31 / 1,730
発展編
想い寄せ合って 8
しおりを挟む
遊園地でソフトクリームを食べた後、そのまま帰路に就いた。まだ四歳児の芽生くんは遊び疲れたようで、帰りの電車の中で揺られ出すとすぐに滝沢さんにもたれて転寝をしてしまった。
「可愛い……」
芽生くんのあどけない寝顔を見ていると、僕もかなり救われる気持ちになるよ。
楽しい一日だった。
幸せな一日だった。
一馬と別れてから……どうやって休みの日を過ごせばいいのか分からなくて戸惑っていたのが事実だから。
ひとりで暮らすには広すぎる部屋は時に残酷で、長い月日を共にした相手がまだそこにいるような錯覚に陥っては自己嫌悪に塗れていた。洗濯物も茶碗も全部もうアイツの分はいらない。むなしく残った二人分の食器やリネン類を早く処分しようと思うのに、なかなか進まない。
あいつとの別れを受け入れたのは僕だ。僕の手で送り出したのに……未練がましいとも、やっぱり寂しいとも思うなんて……煮え切れない思いに雁字搦めになっている。
僕を捨てた一馬に対して……あの頃と同じ量の愛情はもうないのに……でも確かに感じるのは『情』が残っているということ。
こんな厄介で中途半端な気持ちを抱いたまま滝沢さんと付き合うなんて申し訳ないと思っていたのに……観覧車の中で、まるで恋人同士のように熱の籠ったキスをしてしまうなんて、自分でも驚いた。
滝沢さんとのキス……すごく良かった。
しっくり馴染んで気持ち良かった。
それにさっき唇についたソフトクリームを指先で拭われた時、ぞくっとした。いい意味で過敏に僕の身体が反応していることに気づき恥ずかしかった。さらにあんな熱い視線で見つめられたら……はぁ節操ないよな。まだ一馬と別れて数週間しか経っていないのに。
滝沢さんに見つめられるのが嬉して思わず感じそうになってしまったなんて、恥ずかしくて絶対に知られたくない。でも確実には僕の心は彼に靡いていることは素直に認めよう。
「芽生くん、ぐっすり眠ってしまいましたね」
「あぁ、遊び疲れたんだな。今日は瑞樹が一緒だったからハイテンションだったしな」
「もう駅に着くのにどうしよう」
「よし!おんぶするから手伝ってくれ」
「はい」
滝沢さんの広い背中に、芽生くんは軽々とおんぶされた。
ふぅん……背も高いし、体格も男らしいんだなと彼の背中を改めてじっと見つめてしまう。
「何?」
「あっあの……滝沢さんって背が高いですね」
「うん?185cm以上はあるかな」
「すごい」
「嬉しいな」
「何がですか」
「瑞樹が俺にどんどん関心を持ってくれている。それで瑞樹は170はあるのか」
「うっ……なんだか癪だな。僕だってこれでも175cmはあります」
「へぇ思ったよりあるんだな。華奢でほっそりしているせいかな。すらっと可憐に見える」
「可憐って?僕は男なのに」
「気に障った?」
「いえ……」
滝沢さんにそう言われるのは嫌ではない。むしろ嬉しいような……
一馬との身長差は5cm程度だったので、滝沢さんのことを見上げる角度はいつもよりもっと上だ。そのことも新鮮で、新しい恋の一歩を踏み出しはじめたことを実感していた。
駅からの道すがら滝沢さんは芽生くんをおんぶして、僕がその横に並んで歩いた。気が付けばもう夕暮れで、橙色のほわっと霞みがかった夕日を浴びる僕たちは幸せ色に包まれている。
それにしても楽しい時は一瞬にして過ぎてしまうものなんだな。そういえば一馬の別れる数カ月前から、いつも別れの日が来るのを怯え、休日を休日らしく楽しく過ごせていなかったから余計にそう思うのかもしれないな。
とにかく今日はドキドキの連続だった。
「瑞樹、今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ」
「それは僕のセリフです」
「このまま家においでと誘いたいが、今日は芽生が寝ちゃったな」
「大丈夫ですよ」
「ひとりで帰れるか」
「当たり前ですよ」
「そうか……ちょっと寂しいが気を付けて帰れよ」
「はい、月曜日にまた!」
滝沢さんに甘やかされている自覚はある。ひとりになった僕にはとても居心地が良い、ずっといたくなる場所になりつつあることも自覚している。
でもきちんと気持ちを整理できないまま進めないのが、僕の性分なんです。
すいません……
そう心の中でそっと謝った。
「謝らなくていい」
「え?」
まるで心の声が聞こえたかのような返事だった。
驚いて顔を上げると滝沢さんは少し切なげに笑っていた。いつも大人な印象なのに時折見せてくれるこんな素の表情にも、またぐっと心を動かされる。
「ありがとうございます。僕は……不器用な人間なんです。それでもいいですか」
「当たり前だ。ゆっくり行こうじゃないか。俺も瑞樹の歩調で世界を見渡してみたい」
「可愛い……」
芽生くんのあどけない寝顔を見ていると、僕もかなり救われる気持ちになるよ。
楽しい一日だった。
幸せな一日だった。
一馬と別れてから……どうやって休みの日を過ごせばいいのか分からなくて戸惑っていたのが事実だから。
ひとりで暮らすには広すぎる部屋は時に残酷で、長い月日を共にした相手がまだそこにいるような錯覚に陥っては自己嫌悪に塗れていた。洗濯物も茶碗も全部もうアイツの分はいらない。むなしく残った二人分の食器やリネン類を早く処分しようと思うのに、なかなか進まない。
あいつとの別れを受け入れたのは僕だ。僕の手で送り出したのに……未練がましいとも、やっぱり寂しいとも思うなんて……煮え切れない思いに雁字搦めになっている。
僕を捨てた一馬に対して……あの頃と同じ量の愛情はもうないのに……でも確かに感じるのは『情』が残っているということ。
こんな厄介で中途半端な気持ちを抱いたまま滝沢さんと付き合うなんて申し訳ないと思っていたのに……観覧車の中で、まるで恋人同士のように熱の籠ったキスをしてしまうなんて、自分でも驚いた。
滝沢さんとのキス……すごく良かった。
しっくり馴染んで気持ち良かった。
それにさっき唇についたソフトクリームを指先で拭われた時、ぞくっとした。いい意味で過敏に僕の身体が反応していることに気づき恥ずかしかった。さらにあんな熱い視線で見つめられたら……はぁ節操ないよな。まだ一馬と別れて数週間しか経っていないのに。
滝沢さんに見つめられるのが嬉して思わず感じそうになってしまったなんて、恥ずかしくて絶対に知られたくない。でも確実には僕の心は彼に靡いていることは素直に認めよう。
「芽生くん、ぐっすり眠ってしまいましたね」
「あぁ、遊び疲れたんだな。今日は瑞樹が一緒だったからハイテンションだったしな」
「もう駅に着くのにどうしよう」
「よし!おんぶするから手伝ってくれ」
「はい」
滝沢さんの広い背中に、芽生くんは軽々とおんぶされた。
ふぅん……背も高いし、体格も男らしいんだなと彼の背中を改めてじっと見つめてしまう。
「何?」
「あっあの……滝沢さんって背が高いですね」
「うん?185cm以上はあるかな」
「すごい」
「嬉しいな」
「何がですか」
「瑞樹が俺にどんどん関心を持ってくれている。それで瑞樹は170はあるのか」
「うっ……なんだか癪だな。僕だってこれでも175cmはあります」
「へぇ思ったよりあるんだな。華奢でほっそりしているせいかな。すらっと可憐に見える」
「可憐って?僕は男なのに」
「気に障った?」
「いえ……」
滝沢さんにそう言われるのは嫌ではない。むしろ嬉しいような……
一馬との身長差は5cm程度だったので、滝沢さんのことを見上げる角度はいつもよりもっと上だ。そのことも新鮮で、新しい恋の一歩を踏み出しはじめたことを実感していた。
駅からの道すがら滝沢さんは芽生くんをおんぶして、僕がその横に並んで歩いた。気が付けばもう夕暮れで、橙色のほわっと霞みがかった夕日を浴びる僕たちは幸せ色に包まれている。
それにしても楽しい時は一瞬にして過ぎてしまうものなんだな。そういえば一馬の別れる数カ月前から、いつも別れの日が来るのを怯え、休日を休日らしく楽しく過ごせていなかったから余計にそう思うのかもしれないな。
とにかく今日はドキドキの連続だった。
「瑞樹、今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ」
「それは僕のセリフです」
「このまま家においでと誘いたいが、今日は芽生が寝ちゃったな」
「大丈夫ですよ」
「ひとりで帰れるか」
「当たり前ですよ」
「そうか……ちょっと寂しいが気を付けて帰れよ」
「はい、月曜日にまた!」
滝沢さんに甘やかされている自覚はある。ひとりになった僕にはとても居心地が良い、ずっといたくなる場所になりつつあることも自覚している。
でもきちんと気持ちを整理できないまま進めないのが、僕の性分なんです。
すいません……
そう心の中でそっと謝った。
「謝らなくていい」
「え?」
まるで心の声が聞こえたかのような返事だった。
驚いて顔を上げると滝沢さんは少し切なげに笑っていた。いつも大人な印象なのに時折見せてくれるこんな素の表情にも、またぐっと心を動かされる。
「ありがとうございます。僕は……不器用な人間なんです。それでもいいですか」
「当たり前だ。ゆっくり行こうじゃないか。俺も瑞樹の歩調で世界を見渡してみたい」
16
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる