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17章
月光の岬、光の矢 55
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初診の患者さんか。
こんな時間に珍しいが、しっかり話を聞きたい。
どんな悩みを抱えて、どんな痛みを抱えているのか。
患者さんの心に、医師としてそっと寄り添いたい。
他人に無関心だった私は、洋と巡り逢ってから本当に変わった。
あの日、洋が隠した心をすぐに見つけてやれなかった時、私はこのままではまた同じことを繰り返す、絶対に変わろうと決意した。
最初は洋の心を探すことだけに、専念した。
だが、やがて……それだけでは行き詰まってしまうことに気付いた。
私と洋だけの世界は閉鎖的で安全かもしれないが、洋にはもっと広い世界を見せてやりたいと思うようになった。
洋には、今までのような寂しい人生ではなく、優しい人と触れ合って温もりのある人生を過ごして欲しい。
いつしか、そう願うようになっていた。
そのために、まずは私自身が人としっかり向き合い、相手の心を大切に、相手を心から思いやれるようにならねば……
それは医師、張矢 丈としても同じだった。
つまり洋が私を医師として成長させてくれたのだ。
洋と出逢えていなかったら、今の私はいない。
知識と技術をひけらかす傲慢な医師になっていただろう。
患者を選ぶ、横柄な態度を取る医師になっていただろう。
洋と巡り逢えて良かった。
洋はいつの世も、私を導いてくれる夜空に浮かぶ月のような存在だ。
姿を変えながらも、いつも傍にいてくれる。
おっと、今は診療中だ。
つい洋のことを考え出すと、夢中になってしまうな。
背筋を正して、深呼吸した。
「次の方、どうぞ」
椅子をくるりと回転させ、いつものように診察室に入ってきた患者さんの顔をしっかり見つめた。
目と目を合わせて、問診することを心がけているから。
ところが……
「えっ……」
入って来た男性は、洋にそっくりだ。
誰もが見惚れるほどの月光のような美貌。
憂いを帯びた涼しげなアーモンドアイ。
笑うとハート型になる口元。
白い象牙のようなきめ細やかな肌。
出逢った時のままの透明感。
どこをどう見ても……私の洋だ。
洋のことを考えていたから、幻覚を見ているのか。
目を見開いたまま、固まってしまった。
あまりに動揺して……
握っていたペンをポロッと床に落としてしまった。
すると相手は、美しい仕草で拾い上げてくれた。
「丈、大丈夫か」
「えっ、その声……やはり、洋なのか」
「ふっ、俺以外の誰なんだ? そんなに驚くなんて、幽霊じゃないぞ」
「す、すまない」
洋は甘く微笑みながら、辺りをキョロキョロ見渡した。
「なるほど、ここが丈の職場なのか」
「あぁ、そうだ。しかし驚いたな。洋がここにやってくるとは……」
「見ておきたかったのさ。総合病院に勤める丈の医師としての姿を、この目で――」
「そ、そうか」
「カッコいいな、丈先生」
洋が華やかに笑ってくれると、無機質な診察室が輝いてみえた。
「洋……ありがとう。来てくれてありがとう」
思いがけない洋の来訪は、始まりを告げる鐘のようだ。
洋が動き出した。
私も動き出す。
こんな時間に珍しいが、しっかり話を聞きたい。
どんな悩みを抱えて、どんな痛みを抱えているのか。
患者さんの心に、医師としてそっと寄り添いたい。
他人に無関心だった私は、洋と巡り逢ってから本当に変わった。
あの日、洋が隠した心をすぐに見つけてやれなかった時、私はこのままではまた同じことを繰り返す、絶対に変わろうと決意した。
最初は洋の心を探すことだけに、専念した。
だが、やがて……それだけでは行き詰まってしまうことに気付いた。
私と洋だけの世界は閉鎖的で安全かもしれないが、洋にはもっと広い世界を見せてやりたいと思うようになった。
洋には、今までのような寂しい人生ではなく、優しい人と触れ合って温もりのある人生を過ごして欲しい。
いつしか、そう願うようになっていた。
そのために、まずは私自身が人としっかり向き合い、相手の心を大切に、相手を心から思いやれるようにならねば……
それは医師、張矢 丈としても同じだった。
つまり洋が私を医師として成長させてくれたのだ。
洋と出逢えていなかったら、今の私はいない。
知識と技術をひけらかす傲慢な医師になっていただろう。
患者を選ぶ、横柄な態度を取る医師になっていただろう。
洋と巡り逢えて良かった。
洋はいつの世も、私を導いてくれる夜空に浮かぶ月のような存在だ。
姿を変えながらも、いつも傍にいてくれる。
おっと、今は診療中だ。
つい洋のことを考え出すと、夢中になってしまうな。
背筋を正して、深呼吸した。
「次の方、どうぞ」
椅子をくるりと回転させ、いつものように診察室に入ってきた患者さんの顔をしっかり見つめた。
目と目を合わせて、問診することを心がけているから。
ところが……
「えっ……」
入って来た男性は、洋にそっくりだ。
誰もが見惚れるほどの月光のような美貌。
憂いを帯びた涼しげなアーモンドアイ。
笑うとハート型になる口元。
白い象牙のようなきめ細やかな肌。
出逢った時のままの透明感。
どこをどう見ても……私の洋だ。
洋のことを考えていたから、幻覚を見ているのか。
目を見開いたまま、固まってしまった。
あまりに動揺して……
握っていたペンをポロッと床に落としてしまった。
すると相手は、美しい仕草で拾い上げてくれた。
「丈、大丈夫か」
「えっ、その声……やはり、洋なのか」
「ふっ、俺以外の誰なんだ? そんなに驚くなんて、幽霊じゃないぞ」
「す、すまない」
洋は甘く微笑みながら、辺りをキョロキョロ見渡した。
「なるほど、ここが丈の職場なのか」
「あぁ、そうだ。しかし驚いたな。洋がここにやってくるとは……」
「見ておきたかったのさ。総合病院に勤める丈の医師としての姿を、この目で――」
「そ、そうか」
「カッコいいな、丈先生」
洋が華やかに笑ってくれると、無機質な診察室が輝いてみえた。
「洋……ありがとう。来てくれてありがとう」
思いがけない洋の来訪は、始まりを告げる鐘のようだ。
洋が動き出した。
私も動き出す。
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