上 下
50 / 1,730
発展編

分かり合えること 4

しおりを挟む
「瑞樹さぁ……やっぱり俺に何か隠してないか」

 風呂上がりの兄さんに真顔で聞かれて動揺してしまった。やっぱりさっきの一馬の捨てられなかった私物がまずかったのか。

 隠していることなら山ほどあるよ。でもどれも話せない。兄さんを悲しませたり驚かせることばかりだから。僕がひとりで抱えれば済むことなんだ。ごめん……

「……兄さん」

「あーもうそんな顔するな。瑞樹のその顔に俺は弱い。もういいよ。無理に話せって言ってもお前は絶対に話さないだろう。その代わり……そうだ!やっぱり今日は昔みたいに一緒に寝るか。お前のベッド借りるぞ。あれセミダブル?何だか贅沢だなぁ」

「え?あっ……うん」

 兄さんは、僕のベッドにあっという間に潜り込んでしまった。

 僕が兄さんの家に引き取られた当初は、毎晩のように悲惨な交通事故現場を思い出す悪夢にうなされて叫んでしまった。そんな時いつも一緒の布団で眠ってくれたんだ。

(瑞樹、大丈夫……怖くない……お前はもう一人じゃない)

 その言葉にどんなに励まされたことか。逞しくて暖かい優しい兄と慈悲深い母に恵まれなかったら、僕は人を妬み恨んで生きていたかもしれない。もしくは人生を捨てていたかも……

 函館で引き取られた家は、花屋を営んでいた。

 僕は最初は……交通事故で一度に家族を亡くしたショックで、小学校に行けなかった。

(瑞樹、一緒にお店番してみない?この花屋はね、広樹や潤のお父さんが遺してくれた大事なお店なのよ)
(花屋を?)
(そうよ。さぁいらっしゃい。きっとあなたの心も休めてくれるわ)

 それからは学校にも行かず店の片隅で、やってくるお客さんの様子をぼんやりと眺める日々が続いた。

(花屋さんなんて興味なかったけど、面白いなぁ……)

 自分の家庭を彩るために……誰かを励ますために、祝うために、見舞うために……時に悼むために……目的を持って、人は花を買う。

 そうか……人は……誰かのために何かをしたくなる生き物なんだな。
 花を買い求める行為には、それが目に見えてよく見える。

 なんだか心が和むよ。僕がこの家に引き取られたのも、そういう気持ちからだったのかな。ならば僕も少しでもこの新しい家と新しい家族のために何か出来るといいな。だからいつか僕も手伝えるように……

 広樹兄さんや母さんに花の事を沢山学んだ。でもその夢は潤からの嫌がらせによって『早くここを出たい、東京に行きたい』という夢にすり替わってしまった。

 ただ……それでも花に携わっていきたいという夢だけは枯らさなかった。それが縁あって花屋に引き取られて花と共に成長してきた僕の……せめてもの想いだった。

「瑞樹……まだ寝ないのかぁ。早く来いよ」

 兄さんに手首を掴まれてドキっとした。逞しい腕に掴まれれば……嫌でも一馬とこのベッドでしたことを思い出してしまう。

(瑞樹……好きだ。アイシテル……アイシテル)

 一晩中……愛の言葉が降ってきた日もあった。

「兄さん……ごめん」

「何を謝る?」

「……ごめんなさい」

「理由も言わずにひたすらに謝るのは……奨学金と推薦をもらって東京に出たいと話した時と一緒だな」

「……うん」

「……お前さ………潤と何かあったのか」

 突然聞かれて驚いた。兄さんや母さんは絶対に気が付いてないと思ったから。だが簡単に答えられる内容ではなかった。僕が受けた仕打ちは……

「……」

「まぁ……言いたくないか。いや、言えないよな……あいつも何も言わない。だけどそのせいで家に居づらくなったのなら悪かった。だからどこでもいい。ここでいい。瑞樹が幸せで笑っていてくれたら、それでいいんだ。多少のことは驚かないから話してみろ」

「……兄さん」

 とうとう我慢できなくて、泣いてしまった。
 兄さんの前でポロポロと泣いてしまった。

「よしよし……瑞樹……やっと泣いたな。お前は頑固だから滅多に泣かないのに……よっぽど溜まっていたんだな」

「うっ……うう」

 兄さんが優しく背中を擦ってくれる。

「お前はもう東京にずっといるんだろ?ここで……俺の代わりに誰かお前を支えてくれる人がいればいいのにな。いつも傍にいてやれなくて……ごめんな」

「兄さん……」

 頭の中で……滝沢さんのことを思い出していた。どうして滝沢さんの前だと僕は最初からすべてをさらけ出して泣けたのだろう。

 滝沢さんの前だと素直になれる。
 素直に笑って泣いて喜怒哀楽がしっかり出来る。

 なんだか今すぐ瀧沢さんに会いたくなってしまった。
 そして兄さんにも滝沢さんのことを知って欲しいとも思った。

 え……なんで……こんな気持ちに?
 一馬のことは絶対に話せないと思ったのに、どうしてだろう?

 どうして滝沢さんだと……こうも違うのか。




****

今日で50話達成しました!いつも読んでくださってありがとうございます。
いつもリアクションを贈ってくださり感謝しています。更新の糧♡になっています。
ここ数日……瑞樹の過去に触れているので、シリアスが続いてすいません。
これも全て……この後の滝沢さんとのラブラブにつながるエッセンスです。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...