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発展編

想い寄せ合って 1

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「さて、そろそろ出発するか」

「あっ僕の荷物を持ってきますので、待ってください」

 この部屋に持ち込んだのは今日の服と昨日着てきた部屋着だけだった。歯磨きや洗顔道具など一式忘れてしまい、全部滝沢さんの家の物を借りてしまった。僕は昨日かなり気が動転していたようだ。ほぼ手ぶらで人の家に泊まるなんてあり得ない。

「あぁそれは洗っといてやるから、置いていくといい」

「でもそれじゃ……悪いです」

「瑞樹は少し細かく考えすぎだよ。たいしたことじゃない。俺に甘えろ」

「あっハイ……」

 有無を言わない男らしさが垣間見られると、なんだかドキっとするな。滝沢さんのこういう所に、ぐっと来てしまう。

「おにいちゃん~おててつないで~」

「うん、いいよ」

 芽生くんの小さな手をキュッと握りしめると、同じだけキュッと握り返してくれる。

 同等の気持ちが見える瞬間だ。

 その感覚に胸の奥が温かくなった。

 僕の手は……一馬から途中で離されてしまった後、もう何も掴めないと思っていたが、違うんだな。

 今、こんなにも小さな手が触れてくれる。こんなささやかな喜びにも、確かに存在する幸せをしっかりと感じた。

「いいな。芽生は瑞樹に手を繋いでもらって」

「滝沢さんってば、そんな子供みたいなことを」

「俺も子供になりたい」

「えっ……子供って、ふふっ」

 滝沢さんが子供みたいに甘えた声を出すから、声に出して笑ってしまった。

 滝沢さん……昨日から僕を明るい気持ちにしてくれる。

 

(朝……初めてキスをしたことを、僕は後悔していません。僕はあなたと前へ前へ進んでいきたいと願っています)

 

 まだ素直に出せない心の声だった。何故ならそんな前向きな気持ちの反面……一馬との想い出が、思ったより厄介だってことに気づいてしまったから。

 朝食ひとつにも一馬との日々を思い出してしまう様だから。僕は不器用な人間で、生半可な気持ちでは行動できない性分だった。これから先も、きっと時に立ち止まり後ろを振り返ってしまうこともあるかもしれない。

 でもそれでも前に……滝沢さんと進みたいと願っている。

 こんな酷くもどかしい気持ち、あなたに理解してもらえるだろうか。

「そういえば遊園地って、何処のですか」

「あぁ野球場の隣のさ」

「なるほど。あそこなら割と近いですね」

「……瑞樹は行ったことある?」

「……はい」

 そこは会社帰りに何度か行った場所だった。観覧車に乗るとイルミネーションが綺麗で、一周する十五分の間に、一馬と何度もキスをした場所だったから……

「そうか……昼間?」

「いえ、昼はないです。……いつも夜でした」

 もう包み隠さずに伝えよう。僕が一馬と長い年月を共に過ごしたことを、滝沢さんは知っているのだから。

「そうか。なら一応初めてってことにしよう。今日は瑞樹との初デートだぞ」

「えっ!あっハイ」

 初デート。

 うん、確かにこうやって休日に出かけるのは初めてだ。

 その言葉の響きに自分でも驚く程、胸がときめいていた。

****

 都会の遊園地は、休日なのでそれなりに混んでいた。

「パパー、まずはメリーゴーランドがいい!早く早く!」

「りょーかい!」

 芽生くんの目がキラキラと輝いている。カラフルな乗り物を前に、もう気持ちが先走っているのが手にとるように分かるよ。

「芽生に付き添わないとな。瑞樹、悪いが荷物を持ってここで見ていてくれるか」

「はい!もちろんです」

「パパ~あのおっきな白いお馬さんがいい」

「よし!ほらっ抱っこで乗せてやるから来い」

「わーい!」

 わっ!一番外側の大きな白馬に跨る滝沢さんって、やけにカッコいいな。

 芽生くんも一人前に馬を跨いでポールをギュッと握っている。高い所からの景色に嬉しそうに顔を輝かしてキョロキョロしている。僕をみつけ小さな手を振ってくれた。

 本当に可愛いな。

 明るい太陽に照らされた親子を、僕は目を細めて見つめ続けた。

 やがて……メリーゴーランドがゆっくりとリズミカルに上下しながら回り出す。 

 あぁ……懐かしい光景だ。

 僕の故郷にも遊園地はあった。こんなに大規模でなく都会的でもないけど……メリーゴーランドや海賊船、観覧車など可愛い乗り物があって、まだ父が生きていた頃に家族で弁当を持って行ったよな。

「ねぇ~見て見て!あの親子なんか別格じゃない。パパさん、めちゃカッコいいね~お子さんもまるで天使みたい」

「本当だーあぁ、あんな旦那と子供だったらいいのに」

 メリーゴーランドの柵にもたれて通り過ぎていく芽生くんに手を振っていると、隣にいた中年の女性達の話声が聞こえてきて、なんだか恥ずかしくなった。

 僕はあの人と、今朝……キスをした。

 思わず自分の唇を、指先でそっと辿ってしまった。

 滝沢さんの唇の……温かな感触を思い出しながら。

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