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17章
月光の岬、光の矢 32
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由比ヶ浜 瑠衣の家。
俺は消灯した隣の洋館を眺めながら、瑠衣に話しかけた。
「瑠衣、パーティーは久しぶりだからワクワクするな」
「アーサーが企画したパーティーは、いつもスマートでファッショナブルだったから、楽しみだよ」
「瑠衣は何をしたい?」
「僕はいつものように君をサポートする役目がいいよ」
「そうだったな。君はいつまでも優秀な執事だ」
「うん、事情があって執事になったが、僕の天職だと思っている。生涯現役でいたい程に」
「あぁ、瑠衣の思うままに…… 同時に瑠衣は生涯、俺のパートナーだ」
洋館の隣人は、俺たちに希望を与えてくれた。
俺は瑠衣の背後に立って、瑠衣の背中を胸にもたれさせた。
「さぁ、背中を預けてくれ」
「ありがとう」
こんな風に俺に全てを委ねてくれる瞬間が好きだ。
「それにしても、あの二人はあんなに輝いていたか」
「そうだね。以前会った時と少し変わっていたね」
「きっと、前へ進む覚悟が出来たのだな」
「うん、洋くんは男らしさが増していたし」
「丈くんもますます凜々しくなっていたな」
「二人なら海里の思いを受け継いでくれるね」
「あぁ、きっと」
今はどんな時でも瑠衣が横にいるのが当たり前だが、俺たちは長い年月、離れ離れで過ごした。
英国と日本。
当時は今よりも行き来が大変で、簡単には会える距離ではなかった。
手紙だって届くまでに何週間もかかった。
もどかしい心を抱いて、眠れない夜を過ごした仲だ。
だが、強い想いが共にあれば、再び巡り逢えることを実感した仲でもある。
丈くんと洋くんを見ていると、不思議な心地になる。
もしかして彼らには俺たちよりももっと長く大きな隔たりがあったのでは?
前世という言葉がある。
彼らの別れは前世からだったのでは?
何故かそんな風に思えるほど、現世での強い絆を感じている。
「心から応援してやりたい二人だよな」
「僕もそう思うよ。診療所の開院はいつかな? 七夕の頃、それとも月が綺麗な秋だろうか」
「うーん、どうだろう? よし、決めた。来週の帰国は延期しよう。秋まで日本に滞在しよう」
「えっ、そんなに長く?」
「あぁ、今はどこにいても仕事は出来るので問題ないだろう。一度、日本で夏を越してみたかったんだ」
瑠衣の祖国、日本には今まで何度も帰国したが、一ヶ月単位で留まったことはない。
俺たちの生涯で出来ることは、もう限られている。
叶えたい夢があるのなら、今。
会いたい人に会って、したいことをして、そうやって人生の終焉を迎える。
静かに静かに、心穏やかに――
「アーサー ありがとう。海里と柊一さまが眠るこの地でゆったりと過ごせるのは嬉しいよ」
風が吹く。
過去からの風が、俺たちを押し上げていく。
海里、これでいいか。
俺たちはお前の傍にいるよ。
この夏は、あの夏のように由比ヶ浜で一緒だ。
****
「洋、行ってくるよ」
「丈、俺も今日は出掛けるよ」
「そうか、由比ヶ浜の家に行くのか」
「うん、昨日約束したからね。アーサーさんと瑠衣さんに相談にのってもらうと」
「そうだったな。おばあ様にも報告したのか」
「あぁ、喜んでいた。楽しみにしていると」
「良かったな」
パーティーを自分で主催するのは初めてだが、一人で頑張り過ぎない。
頼れる人は頼って、相談してよりよい会にしたい。
一人で成し遂げるのも素晴らしいことだが、周囲との協力で成し遂げるのも素敵なことだ。
それを月影寺が教えてくれた。
俺には診療所への想いがある。
丈の診療所は、傷ついた人たちが安らげる場所であって欲しい。
身体だけでなく、心も癒やされる空間にしたい。
そんな空間を提供したい。
そんなことを考えていると、丈にまた分厚いパンフレットを渡してきた。
「何だ? また制服か」
「くくっ、制服はもう山ほど。今度はカーテンと家具のカタログだ。待合室のインテリアは洋が担当だ」
「俺でいいのか」
「当たり前だ。私の相棒なのだから」
任される喜びがこみ上げてくる。
「丈……俺、今まで丈に頼ってばかりだった」
「それでいい。私は洋限定の世話好きだから」
「だが、こうやって任されるのは嬉しい」
「あぁ、それでいい。洋の晴れやかな顔、男らしい顔を見るのも好きだ」
「丈はいろいろ寛大だな」
「シンプルに言えば、好きな人が輝くのを見たいからだ。洋は月のような男だから、きっと月光のように静かに周囲を照らして、人を癒やすのだろうな」
「丈……お前と話していると自信が湧いてくるよ。俺にも何か出来そうな気がしてきた」
「その調子だ、任せたぞ」
俺は丈の言葉に背中を押されて、再び由比ヶ浜に向かった。
俺の世界、俺の自由。
昔、切に願ったことを叶えていこう。
俺は消灯した隣の洋館を眺めながら、瑠衣に話しかけた。
「瑠衣、パーティーは久しぶりだからワクワクするな」
「アーサーが企画したパーティーは、いつもスマートでファッショナブルだったから、楽しみだよ」
「瑠衣は何をしたい?」
「僕はいつものように君をサポートする役目がいいよ」
「そうだったな。君はいつまでも優秀な執事だ」
「うん、事情があって執事になったが、僕の天職だと思っている。生涯現役でいたい程に」
「あぁ、瑠衣の思うままに…… 同時に瑠衣は生涯、俺のパートナーだ」
洋館の隣人は、俺たちに希望を与えてくれた。
俺は瑠衣の背後に立って、瑠衣の背中を胸にもたれさせた。
「さぁ、背中を預けてくれ」
「ありがとう」
こんな風に俺に全てを委ねてくれる瞬間が好きだ。
「それにしても、あの二人はあんなに輝いていたか」
「そうだね。以前会った時と少し変わっていたね」
「きっと、前へ進む覚悟が出来たのだな」
「うん、洋くんは男らしさが増していたし」
「丈くんもますます凜々しくなっていたな」
「二人なら海里の思いを受け継いでくれるね」
「あぁ、きっと」
今はどんな時でも瑠衣が横にいるのが当たり前だが、俺たちは長い年月、離れ離れで過ごした。
英国と日本。
当時は今よりも行き来が大変で、簡単には会える距離ではなかった。
手紙だって届くまでに何週間もかかった。
もどかしい心を抱いて、眠れない夜を過ごした仲だ。
だが、強い想いが共にあれば、再び巡り逢えることを実感した仲でもある。
丈くんと洋くんを見ていると、不思議な心地になる。
もしかして彼らには俺たちよりももっと長く大きな隔たりがあったのでは?
前世という言葉がある。
彼らの別れは前世からだったのでは?
何故かそんな風に思えるほど、現世での強い絆を感じている。
「心から応援してやりたい二人だよな」
「僕もそう思うよ。診療所の開院はいつかな? 七夕の頃、それとも月が綺麗な秋だろうか」
「うーん、どうだろう? よし、決めた。来週の帰国は延期しよう。秋まで日本に滞在しよう」
「えっ、そんなに長く?」
「あぁ、今はどこにいても仕事は出来るので問題ないだろう。一度、日本で夏を越してみたかったんだ」
瑠衣の祖国、日本には今まで何度も帰国したが、一ヶ月単位で留まったことはない。
俺たちの生涯で出来ることは、もう限られている。
叶えたい夢があるのなら、今。
会いたい人に会って、したいことをして、そうやって人生の終焉を迎える。
静かに静かに、心穏やかに――
「アーサー ありがとう。海里と柊一さまが眠るこの地でゆったりと過ごせるのは嬉しいよ」
風が吹く。
過去からの風が、俺たちを押し上げていく。
海里、これでいいか。
俺たちはお前の傍にいるよ。
この夏は、あの夏のように由比ヶ浜で一緒だ。
****
「洋、行ってくるよ」
「丈、俺も今日は出掛けるよ」
「そうか、由比ヶ浜の家に行くのか」
「うん、昨日約束したからね。アーサーさんと瑠衣さんに相談にのってもらうと」
「そうだったな。おばあ様にも報告したのか」
「あぁ、喜んでいた。楽しみにしていると」
「良かったな」
パーティーを自分で主催するのは初めてだが、一人で頑張り過ぎない。
頼れる人は頼って、相談してよりよい会にしたい。
一人で成し遂げるのも素晴らしいことだが、周囲との協力で成し遂げるのも素敵なことだ。
それを月影寺が教えてくれた。
俺には診療所への想いがある。
丈の診療所は、傷ついた人たちが安らげる場所であって欲しい。
身体だけでなく、心も癒やされる空間にしたい。
そんな空間を提供したい。
そんなことを考えていると、丈にまた分厚いパンフレットを渡してきた。
「何だ? また制服か」
「くくっ、制服はもう山ほど。今度はカーテンと家具のカタログだ。待合室のインテリアは洋が担当だ」
「俺でいいのか」
「当たり前だ。私の相棒なのだから」
任される喜びがこみ上げてくる。
「丈……俺、今まで丈に頼ってばかりだった」
「それでいい。私は洋限定の世話好きだから」
「だが、こうやって任されるのは嬉しい」
「あぁ、それでいい。洋の晴れやかな顔、男らしい顔を見るのも好きだ」
「丈はいろいろ寛大だな」
「シンプルに言えば、好きな人が輝くのを見たいからだ。洋は月のような男だから、きっと月光のように静かに周囲を照らして、人を癒やすのだろうな」
「丈……お前と話していると自信が湧いてくるよ。俺にも何か出来そうな気がしてきた」
「その調子だ、任せたぞ」
俺は丈の言葉に背中を押されて、再び由比ヶ浜に向かった。
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