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17章
月光の岬、光の矢 50
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前置き
本日はランドマークのアーサー視点になります。他の物語のクロスオーバーをお楽しみ下さい。『まるでおとぎ話』と『ランドマーク』未読の方には、申し訳ありません。
****
俺たちは、最近、気候の穏やかな日本で過ごす時間が増えた。
1年の半分は白金の冬郷家の屋敷か、由比ヶ浜の瑠衣の家で過ごしている。
あと何年続けられるか分からないが、身体が動く間は、このスタイルを貫きたい。
海里と柊一はもうこの世にいないが、雪也くんとその家族のおかげで、家はいつも賑やかで、瑠衣も雪也くんの孫の世話を焼けるのが楽しいらしく、往年執事のように生き生きとしている。
俺たちにとって冬郷家の屋敷は、第二の故郷のような存在だ。
先日、お向かいのお屋敷に住んでいる、白江さんから頼まれ事をした。
彼女は少し思い詰めた表情で、深く悩んでいるようだった。
「アーサーさん、瑠衣、あのね、少しいいかしら? 相談したいことがあって」
「尽力致します」
瑠衣が跪いて甘く微笑むと、白江さんは少女のように頬を染めた。
「瑠衣、あなたって素敵過ぎるわ。こんなおばあちゃんになっても優しくしてもらえて嬉しいわ。実は孫のパートナーが総合病院を辞めて、9月に診療所を開くことになったの」
「あぁ、海里の意志を継いで下さる方ですね」
「そうなのよ。それでね……私の孫の洋ちゃんも翻訳や通訳のお仕事を辞めて、診療所を手伝うそうなの」
「まるで柊一様のようですね」
瑠衣が懐かしそうに遠くを見つめた。
海里が開業した時、パートナーの柊一も共に由比ヶ浜に移り住んで、甲斐甲斐しく診療所を手伝っていたな。
「その……詳しくは分からないけれども、洋ちゃんは過去にとても嫌な目に遭ったようなの。これは私の勝手な憶測だけれども、何かとても恐ろしく、酷く悲しく、全ての自信を喪失してしまう程の打撃だったのではと案じているの」
その言葉に、瑠衣が俺と出会う前に遭遇した悲劇を思い出した。
英国留学するまで、瑠衣は長兄の学友に長年、慰み者のように扱われていた過去がある。すんでのところで海里とテツの機転で、最悪の事態は逃れたそうだが、あいつらがしたことは、未だに許し難い。
まさか、瑠衣のような憂き目を……洋くんも?
いや、だが……
洋くんのあの美貌、あの危うい雰囲気。
白江さんの案ずるのは、そこなのか。
「あの子は何も言わないわ。ただ時折酷く苦しそうな目で私を見つめるのが気になって……今は丈さんとそのご家族、月影寺に守られて、幸せだと分かっているから……今更私が掘り返してはいけないのだけれども……」
白江さんは必死に自分に言い聞かせるように話を続けた。
瑠衣は青ざめていく白江さんの手をとって、ふんわりと優しく微笑んだ。
「僕たちにお手伝い出来ることがありそうですね。白江さんは洋くんに贈り物をしたいのですね」
「そうなの。そうなのよ! 瑠衣、ありがとう。察してくれて……洋ちゃんが人前に出るのに極度に緊張する様子や、自分にあまりに自信がない様子に、祖母として何か出来ることはないかと考えて……ほら、昔、あがり症の柊一さんのために、あなたたちの『R-Gray』社でオリジナルのスキンケアを作ってあげたでしょう。緊張を解く香り、ああいう物を洋ちゃんにもお願いできないかしら?」
なるほど。
それなら、近くにテツがいるので最強だ。
身体と心の不調を整えるポジティブになれる香りについては、テツの得意分野だ。
俺たちは、すぐにテツに白江さんの希望を伝え、洋くんの強ばった心を解き放つ香りをブレンドしてもらった。それをますはボディソープにして、サンプルとして月影寺に送った。
冬郷家の中庭で、瑠衣と部屋に飾るための花を摘んでいると、テツが近づいてきた。
俺と同じだけ年を重ねた男だが、まだまだ現役の庭師で青年のように生き生きと輝いている。
さては、年下の恋人、桂人から、夜な夜な秘薬でも?
