1,632 / 1,657
17章
月光の岬、光の矢 44
しおりを挟む
丈先生のお住まいが、まさか風情あるお寺だとは、思いもしなかったわ。
医師の丈先生と厳かなお寺が結びつかなくて――
それでも山門へ続く石段を一段、また一段と上るごとに、私の心は期待に満ちていく。
それは丈先生のプライベートエリアに踏み込むことを許してもらえたから。
私に心を開いてくれているから。
「どんな方でも、丈先生が信頼されるパートナーですから、受け入れられると思います」
「是非……頼む。とても繊細な人なんだ」
なるほど、丈先生が危ぶむほど繊細な方なのね。
大丈夫、我が家の長男もとても繊細な子だから、理解できるわ。
「そうなんですね、心得ました」
「村山さんを信頼しているから、会わせるんだ」
信頼!
まぁ、丈先生から素直な言葉を聞けるなんて嬉しいわ。
丈先生が総合病院にいらした時、ピリピリと人を寄せ付けない空気を醸し出していたの。だから同僚や後輩の看護士は、丈先生につくのを嫌がり、私が引き受けたのよ。
我が家の三男坊も,丈先生のように斜に構えた面があるので(あら失礼!)、寄り添えたのかもしれないわ。
知れば知る程、私は丈先生を尊敬するようになっていった。
外科医としての腕は右に出る者がいない程、冴え渡っていたので、すぐに丈先生の手術の腕前は評判を呼び、引っ張りだこになったわ。
奢らず、媚びず、我が道を淡々と歩まれる姿が最高よ!
権力に屈せず、患者様のために最善を尽くす真摯な横顔に惚れ込んだわ。
あ、色恋沙汰ではないわよ。
私には最愛の夫と、大学生、高校生、中学生の息子がいるので。
丈先生という人間に惚れ込んだの。
だから丈先生が行く所、選んだ道に付いていきたくなった。
丈先生と一緒に診療所を切り盛りする相手は、きっと丈先生の……いい言葉が見つからないわ。
「えっと、秘蔵っ子なんですね」
「……愛しい人なんだ」
愛しい人!
あぁ、そういうことなのね。
ようやく腑に落ちたわ。
母屋の玄関に現れたのは、まぁまぁまぁ!
見惚れてしまう程に、たおやかな青年。
「ようこそ、月影寺へ。丈の兄の張矢翠です。この寺の住職をしております」
この方は、丈先生のお兄様だわ!
以前、検査入院と手術をされたことがあるので、お顔は存じていたけれども、お坊様としてのお姿は凜としていて、容姿端麗で美しいお方!
その方が、客間に案内して下さったの。
「あの、僕の顔に何か?」
「すみません。丈先生とは顔立ちは違いますが、同じ血筋を感じます」
「なるほど、確かに顔は似ていないですよね。でも同じ血筋とは?」
「ひたむきな所がそっくりです。このお寺に足を踏み入れた時、身が引き締まりました。切なる願いが成就した場所なのですね」
「えっ、何故それを?」
「どうしてかしら? 急に懐かしくなりました」
「あなたには不思議なご縁を感じます」
「私もです」
私とご住職さまの会話に耳を傾けていた丈先生は、さっきからどこか落ち着かない様子。
「翠兄さん、洋は?」
「あれ? 遅いね。様子を見てくるよ」
暫くすると、廊下からカタカタと誰かが震えるような音がして、その後、襖の向こうがガタガタと揺れた。
丈先生が顔色を変えて襖を開けると……
まるで月の精のように、麗しい男性が立っていたの。
女性と見間違えそうになったけれども、れっきとした男性だわ。艶めいた男らしさがあるもの。
濡れたような漆黒の黒髪。
象牙色の美しい肌。
目元がなんとも言えない程麗しいわ。
なんという美貌なの。
外見だけでなく内面から滲み出る美しさに、感動すら覚えたわ。
「洋、遅かったな」
「丈、俺、一人でお茶を淹れられた」
「……そうか! すごいじゃないか」
わぁ! 丈先生が手放しで甘やかすなんて、滅多に拝めないわ!
