重なる月

志生帆 海

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17章

月光の岬、光の矢 61

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「翠、こんな時間にどこに行くつもりだ?」
「えっと、その……墓所の見回りに」

 玄関先で、流に呼び止められた。

「俺が見回ってくるから、翠は中で待っていろ」
「だが」

 流の手が伸びてきて、そっと僕の喉に触れる。

「喉が痛いんだろう?」

 参ったな。

 どうしてすぐにバレてしまうのか。

 本当に流に隠し事は出来ないね。

「その……夕方から急に……つばを飲み込むと少し痛くて」
「やっぱり」

 僕は身体が丈夫な方ではない。

 風邪を引きやすい。

 特に喉が弱いんだ。

 昔はそれがもどかしく嫌だったが、今は受け入れられる。

 今の僕には流がいてくれる。

 だから一人で何もかも背負わなくていいから。

「流にお願いするよ」
「よし、いい子で待ってろ」

 流が僕の顎を掴んで、唇を重ねてくる。

 おおらかで優しい流。

 そのぬくもりも同じだ。

 包まれる安心感に身を委ねそうになって、慌てて自分を律する。

「だ、駄目だ。風邪がうつってしまうよ」
「翠のものなら何でも欲しい、風邪菌でも」
「ば、馬鹿!」
「俺にはうつらないよ。この世では頑丈に丈夫に生まれた」
「流……」

 遠い昔の流水さんは若くして亡くなった。

 湖翠さんは流水さんを密かに想いながら、長生きした。

「流、僕も長生きするよ」
「あぁ、翠は風邪を引きやすいだけで、他は元気だろう。毎晩のように俺が鍛えているからな」
「え……何を?」

 じわじわと……

 何を言われたのか分かって、顔が真っ赤になる。

「ははっ、知恵熱出しそうだな。兄さん!」
「こんな時だけ兄さんと呼ぶなんて」
「兄さんの心配事は、全部俺が引き受ける」

 もう一度、唇を奪われた。

「ごちそうさん」

 ひらりと手を振りながら外に飛び出す流を見送ると、自然に笑みがこぼれた。

 流に言われた通り、大人しくしていようと居間に向かうと、息子の薙がいた。

 薙も、僕の顔を見るなりすっ飛んでくる。

「父さん、顔が赤いぞ! 熱でもあるんじゃないか。えっと体温計はどこだっけ」

 顔が赤いのは流と口づけをしたからとは言えず、どぎまぎしてしまう。

「大丈夫だ。少し喉が痛いだけだよ」
「ほら、やっぱり風邪引いてるんじゃないか」
「たいしたことないよ」
「オレが心配なんだ!」

 こんな所が流にそっくりだ。

 僕の息子は……僕と流の息子なんだと密かに思って、また顔が赤くなる。
 
「やっぱり顔が赤いじゃないか」
「だ、大丈夫だよ」




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