ぜひ伝授してもらいたいものだ。
「アーサーさん、先日作った試作品はどうでしたか」
「そうだな一昨日先方に送ったから、きっとそろそろ返事が届く頃だろう」
「お役に立てると良いのですが」
「とても良い香りだったよ。お前、やっぱりやるな」
「かつて桂人の冷たい身体を温めるために、あらゆる薬草の調合を試しましたからね」
「今回も、お前の知識が役立ちそうだ」
「それは何よりです」
数時間後、洋くんが冬郷家を訊ねてきた。
白百合のように気高い、月のように研ぎ澄まされた美貌を振りまいて。
思わず、その美しさに見惚れてしまった。
若さというエネルギーを放っている。
それにしても、こんなに凜々しい表情をする子だったか。
意志を持った男の顔だ。
白江さんに見せてやりたいな。
本日はランドマークのアーサー視点になります。他の物語のクロスオーバーをお楽しみ下さい。『まるでおとぎ話』と『ランドマーク』未読の方には、申し訳ありません。
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俺たちは、最近、気候の穏やかな日本で過ごす時間が増えた。
1年の半分は白金の冬郷家の屋敷か、由比ヶ浜の瑠衣の家で過ごしている。
あと何年続けられるか分からないが、身体が動く間は、このスタイルを貫きたい。
海里と柊一はもうこの世にいないが、雪也くんとその家族のおかげで、家はいつも賑やかで、瑠衣も雪也くんの孫の世話を焼けるのが楽しいらしく、往年執事のように生き生きとしている。
俺たちにとって冬郷家の屋敷は、第二の故郷のような存在だ。
先日、お向かいのお屋敷に住んでいる、白江さんから頼まれ事をした。
彼女は少し思い詰めた表情で、深く悩んでいるようだった。
「アーサーさん、瑠衣、あのね、少しいいかしら? 相談したいことがあって」
「尽力致します」
瑠衣が跪いて甘く微笑むと、白江さんは少女のように頬を染めた。
「瑠衣、あなたって素敵過ぎるわ。こんなおばあちゃんになっても優しくしてもらえて嬉しいわ。実は孫のパートナーが総合病院を辞めて、9月に診療所を開くことになったの」
「あぁ、海里の意志を継いで下さる方ですね」
「そうなのよ。それでね……私の孫の洋ちゃんも翻訳や通訳のお仕事を辞めて、診療所を手伝うそうなの」
「まるで柊一様のようですね」
瑠衣が懐かしそうに遠くを見つめた。
海里が開業した時、パートナーの柊一も共に由比ヶ浜に移り住んで、甲斐甲斐しく診療所を手伝っていたな。
「その……詳しくは分からないけれども、洋ちゃんは過去にとても嫌な目に遭ったようなの。これは私の勝手な憶測だけれども、何かとても恐ろしく、酷く悲しく、全ての自信を喪失してしまう程の打撃だったのではと案じているの」
その言葉に、瑠衣が俺と出会う前に遭遇した悲劇を思い出した。
英国留学するまで、瑠衣は長兄の学友に長年、慰み者のように扱われていた過去がある。すんでのところで海里とテツの機転で、最悪の事態は逃れたそうだが、あいつらがしたことは、未だに許し難い。
まさか、瑠衣のような憂き目を……洋くんも?
いや、だが……
洋くんのあの美貌、あの危うい雰囲気。
白江さんの案ずるのは、そこなのか。
「あの子は何も言わないわ。ただ時折酷く苦しそうな目で私を見つめるのが気になって……今は丈さんとそのご家族、月影寺に守られて、幸せだと分かっているから……今更私が掘り返してはいけないのだけれども……」
白江さんは必死に自分に言い聞かせるように話を続けた。
瑠衣は青ざめていく白江さんの手をとって、ふんわりと優しく微笑んだ。
「僕たちにお手伝い出来ることがありそうですね。白江さんは洋くんに贈り物をしたいのですね」
「そうなの。そうなのよ! 瑠衣、ありがとう。察してくれて……洋ちゃんが人前に出るのに極度に緊張する様子や、自分にあまりに自信がない様子に、祖母として何か出来ることはないかと考えて……ほら、昔、あがり症の柊一さんのために、あなたたちの『R-Gray』社でオリジナルのスキンケアを作ってあげたでしょう。緊張を解く香り、ああいう物を洋ちゃんにもお願いできないかしら?」
なるほど。
それなら、近くにテツがいるので最強だ。
身体と心の不調を整えるポジティブになれる香りについては、テツの得意分野だ。
俺たちは、すぐにテツに白江さんの希望を伝え、洋くんの強ばった心を解き放つ香りをブレンドしてもらった。それをますはボディソープにして、サンプルとして月影寺に送った。
冬郷家の中庭で、瑠衣と部屋に飾るための花を摘んでいると、テツが近づいてきた。
俺と同じだけ年を重ねた男だが、まだまだ現役の庭師で青年のように生き生きと輝いている。
さては、年下の恋人、桂人から、夜な夜な秘薬でも?
ぜひ伝授してもらいたいものだ。
「アーサーさん、先日作った試作品はどうでしたか」
「そうだな一昨日先方に送ったから、きっとそろそろ返事が届く頃だろう」
「お役に立てると良いのですが」
「とても良い香りだったよ。お前、やっぱりやるな」
「かつて桂人の冷たい身体を温めるために、あらゆる薬草の調合を試しましたからね」
「今回も、お前の知識が役立ちそうだ」
「それは何よりです」
数時間後、洋くんが冬郷家を訊ねてきた。
白百合のように気高い、月のように研ぎ澄まされた美貌を振りまいて。
思わず、その美しさに見惚れてしまった。
若さというエネルギーを放っている。
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白江さんに見せてやりたいな。
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