などと、あれこれ考えているうちに会話が途切れてしまったので、僕はロッカーに脱いだTシャツを入れ、日焼け用のローションを黙々と塗り始めた。

 日焼けに慣れていない肌だから、何も塗らないのは危険だろう。このローションは『肌に負担なく手早く小麦色に焼ける』と書いてあったので楽しみだ。きっと菅野みたいにこんがり焼けるはず。小麦色の肌になった自分を想像すると、不思議な気分だった。

 あれ?背中に痛い程の視線を感じるが、何だろう?

 振り返るとさっきの青年がじっと僕を見ていた。

「あの……僕に何か」
「あぁすいません。それって何を塗っているのですか」
「あぁこれですか。実は日焼けしてみたくて。綺麗に日焼け出来るローションを買ってみたんですよ」
「へぇそんなのがあるんですね。いいな……」

 憧れのこもった熱い視線を浴びた。もしかして日焼けに興味があるのかな……彼の肌も僕と同じく真っ白なままだった。

「よかったらコレ使います?」
「えっいいんですか」
「えぇ、僕は海には滅多に来ないし、使いきれないから、どうぞ!」

 彼は研ぎ澄まされた美貌なのに、微笑むとあどけない幼さがあった。そんな所が可愛らしくて初対面なのにもっと話してみたいと思った。もしかして僕に通じるものを持っているのかな……不思議だ、見ず知らずの他人に、こんな気分になるなんて。

「実は俺も日焼けしてみたいと思って」
「あぁ分かります。やっぱり男なら憧れますよね。小麦色の肌って逞しく見えるし!」
「ですよね!」

 綺麗で華奢な躰つきの青年には、白い肌のままが似合うと思ったけれども、日焼けに憧れる気持ちは僕にも痛い程よく分かる。だからすっかり意気投合してしまった。

「どうぞ使ってください」
「ありがとう!ではお借りしますね」

 彼は着ていたTシャツを豪快に脱ぎ捨て、ローションを上半身や足、腕、顔に塗り出した。

「あれ……あっ零れちゃった。あれ?足りない……」

 んん?外見はとても繊細そうなのに、ローションの塗り方が雑過ぎだろう。背中……全然塗れてないし……僕が手伝った方がいいのかな。あんなにムラに塗ったら、まだらに焼けてしまうのに……あぁもう、心配で目が離せない。

「あの……よかったら背中に塗りましょうか」
「えっいいんですか……助かります!」

 彼のことを何故か放って置けなくてお節介kaと思ったが提案すると喜ばれたので、ほっとした。

 うわっ顔も美しい上に、きめ細やかな絹肌で背中の曲線もとても綺麗だ。

 例えると百合の花……いや、純白のオーニソガラムに近いかな。つい人を草花に当てはめてしまうのは僕の職業柄の癖だ。

 背中にまんべんなく塗ってあげると、心から喜ばれた。

「どうでしょう?塗り残したところはないと思うのですが」
「ありがとうございます!俺もあなたの背中に塗ってあげますよ」
「えっでも」
「自分じゃ無理だから、遠慮しないてください」
「……すいません」
 
 今度は彼が僕の背中に塗ってくれるそうだ。有難くお願いしたけど一抹の不安が。なんというかさっきから手つきが危なっかしい。ローションを少しずつ伸ばすから途中で足りなくなるし、足しすぎて背中からドロっと床に落ちていく。うわわ……不安だ。もしかして失礼だけれども、顔に似合わず超不器用なのかな。

 そんなことをしていると突然ロッカーの入り口から男性の険しい声がした。

「洋、一体何をしている?遅いぞ」
「あっ丈……何って、その……」

 彼はいたずらが見つかった子供みたいにビクッとした。会話からどうやら親しい連れのようだ。
 
「ありがとうございます。もう僕の方は大丈夫ですから行ってください」
「すいません。ローション貸してくださってありがとうございます」
「いえいえ、上手く焼けるといいですね」
「お互いに!」

 何だかもっと話してみたくて、後ろ髪を引かれる思いだった。

 迎えに来た男性と並ぶ彼の様子を見ると、お似合いだなと自然に思ってしまった。って……もしかしてそういう関係とか。僕って考えが飛躍しすぎかな。でも彼が僕と同じ立場だったら、ますますいい友人になれそうだ。

「瑞樹どうした?百面相してるぞ」
「あっ宗吾さん、すいません」
「おにーちゃん~おそいから、パパがすごく心配していたんだよ。おむかえにきたよー」
「そうだぞ。あんまり遅いから焦った。何かあったらどうするんだ。あまり一人になるな」
「すいません。ここでとても綺麗な人に会って、少し話していたんですよ」
「え……綺麗な人?」

 心の赴くままに答えたら、宗吾さんがそのまま固まってしまった。そこでやっと自分の発言の生む誤解に気が付いた。

「あっ違うんです!綺麗な人って男性です」
「綺麗な男性?うーん、俺には瑞樹が一番キレイだよ。さぁ早く行こう。それにしてもその姿……ラッシュガード着せたくなるな。せめてさっきのTシャツを……」
「クスッ大丈夫ですよ。宗吾さんが傍にいるんだから」
 
 男なのにそういう心配をされるのは不本意だけど、前科があるから素直に受け入れた。それに宗吾さんに心配されるのは嫌じゃない。むしろ嬉しい。

「うーん、だがなぁ一番俺が危険かもしれないぞ」
「何言って……」

 宗吾さんが甘い言葉と共に、僕の背中に手を回してきた。その手の平の熱に僕の方だってドキっとする。だって宗吾さんもTシャツを脱いでいたから、筋肉の盛り上がった逞しい上半身が近すぎて……

「あれ?瑞樹の背中ベトベトだ。もしかして何か塗った?」
「あ……日焼け用のローションをちょっと」
「えっ日焼けしたかったの?」

 宗吾さんは意外そうな顔をしていた。

「はい……僕だって少しは逞しくなりたいと……」
「へぇ逞しい瑞樹か……」
 
 あっ……嫌がられるかな。不安が過ってしまった。日焼けはきっと……宗吾さんの好みじゃない。

「うん、それも悪くないな。だって俺しか見たことないだろう。そんな瑞樹の姿はさ!」

 豪快に笑う宗吾さんの笑顔が明るくて、つられて僕も笑った。

「はい。宗吾さんと一緒に日焼けしてみたいです。その……僕の初めて……だから」








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...