重なる月

志生帆 海

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17章

月光の岬、光の矢 33

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 朝の光に包まれた白い洋館は、清楚な佇まいだ。

 診療所に相応しい清潔感、誰でも気軽に入りやすい開放感。

 改めて見れば見るほど、この洋館が好きになる。

 海里先生が残した軌跡を大切に、丈と未来を切り開いていける喜び。

 洋館のバルコニー、昨日丈とキスした場所で思いっきり深呼吸すると、やる気が満ちてきた。

 よし、今日から準備に取りかかるぞ。

 1階に降りて白いタイルの床に足を投げ出し、丈に渡された分厚いカタログを開く。

 最初の頁から、カラフルなカーテンが目に飛び込んできて、胸が高鳴った。

 医療用の機能的なカーテンといえば無機質なものが多いと思っていたが、そうではないのだな。

 そうだ……

 病院を安心して過ごせる場所にしたいから、部屋ごとにメリハリをつけるものいいな。
 
 入ってすぐの待合室は夕焼け色で、安心し落ち着けるように。

 丈がいる診療室は朝日のような明るい色合いで、患者さんが前向きになれるように。

 一時的な休憩室も用意したい。

 そこには、月夜のように静寂を。

 考え出したら、どんどんアイデアが浮かんで止まらない。

 パッションが溢れてくる。

 パッションがモチベーションを生むとは、このことか。

 翻訳も通訳の仕事も気持ちが高揚したが、今、俺の脳内はそれを上回る情熱が満ちている。

 彼方から忘れていた記憶がやってくる。
 
 そうか……遠い昔、俺は同じ夢を見ていたのか。

 ヨウとジョウの会話に耳を澄ませば――

……

「どうしたヨウ?」
「ジョウ、俺は一人……部下を失ってしまった」
「聞いたよ。入水とは……ヨウ……気を落とすな」
「心の病に気付いてやれぬとは、上官として失格だ」
「誰でも気軽に医官に診療してもらえる時代ではないし、まして心の不調を見抜くのは難しい。私も気付いてやれず、すまなかった」
「なぁ……ジョウ、いつか俺の生家を改装して私設の医院を作りたいんだ。俺のような目に遭った人の心の治療を出来る場所、もちろん身体の病も同時に出来る場所がこの世界には必要だ。手伝ってくれないか」
「では私も精進しよう。心の病についてもっと学んでおこう」

……

 二人はまるで今の俺たちだ。

 目的は同じだった。
 
 そうか、お前達も願っていたのか。

 心のケアも出来る診療所を作ることを。

 洋月の君と丈の中将の声も聞こえてくる。

……

「洋月、どうした? また魘されていたぞ。怖い夢を見てしまったのか」
「……帝に制圧されていた日々の記憶が、身体にこびりついて離れない」
「すぐに祈祷を頼むか」
「いや呪術による病気平癒は、俺の病には効かない。あぁ、この心を開放する術が知りたい」
「実は……心の病は厄介だが身体の病を治すように治療方法があると、かの国の医師《くすし》から聞いたばかりなのだ」
「そうなのか」
「あぁ、私はそれを学ぼうと思う」

……

 そうだったのか、そういう理由だったのか。
 
 俺と丈が、二人で診療所を立ち上げたいと切に願う理由は、君たちから生まれたものだったのか。

 また一筋の道が見えた。

 進むべき道が開けた。




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