重なる月

志生帆 海

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17章

月光の岬、光の矢 60

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「あれっ、車は?」
「あぁ、駅前に置いてきた」
「そうなのか」
「洋と途中ですれ違いたくなかったし、海風に当たりながら夜道を歩きたい気分だったから」
「分かる、俺もだ」

 波打ち際を、二人で歩いた。

 夜の海に攫われそうになっても、隣りに丈がいる。

 ただそれだけで、安心できる。

 遠い昔の俺は武将だったせいか、誰かに守られることに慣れておらず、最初は戸惑っていた。

 遠い昔の俺は孤独で追い詰められていたので、誰かを頼ることを知らなかった。

 だが……いつの時代も、丈の不器用な優しさに触れ、心を開くことを知った。

 少しでも胸に宿る熱い想いを伝えたくて、感謝の気持ちを伝えたくて……

 俺たちは互いに歩み寄り、いつの時代も深い恋に落ちた。

 最近は蔑まれた悲しい過去よりも、胸に宿った熱いもの、丈に恋い焦がれていた気持ちばかり思い出す。

 つまり、俺たちは過去から現在まで大恋愛中だ。

 そして未来永劫、丈を愛していく。
 
 そう思うのも悪くない。

 父が名付けた太平洋の『洋』という名にふさわしく、俺の心はどこまでもどこまでも広がっている。

「洋、ゆっくり歩くのもたまにはいいな」
「そうだな。見えなかった景色が見えてくる」
「どんな?」
「月光に照らされた丈の顔は堀が深くて、男前だとか?」 

 甘く微笑むと、暗闇でも丈が赤面したのが分かった。

「よっ、洋、やめろ。私は……容姿を褒められることには慣れてない」
「ふっ」

 丈はこんなに可愛い男だったのか。

 今日は変だ。

 何度もそんな風に思ってしまうなんて。

「洋、もしかして……今、私のことを可愛いと思わなかったか」
「ははっ、どうしてそう思う」
「我ながら……動揺しているからだ」
「俺はどんな丈でも愛している――」

 そう言い切れるから、言い切るまでだ。

「参ったな、洋、帰ったら覚えておけ」 
「受けて立つよ。そうだ、丈。月影寺に戻ったら兄さんたちに会いに行こう」
「お披露目パーティーの件だな」
「あぁ、瑞樹くんに話したから、二人にも話そう」
「そうだな。宗吾さんと流兄さんがバトルになっても困るしな」
「確かに、あの二人は気が合うよな」
「類は友を呼ぶだな」

 
 ****

 洋は明るくなった。

 大胆になった。

 魅力的になった。

 洋の変化が嬉しいのに、私は相変わらず不器用な男だ。

 だから洋の言葉にいちいち過剰に反応してしまう。

 そうか、私は人間らしくなったのだな。
 
 学生時代は『鉄仮面』と影で噂されていた。

 いつも無表情で冷酷な人間だった。

 洋と出逢うまでの私は、頼る人もおらず、頼られることもなく……寂しい人間だったな。



 山門を潜ると、低い声がした。

「随分と遅かったな」

 作務衣姿の流兄さんが、いつものように箒を握って立っていた。

 こんな時間に掃除?

 いや、そうではない。

「今日は由比ヶ浜に立ち寄ったので」
「あぁ、そうだったのか」

 私の答えに流兄さんは安心したように笑って、スタスタと歩き出した。

 片手をあげてひらひらさせながら。

「顔を見て安心した。二人とも早く休めよー」
「あの、待って下さい。翠兄さんと流兄さんに話があります。今から母屋に行っていいですか」
「お? おぅ、もちろんだ! よし、翠に知らせてくる」

 流兄さんはニカッと笑って、母屋に向かって一気に走り出した。

 待っていてくれた。

 心配してくれた。

 そのことが素直に嬉しかった。


 


 
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