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17章
月光の岬、光の矢 66
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目を閉じて心を研ぎ澄まし、対象からイメージを膨らまし、具体的なカタチを捉えた時、ようやく鉛筆を持つ手が動き出す。
これがオレ流のデザインの起こし方だ。
だが、今はまだ駄目だ。
すんなりと浮かばない。
ならばもう一度、最初から思い出してみよう。
二人と出会った時のことを――
今日までの日々を。
初対面で抱いた印象はミステリアスな二人組だった。
何か秘密を隠していそうなのが、正直言うと気にくわなかった。当時は気まぐれで秘密主義な大人たちに辟易していたので、そういう類いの人種には警戒心を抱いていた。
大都会で育ったオレにとって北鎌倉は小さ過ぎて居心地が悪く、何もかも物足りなかった。かといって東京に頻繁に遊びに行く気も起きず、寺の中をぶらぶらしていると、洋さんも同じように寺の中で1日中過ごしているのに気付いた。
慣れない土地での生活にやさぐれていたオレに、根気よく話しかけてくれたのは洋さんだった。
その不慣れでぎこちない話し方が、逆に心に響いた。
もしかしたら……この人は人付き合いが苦手なだけで、裏表がない人なのかもしれない。
そう思うと親しみが湧いた。
それと同時に心配にもなった。
洋さんがオレの目の前で貧血でぶっ倒れてしまったことがあった。美しい顔が白く凍っていく様子を間近で見ると、オレの胸まで締め付けられた。
寂しそうで悲しそうで……辛そうで苦しそうで、このまま死んでしまいそうだ。
もしかしたら、この人はオレなんかが想像できない程、薄幸な人生を歩んできたのかもしれない。
こんなにまで弱ってしまう程に――
そう思うと、秘密主義ではなく言うに言えない何かを抱えているという方向で受け入れることが出来た。
それから……
何でもそつなくこなしそうだと思っていたが、超がつくほど不器用な人だった。オレの父さんと同レベルなので、いろんな意味で放っておけない存在になっていった。
そんな彼がオレの父さんを実の兄として慕い、あの日、父さんを助けるために奔走してくれた。
あの時から、オレは洋さんを完全に信頼出来るようになり、洋さんに影のように寄り添い、盾となる丈さんにも一目置くようになった。
そんな二人のイメージは、この寺を静かに照らす月だ。
そうだ、診療所のロゴマークには月を入れたいな。
何しろ二人は月影寺の住民だし、月影寺から派生した診療所だもんな。
しかし月といってもいろんな形があるぞ。
月は新月から三日月、やがて上弦の月を経て満月になる。そして下弦の月から細い月を経て新月になっていく。
白い紙にカタチを変えていく月を次々と描くが、ピンとこない。
違う、こうじゃない。
二人は……
二人で一つなんだ。
だから二人は……互いの月を重ねて一つの月になる。
そうか……重なる月か。
ストンと落ちれば、自然と鉛筆が走り出す。
月と月が重なる様子を、ロゴマークにしてみよう。
オレは夜更けまで夢中で、デザインに夢中になった。
だが色づけで、また迷ってしまった。
どんな色に染め上げるべきか。
そのタイミングで朝日が射し込んでくる。
夜が明けたのか……
ヤバい、徹夜しちまった。
窓に小石があたる音がしたので障子を開けると、作務衣姿の流さんと目があった。
「流さん!」
「薙、徹夜したのか」
「あ……なんで?」
「俺も徹夜したからさ」
「え? どうして?」
流さんは少し頬を染め、それから手に持っていたものを大きく掲げた。
「なかなか寝付けなかったから、これを作っていたのさ」
手には木の看板を持っていた。
木の板は、どこか流動的で個性的なカタチをしていた。
「それ、カッコいい!」
「流木を看板にしてみたのさ」
「ぬくもりがあっていいね」
「あぁ、人の温もりを感じる診療所になって欲しいからな。この看板に薙の考えたロゴを描いてくれ。その後、翠がここに診療所名を書く。つまり俺たち3人の合作だな」
オレと父さんと流さんの合作?
こんなこと、初めてだ。
まるで……まるで!
「親子の合作だな」
自分でも驚くほど自然に『親子』と言えた。
世間のしがらみなんて薙ぎ払え!
