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17章
月光の岬、光の矢 56
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「丈、そう驚くなよ。俺がここにいるのは、村山さんが声をかけてくれたお陰だ」
「なるほど、やはり彼女の気遣いだったのか」
「あぁ、どうやら俺を本気で受け止めてくれているようだ。そうでなかったら……こんな風に中へ入れてくれないだろう? 本当に……良かったよ」
洋は嬉しさを隠せない様子だった。
彼女が洋を偏った目で見ないと誓ってくれた言葉に、嘘偽りはない。
彼女はそういう女性だ。
三人のタイプの違う息子さんがいると聞いて、彼女になら任せられる、委ねられると感じた理由が分かった。
子育てを通して、人を見る目を養ってきた人だ。
私の診療所は、患者さんとしっかり向き合う場所にしたい。
だから、適任だ。
****
「丈、もう見納めだな」
「ん?」
「一度丈の勤務医としたの姿を……この目でしっかり見ておきたかった。以前、勢いで駆けつけた時を覚えているか」
「あぁ、あれは離れが完成した時だったな」
「そうだ。あの時は廊下で貧血で倒れてしまい、それどころではなかっただろう」
「あれは焦った。余所の医者に診察されるなんて」
「ふっ、あれは不可抗力さ。俺の専属医は丈だ。そして、これからは俺の職場の先生だ」
「今までは外科医なのに、人手不足で内科医の仕事もこなしながらの勤務で多忙だったが……秋からは地域のかかりつけ医になる。ただし洋の専属医は続行だ。そうだ、せっかくだから血液検査をしていくか」
丈がにやりと笑う。
「い、いい! 俺は注射は嫌いだ。それに、この前したばかりだろう」
「ふっ、怖がりな所も可愛いな」
丈がうるさいので、健康診断は受けるようにしている。低血圧のせいで、めまいや立ちくらみが起きやすい性質は相変わらずだが、もう昔のように突然倒れたりしない。丈がそうならないように全力でサポートしてくれているから。
「それより、もっとよく見せてくれ。丈の白衣姿を」
「そうだな。大規模な病院で働くのは、ここが最後だ」
丈の白衣姿を目に焼き付けておこう。
「洋、よく見ておけ」
「あぁ」
丈がスッと俺の目の前に立った。
丈は体格がよく長身なので、白衣が映える。
まるでマントのように白衣の裾が翻る様子に、見蕩れてしまった。
「この白衣はもう着ることはないな」
「おばあ様が刺繍した白衣を着るからか」
「そうだ」
おばあさまは、海里先生の白衣を手直しした物以外に、何着か洗い替え用に白衣を用意して下さった。
「海里先生のように私も着こなしたい。調べれば調べる程、森宮海里先生の軌跡は素晴らしい。大学病院のトップになるべく才能の持ち主だったのに、その直前で辞職し、由比ヶ浜で小さな診療所を開業されたのは世間を驚かせたそうだ。出世コースに乗っていたのに、海里先生には出世よりも愛する人、愛する世界があったということになる。そういう生き方に、私は憧れるよ」
丈が夢を語ってくれる。
それが嬉しかった。
もう丈に守ってもらうだけではなく、丈の悩みを聞いてやれる。
丈の夢を受け止められる男に、俺はなれたのか。
もしそうだとしたら、それは……丈と知り合った年月がもたらしてくれた贈り物だ。
「そろそろ帰るよ」
「なんだ、もう帰るのか」
「あぁ、開業に向けてやることが山積みだからな」
「それは頼もしいな」
「丈、あと一ヶ月、忙しくなるな。だが、俺が支えるから大丈夫だ」
丈が少しだけ狼狽えたのが分かった。
無理もない。
こんな台詞初めてだ。
「洋……参ったな。いつの間にこんなに男前になった?」
「こんな俺はいやか」
「いや、最高だ!」
「なるほど、やはり彼女の気遣いだったのか」
「あぁ、どうやら俺を本気で受け止めてくれているようだ。そうでなかったら……こんな風に中へ入れてくれないだろう? 本当に……良かったよ」
洋は嬉しさを隠せない様子だった。
彼女が洋を偏った目で見ないと誓ってくれた言葉に、嘘偽りはない。
彼女はそういう女性だ。
三人のタイプの違う息子さんがいると聞いて、彼女になら任せられる、委ねられると感じた理由が分かった。
子育てを通して、人を見る目を養ってきた人だ。
私の診療所は、患者さんとしっかり向き合う場所にしたい。
だから、適任だ。
****
「丈、もう見納めだな」
「ん?」
「一度丈の勤務医としたの姿を……この目でしっかり見ておきたかった。以前、勢いで駆けつけた時を覚えているか」
「あぁ、あれは離れが完成した時だったな」
「そうだ。あの時は廊下で貧血で倒れてしまい、それどころではなかっただろう」
「あれは焦った。余所の医者に診察されるなんて」
「ふっ、あれは不可抗力さ。俺の専属医は丈だ。そして、これからは俺の職場の先生だ」
「今までは外科医なのに、人手不足で内科医の仕事もこなしながらの勤務で多忙だったが……秋からは地域のかかりつけ医になる。ただし洋の専属医は続行だ。そうだ、せっかくだから血液検査をしていくか」
丈がにやりと笑う。
「い、いい! 俺は注射は嫌いだ。それに、この前したばかりだろう」
「ふっ、怖がりな所も可愛いな」
丈がうるさいので、健康診断は受けるようにしている。低血圧のせいで、めまいや立ちくらみが起きやすい性質は相変わらずだが、もう昔のように突然倒れたりしない。丈がそうならないように全力でサポートしてくれているから。
「それより、もっとよく見せてくれ。丈の白衣姿を」
「そうだな。大規模な病院で働くのは、ここが最後だ」
丈の白衣姿を目に焼き付けておこう。
「洋、よく見ておけ」
「あぁ」
丈がスッと俺の目の前に立った。
丈は体格がよく長身なので、白衣が映える。
まるでマントのように白衣の裾が翻る様子に、見蕩れてしまった。
「この白衣はもう着ることはないな」
「おばあ様が刺繍した白衣を着るからか」
「そうだ」
おばあさまは、海里先生の白衣を手直しした物以外に、何着か洗い替え用に白衣を用意して下さった。
「海里先生のように私も着こなしたい。調べれば調べる程、森宮海里先生の軌跡は素晴らしい。大学病院のトップになるべく才能の持ち主だったのに、その直前で辞職し、由比ヶ浜で小さな診療所を開業されたのは世間を驚かせたそうだ。出世コースに乗っていたのに、海里先生には出世よりも愛する人、愛する世界があったということになる。そういう生き方に、私は憧れるよ」
丈が夢を語ってくれる。
それが嬉しかった。
もう丈に守ってもらうだけではなく、丈の悩みを聞いてやれる。
丈の夢を受け止められる男に、俺はなれたのか。
もしそうだとしたら、それは……丈と知り合った年月がもたらしてくれた贈り物だ。
「そろそろ帰るよ」
「なんだ、もう帰るのか」
「あぁ、開業に向けてやることが山積みだからな」
「それは頼もしいな」
「丈、あと一ヶ月、忙しくなるな。だが、俺が支えるから大丈夫だ」
丈が少しだけ狼狽えたのが分かった。
無理もない。
こんな台詞初めてだ。
「洋……参ったな。いつの間にこんなに男前になった?」
「こんな俺はいやか」
「いや、最高だ!」
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