「……あぁ」
「ありがとう。ぜひこの方に差し上げてくれ」
「わかった」
麗しい青年は私をまっすぐ見つめて、目を慎ましく伏せた。
長い睫毛が緊張で震えていた。
「どうぞ」
震える手で置かれた湯呑みには、彼の真心がギュッと詰まっていた。
たった一滴。
されど思いの丈が詰まったお茶だった。
彼がどんなに丈先生を愛しているか。
丈先生がどんなに彼を愛しているか。
彼が診療所を手伝う覚悟。
ぜんぶ伝わる極上の味だった。
医師の丈先生と厳かなお寺が結びつかなくて――
それでも山門へ続く石段を一段、また一段と上るごとに、私の心は期待に満ちていく。
それは丈先生のプライベートエリアに踏み込むことを許してもらえたから。
私に心を開いてくれているから。
「どんな方でも、丈先生が信頼されるパートナーですから、受け入れられると思います」
「是非……頼む。とても繊細な人なんだ」
なるほど、丈先生が危ぶむほど繊細な方なのね。
大丈夫、我が家の長男もとても繊細な子だから、理解できるわ。
「そうなんですね、心得ました」
「村山さんを信頼しているから、会わせるんだ」
信頼!
まぁ、丈先生から素直な言葉を聞けるなんて嬉しいわ。
丈先生が総合病院にいらした時、ピリピリと人を寄せ付けない空気を醸し出していたの。だから同僚や後輩の看護士は、丈先生につくのを嫌がり、私が引き受けたのよ。
我が家の三男坊も,丈先生のように斜に構えた面があるので(あら失礼!)、寄り添えたのかもしれないわ。
知れば知る程、私は丈先生を尊敬するようになっていった。
外科医としての腕は右に出る者がいない程、冴え渡っていたので、すぐに丈先生の手術の腕前は評判を呼び、引っ張りだこになったわ。
奢らず、媚びず、我が道を淡々と歩まれる姿が最高よ!
権力に屈せず、患者様のために最善を尽くす真摯な横顔に惚れ込んだわ。
あ、色恋沙汰ではないわよ。
私には最愛の夫と、大学生、高校生、中学生の息子がいるので。
丈先生という人間に惚れ込んだの。
だから丈先生が行く所、選んだ道に付いていきたくなった。
丈先生と一緒に診療所を切り盛りする相手は、きっと丈先生の……いい言葉が見つからないわ。
「えっと、秘蔵っ子なんですね」
「……愛しい人なんだ」
愛しい人!
あぁ、そういうことなのね。
ようやく腑に落ちたわ。
母屋の玄関に現れたのは、まぁまぁまぁ!
見惚れてしまう程に、たおやかな青年。
「ようこそ、月影寺へ。丈の兄の張矢翠です。この寺の住職をしております」
この方は、丈先生のお兄様だわ!
以前、検査入院と手術をされたことがあるので、お顔は存じていたけれども、お坊様としてのお姿は凜としていて、容姿端麗で美しいお方!
その方が、客間に案内して下さったの。
「あの、僕の顔に何か?」
「すみません。丈先生とは顔立ちは違いますが、同じ血筋を感じます」
「なるほど、確かに顔は似ていないですよね。でも同じ血筋とは?」
「ひたむきな所がそっくりです。このお寺に足を踏み入れた時、身が引き締まりました。切なる願いが成就した場所なのですね」
「えっ、何故それを?」
「どうしてかしら? 急に懐かしくなりました」
「あなたには不思議なご縁を感じます」
「私もです」
私とご住職さまの会話に耳を傾けていた丈先生は、さっきからどこか落ち着かない様子。
「翠兄さん、洋は?」
「あれ? 遅いね。様子を見てくるよ」
暫くすると、廊下からカタカタと誰かが震えるような音がして、その後、襖の向こうがガタガタと揺れた。
丈先生が顔色を変えて襖を開けると……
まるで月の精のように、麗しい男性が立っていたの。
女性と見間違えそうになったけれども、れっきとした男性だわ。艶めいた男らしさがあるもの。
濡れたような漆黒の黒髪。
象牙色の美しい肌。
目元がなんとも言えない程麗しいわ。
なんという美貌なの。
外見だけでなく内面から滲み出る美しさに、感動すら覚えたわ。
「洋、遅かったな」
「丈、俺、一人でお茶を淹れられた」
「……そうか! すごいじゃないか」
わぁ! 丈先生が手放しで甘やかすなんて、滅多に拝めないわ!
「……あぁ」
「ありがとう。ぜひこの方に差し上げてくれ」
「わかった」
麗しい青年は私をまっすぐ見つめて、目を慎ましく伏せた。
長い睫毛が緊張で震えていた。
「どうぞ」
震える手で置かれた湯呑みには、彼の真心がギュッと詰まっていた。
たった一滴。
されど思いの丈が詰まったお茶だった。
彼がどんなに丈先生を愛しているか。
丈先生がどんなに彼を愛しているか。
彼が診療所を手伝う覚悟。
ぜんぶ伝わる極上の味だった。
30
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる