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17章
月光の岬、光の矢 59
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鍵をかけて洋館の外に出ると、寄せては返す波音が聞こえた。
海上には月がぽっかりと浮かんでいた。
「今宵はハーフムーンか」
満月ほどの明るさはないが、俺が歩む道を照らしてくれていた。
さぁ、帰ろう。
俺のホーム、月影寺へ。
砂浜をゆっくり歩き出すと、向こうから男が近づいてくるのが見えた。
最初から分かっていた。
長身の凜々しい男は、もう一人の月。
俺の男だと分かっていた。
俺に気付くと、男はさっと片手を上げた。
「洋、やはりここだったな」
「丈、迎えに来てくれたのか」
「あぁ、きっとまだここにいると思ってな」
「ふっ、俺の行動はお見通しだな」
「私の洋だからな」
「俺の丈だからな」
微笑みながら距離を詰めて、向き合うと、月明かりが満月のように力を増した。
重なれば満月に――
俺たちは重なる月だから。
「あの後、何か良いことがあったようだな」
「どうして分かる?」
「明るい表情を浮かべているから」
「さっき、瑞樹くんに電話をしたんだ」
「そうだったのか、ありがとう。いよいよその段階か」
「あぁ、丈と決めた招待客に連絡するのは俺の役目だから、任せてくれ」
開業の目処が立った段階で、俺たちはおばあ様の助言もあり、親しい人を招待してお披露目会を催すことにした。
本来ならば病院関係の人を呼ぶべきだが、そうではなく、俺たちをここまで支えてくれた人に感謝の気持ちを伝えたかった。
今、立っているのは、俺と丈だけでは絶対に成し遂げられなかった場所だから。
由比ヶ浜の洋館との縁は、俺と丈だけの世界では見つけられなかった。
月影寺で心を休ませてもらうと、母のルーツを探す意欲が湧いてきた。すんなりとは受け入れてもらえなかったが、それでも足繁く根気よく粘れたのは、俺が孤独ではなかったから。
「それで瑞樹くんたちは……来てくれるのか」
丈がいつになく自信なさげに聞いてくるのが、可愛かった。
あれ? こんな風に思っていいのか。丈と出逢った頃の俺はボロボロで、丈と安志しか信じられる人がいなかった。だから心にゆとりは皆無で、ギチギチに縮こまっていた。
今は違う。遊び心を持てるようになった。
「もちろん。瑞樹くんに会場の装花をお願いしたんだ。宗吾さんも何か考えてくれるそうだ」
「それは助かるな。私は引き継ぎ業務が多すぎて、辞める日までノンストップで働かなくてはならない。今年は夏休みを取れないので、恒例の瑞樹くんたちとの旅行も出来ないな。いろいろと……すまない」
丈はそんなことを気にしていたのか。
「馬鹿だな。何のために俺がいると? 丈が出来ないことは俺がするから心配するな。それに今年は旅行の代わりに開業パーティーで、皆、集まれるさ。だから、そんなこと気にするな。俺は丈といられるだけで幸せなのだから」
本心だ。
遠い昔の俺たちも、それを願っていた。
ただ一緒にいられるだけで、幸せだった。
それを知っていた。
……
「ヨウ、どこだ?」
「ここだ」
「せっかくの非番なのに、蔵に籠って読書三昧か」
「まぁな。普段は多忙でゆっくり読む暇がないからな。ジョウもこっちに来いよ」
「私は……医学書以外はあまり……」
「馬鹿、本じゃない。俺の傍に来いよ。せっかくの非番なのに抱かないのか」
「ヨウっ」
「ふっ、ジョウ……お前の傍にいられるだけで幸せだ」
「私もだ」
……
「あの頃の私たちは、ただ一緒にいられるだけで幸せだったな」
「お前も思い出したのか」
「……ヨウは書庫で私に抱かれた」
「ん? 何を考えて…… 寺に書庫はないぞ」
「蔵ならある」
「馬鹿!」
「ふっ、さぁ帰ろう。あまり遅いと兄さんたちが心配する」
「そうだな。帰ったらパーティーのお誘いをしてみるよ」
「きっと喜ぶだろう」
“大好きな人の喜ぶ顔が見たくて――
それが僕の一番大切なことだよ”