ここでは、オレは父さんと流さんの息子だ。
そう宣言した。
これがオレ流のデザインの起こし方だ。
だが、今はまだ駄目だ。
すんなりと浮かばない。
ならばもう一度、最初から思い出してみよう。
二人と出会った時のことを――
今日までの日々を。
初対面で抱いた印象はミステリアスな二人組だった。
何か秘密を隠していそうなのが、正直言うと気にくわなかった。当時は気まぐれで秘密主義な大人たちに辟易していたので、そういう類いの人種には警戒心を抱いていた。
大都会で育ったオレにとって北鎌倉は小さ過ぎて居心地が悪く、何もかも物足りなかった。かといって東京に頻繁に遊びに行く気も起きず、寺の中をぶらぶらしていると、洋さんも同じように寺の中で1日中過ごしているのに気付いた。
慣れない土地での生活にやさぐれていたオレに、根気よく話しかけてくれたのは洋さんだった。
その不慣れでぎこちない話し方が、逆に心に響いた。
もしかしたら……この人は人付き合いが苦手なだけで、裏表がない人なのかもしれない。
そう思うと親しみが湧いた。
それと同時に心配にもなった。
洋さんがオレの目の前で貧血でぶっ倒れてしまったことがあった。美しい顔が白く凍っていく様子を間近で見ると、オレの胸まで締め付けられた。
寂しそうで悲しそうで……辛そうで苦しそうで、このまま死んでしまいそうだ。
もしかしたら、この人はオレなんかが想像できない程、薄幸な人生を歩んできたのかもしれない。
こんなにまで弱ってしまう程に――
そう思うと、秘密主義ではなく言うに言えない何かを抱えているという方向で受け入れることが出来た。
それから……
何でもそつなくこなしそうだと思っていたが、超がつくほど不器用な人だった。オレの父さんと同レベルなので、いろんな意味で放っておけない存在になっていった。
そんな彼がオレの父さんを実の兄として慕い、あの日、父さんを助けるために奔走してくれた。
あの時から、オレは洋さんを完全に信頼出来るようになり、洋さんに影のように寄り添い、盾となる丈さんにも一目置くようになった。
そんな二人のイメージは、この寺を静かに照らす月だ。
そうだ、診療所のロゴマークには月を入れたいな。
何しろ二人は月影寺の住民だし、月影寺から派生した診療所だもんな。
しかし月といってもいろんな形があるぞ。
月は新月から三日月、やがて上弦の月を経て満月になる。そして下弦の月から細い月を経て新月になっていく。
白い紙にカタチを変えていく月を次々と描くが、ピンとこない。
違う、こうじゃない。
二人は……
二人で一つなんだ。
だから二人は……互いの月を重ねて一つの月になる。
そうか……重なる月か。
ストンと落ちれば、自然と鉛筆が走り出す。
月と月が重なる様子を、ロゴマークにしてみよう。
オレは夜更けまで夢中で、デザインに夢中になった。
だが色づけで、また迷ってしまった。
どんな色に染め上げるべきか。
そのタイミングで朝日が射し込んでくる。
夜が明けたのか……
ヤバい、徹夜しちまった。
窓に小石があたる音がしたので障子を開けると、作務衣姿の流さんと目があった。
「流さん!」
「薙、徹夜したのか」
「あ……なんで?」
「俺も徹夜したからさ」
「え? どうして?」
流さんは少し頬を染め、それから手に持っていたものを大きく掲げた。
「なかなか寝付けなかったから、これを作っていたのさ」
手には木の看板を持っていた。
木の板は、どこか流動的で個性的なカタチをしていた。
「それ、カッコいい!」
「流木を看板にしてみたのさ」
「ぬくもりがあっていいね」
「あぁ、人の温もりを感じる診療所になって欲しいからな。この看板に薙の考えたロゴを描いてくれ。その後、翠がここに診療所名を書く。つまり俺たち3人の合作だな」
オレと父さんと流さんの合作?
こんなこと、初めてだ。
まるで……まるで!
「親子の合作だな」
自分でも驚くほど自然に『親子』と言えた。
世間のしがらみなんて薙ぎ払え!
ここでは、オレは父さんと流さんの息子だ。
そう宣言した。
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