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発展編

心寄せる人 7

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「君たちは何だ?全く無礼な!そこを退きたまえ!」

「通せるか!彼をどこへ連れて行くつもりだった?」

「何だと?彼は仕事先の部下で一緒に飲んでいただけだ。なぁ瑞樹くん」

 その口で気安く呼ぶな!と叫びたくなる。

「嘘をつけ!」

「おいおい何の証拠があってそんなことを。失礼な奴だ」

 瑞樹の様子を伺うと、恐怖のあまり足がすくんで動けないようだった。顔色も悪く憔悴しきっている。可哀そうに……こんなに怯えて。かなりの恐怖をもって脅されたことを確信した。

「さぁ通せ!」

「駄目だ!」

 化粧室前の廊下でそんな押し問答をしていると、バーの支配人が間に入ってくれた。

「とにかく個室を用意しますので、そちらで」

「あぁそうだな」

 確かに瑞樹をこんな場所で矢面に立たすのは、居たたまれない。

 数年前の俺だったら言い訳なんて聞かず、話し合いなんてせずに、いきなり殴りかかっている所だ。だが穏やかで優しい性格の瑞樹は、それを望んでいないだろう。だから俺は大きく深呼吸し、冷静になるように必死に努めた。

****

「まったく不愉快な話だ。ここはホテルだろう?常連客をこんな風に扱っていいと思ってるのか。支配人の君だって私の顔はよく知っているのに」

  四宮は悪びれる様子もなく横柄な態度を個室でも取り続けていたが、とりあえず瑞樹を四宮の手から引き離せたことに、ホッとした。

「ええ、もちろんです。四宮先生……ですが残念ながら、今回は言い逃れできないようです」

「支配人?それはどういう意味だ?」

「実は……他のお客様から化粧室での同様の苦情が届いていまして……その時は証拠を掴めなかったので追及できませんでしたが、ホテルとしても再発防止の意味をこめて化粧室の鏡前に防犯カメラを設置させていただきました」

「なっなんだと!」

 なるほど、こいつは常習犯だな。道理で手慣れたもんだ。自分の権力を利用して自分より弱いものを手籠めにする悪漢だ。

 
 瑞樹は俺の後ろで、両手で自分の躰を抱くようにまだ震えていた。
 周りに誰もいなければ、今すぐ抱きしめてやりたいよ。瑞樹の震える躰を……

「もっと証拠はあるぜ」

「なっ……何だって?」

 四宮は流石に動揺していた。

 俺は先程の瑞樹からの通話を録音していたのだ。それを流してやった。

『おいおい強気だね。静かに言うことを聞かないと、君の仕事がなくなることになるよ。私の方が君みたいな一介の社員なんかよりずっと力があるからね』

『……そんなのは卑怯だ!この手を離してください』

『うーん、やっぱりここじゃ落ち着かないね。場所を変えようか。実はホテルの部屋を取ったんだ』

 これは瑞樹の自尊心を傷つける事になるかもしれない。だがこういう性根の曲がった奴には、この位しないとダメだ。 音声を流すと流石に言い逃れできないと悟ったらしく、四宮はがっくしと肩を落とした。

「決定打ですね。彼を職権を利用して恐喝しています」

「こちらは先ほど頼まれたルームキーです」

 絶妙のタイミングでバーテンダーの白石くんがカードキーを机に置いた。

「四宮先生に頼まれました。化粧室に行かれる前に、すぐに部屋を取るようにと」

「なっ……」

 瑞樹を本気でホテルに連れ込もうとしていたのか。間に合って良かった。取り返しがつかないことになっていたらと思うと、ぞっとした。

「瑞樹……コイツを連れて警察に行くか」

 ところが瑞樹は暫く思案した後、首を静かに横に振った。

 何故だ?

「……もういいです。ここまでの証拠を握られていたら二度と同じことは出来ないはずだから」

 おい、そんなんじゃダメだろう。

 こういう腐った奴には、そんな生ぬるい対応は通じない。

 根こそぎ倒さないと……ダメだ!

 そう思うとイラついてしまった。

 今すぐ警察に突き出してやりたくてしょうがない。こんなに証拠も証人も揃っているのに!

 瑞樹を守りたいのに!

「幸い僕は無事でしたし、四宮先生には釘を刺します。二度目はないと……但し警察までは行かなくとも、今日のことは僕の上司には共有しますからね」

 さっきまで震えていた瑞樹は……今度は気丈に言いのけた。

 すぐにでも踏まれそうなか弱い印象だと思っていたが、瑞樹は自分自身をしっかり持っている。踏まれても踏まれても育ち行くクローバーを彷彿する。しっかり大地に根を下ろしているから言える言葉だと感銘を受けた。

 嫌なものはなんでも根こそぎ倒し、引き抜いて生きて来た俺とは違う。そのことがとても新鮮で、彼の考えに従ってみようと、すっと心が凪いでいった。

 まったくすごい人だよ。

 瑞樹はすごい。

 瑞樹は冷静になって、支配人から個室での映像の提供と俺には音声の提供を申し出た。

 恩情を受けた四宮は……

「申し訳なかったよ……瑞樹くん。酒が過ぎたようで……どうかどうか穏便にお願いします」

「それは上司が判断するでしょう。僕は二度と先生とは組みません」

 四宮はヘコヘコ頭を下げて負け犬のように情けない姿で逃げ帰って行った。

「あの、落ち着かれるまで個室で休憩して下さいと支配人が。それとこれは監視カメラのデータです」

「ありがとう、白石くん。恩にきるよ」

 これでやっと瑞樹と二人きりになれる。ソファに浅く腰掛けて俯く瑞樹に、白井くんが持って来てくれたホットミルクを差しだしてやった。

「瑞樹が無事で良かった」

「うっ……滝沢さん……うっ」

 それまでの緊張が解れたせいか、瑞樹が突然ぽろぽろと涙を流し出した。だから……その涙に誘われるように、俺の胸の中にガバッと彼を抱きしめてしまった。

 瑞樹も抵抗しない。

 俺の胸元でじっとしてくれている。

 やがて瑞樹の方から、おずおずと俺の背中に手を回してくれた。

 初めての抱擁だ。

   瑞樹のほっそりとした躰をギュッと抱きしめてやると、よく晴れた日に芝生の上で寝転んでいるような清々しい心地良さを感じた。

「もう大丈夫だから安心しろ。悔しかっただろう。怖かっただろう」

「……怖かったです……悔しかったです。ずっと滝沢さんの事を心の中で呼んでいたら、あなたはちゃんと来てくれた。それが嬉しくて……頑張れました」

「そうか。よく頑張ったな」

 

 

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