心友である瑞樹くんの言っていた事が、今ならよく分かる。
まさに同じ気持ちだ。
さぁ、戻ろう。
兄たちの元へ。
海上には月がぽっかりと浮かんでいた。
「今宵はハーフムーンか」
満月ほどの明るさはないが、俺が歩む道を照らしてくれていた。
さぁ、帰ろう。
俺のホーム、月影寺へ。
砂浜をゆっくり歩き出すと、向こうから男が近づいてくるのが見えた。
最初から分かっていた。
長身の凜々しい男は、もう一人の月。
俺の男だと分かっていた。
俺に気付くと、男はさっと片手を上げた。
「洋、やはりここだったな」
「丈、迎えに来てくれたのか」
「あぁ、きっとまだここにいると思ってな」
「ふっ、俺の行動はお見通しだな」
「私の洋だからな」
「俺の丈だからな」
微笑みながら距離を詰めて、向き合うと、月明かりが満月のように力を増した。
重なれば満月に――
俺たちは重なる月だから。
「あの後、何か良いことがあったようだな」
「どうして分かる?」
「明るい表情を浮かべているから」
「さっき、瑞樹くんに電話をしたんだ」
「そうだったのか、ありがとう。いよいよその段階か」
「あぁ、丈と決めた招待客に連絡するのは俺の役目だから、任せてくれ」
開業の目処が立った段階で、俺たちはおばあ様の助言もあり、親しい人を招待してお披露目会を催すことにした。
本来ならば病院関係の人を呼ぶべきだが、そうではなく、俺たちをここまで支えてくれた人に感謝の気持ちを伝えたかった。
今、立っているのは、俺と丈だけでは絶対に成し遂げられなかった場所だから。
由比ヶ浜の洋館との縁は、俺と丈だけの世界では見つけられなかった。
月影寺で心を休ませてもらうと、母のルーツを探す意欲が湧いてきた。すんなりとは受け入れてもらえなかったが、それでも足繁く根気よく粘れたのは、俺が孤独ではなかったから。
「それで瑞樹くんたちは……来てくれるのか」
丈がいつになく自信なさげに聞いてくるのが、可愛かった。
あれ? こんな風に思っていいのか。丈と出逢った頃の俺はボロボロで、丈と安志しか信じられる人がいなかった。だから心にゆとりは皆無で、ギチギチに縮こまっていた。
今は違う。遊び心を持てるようになった。
「もちろん。瑞樹くんに会場の装花をお願いしたんだ。宗吾さんも何か考えてくれるそうだ」
「それは助かるな。私は引き継ぎ業務が多すぎて、辞める日までノンストップで働かなくてはならない。今年は夏休みを取れないので、恒例の瑞樹くんたちとの旅行も出来ないな。いろいろと……すまない」
丈はそんなことを気にしていたのか。
「馬鹿だな。何のために俺がいると? 丈が出来ないことは俺がするから心配するな。それに今年は旅行の代わりに開業パーティーで、皆、集まれるさ。だから、そんなこと気にするな。俺は丈といられるだけで幸せなのだから」
本心だ。
遠い昔の俺たちも、それを願っていた。
ただ一緒にいられるだけで、幸せだった。
それを知っていた。
……
「ヨウ、どこだ?」
「ここだ」
「せっかくの非番なのに、蔵に籠って読書三昧か」
「まぁな。普段は多忙でゆっくり読む暇がないからな。ジョウもこっちに来いよ」
「私は……医学書以外はあまり……」
「馬鹿、本じゃない。俺の傍に来いよ。せっかくの非番なのに抱かないのか」
「ヨウっ」
「ふっ、ジョウ……お前の傍にいられるだけで幸せだ」
「私もだ」
……
「あの頃の私たちは、ただ一緒にいられるだけで幸せだったな」
「お前も思い出したのか」
「……ヨウは書庫で私に抱かれた」
「ん? 何を考えて…… 寺に書庫はないぞ」
「蔵ならある」
「馬鹿!」
「ふっ、さぁ帰ろう。あまり遅いと兄さんたちが心配する」
「そうだな。帰ったらパーティーのお誘いをしてみるよ」
「きっと喜ぶだろう」
“大好きな人の喜ぶ顔が見たくて――
それが僕の一番大切なことだよ”
心友である瑞樹くんの言っていた事が、今ならよく分かる。
まさに同じ気持ちだ。
さぁ、戻ろう。
兄たちの元へ。
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