重なる月

志生帆 海

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17章

月光の岬、光の矢 31

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 丈と洋くんは、まだ戻っていないのか。

 日が暮れても、離れの明かりが灯らないのに気づくと、急に心がざわついた。

 おばあさまのお屋敷に一泊すると聞いていたが、今日、帰りがこんなに遅いとは予想していなかった。

 駄目だな。

 過保護過ぎるぞ、翠。

 まさか、このまま戻ってこないのでは?

 一抹の不安が過った。

 浮かない気分は隠したつもりだったが、すぐに流に見つかってしまった。
 
 僕はもう流に隠し事を出来ない。

 全てを曝け出した身だから。

「翠、そんな顔をして……案ずるな。あいつらは、ちゃんと戻ってくるさ」
「……そうだね」

 ところが、いつまで経っても姿は見えなかった。

 いつもなら母屋に帰宅を知らせてくれるのに……

 もうこんな時間だ。

「父さん、どうしたの? 何か心配事?」
「えっ、いや、なんでもないよ」

 薙にも見破られてしまうとは、僕は精進が足りぬようだ。

 薙はそのまま真面目な顔で僕を見つめて、手を握ってくれた。
 
「父さんはさ、もう一人で頑張り過ぎないで欲しい」
「薙?」
「今まで散々我慢してきたの知っているから、心配だよ」

 息子から心配されるとは、時が経つのは早いものだ。

 だが薙が逞しく頼もしくなっていくのは、嬉しい。

 僕と流の息子だと実感できるから。

 薙は潔い青年に成長している。

「あー なんか言っててハズいな。流さん、後は任せたよ。オレ、風呂入ってくる」

 薙がそそくさと部屋から出て行くと、今度は流が迷いなく僕の手を掴んだ。

「よし、じゃあ行くぞ!」
「えっ、どこに?」
「そろそろ帰ってくる頃だから、出迎えに行くのさ」
「どうして分かるの?」
「今日の夕飯、洋の大好物のハンバーグだから鼻をクンクンさせてやってくるさ」
「洋くんはそんなキャラでは……」
「だが、ハンバーグには目がないだろう?」
「確かに」

 ニカッと笑う流の様子に、拍子抜けした。

 思い返せば、昔から神経を張り詰める僕を、流はこんな風にリラックスさせてくれた。

「さぁ、散歩しようぜ」
「そうだね」


 流と月影寺の庭園内を散策した。

 月光を頼りに歩くのは、昼間とは違う趣で新鮮だった。

 僕は視線を落として、流の影を見つめながら歩いた。

 逞しい影だ。

 昔は小さな弟だったのに……

 すると流が不服そうな声を出す。

「翠、影じゃなくて俺を見ろ!」
「あっ……ごめん」
「思慮深い兄さんもいいが、俺は……俺の翠がいい」

 意味深な言葉で、僕を煽る流。

 ならば僕も――

「そういえば、流は昔よく庭に飛び出して行ったね」
「え?」
「参ったな、今更それを言う?」
「うん、今更だけど……」
「あの頃は……募るばかりの翠への恋心を持て余していたのさ」
「流……」

 帰りを待つのも悪くない。

 流とこんな時間を過ごせるのなら。

 ゆったりと散策していると、丈と洋くんが帰ってきた。

 そして、洋くんが月影寺を『終の棲家』だと宣言してくれた。

 洋くんは放つ言葉には、光がある。

 まるで光の矢のように、真っ直ぐな光線を感じるよ。

 そうか、これが本来の洋くんなのか。

 目映いほどの光を放つ美しい男性が、僕の前に立っていた。

 一人一人が輝ける場所――

 それが僕の目指す月影寺だ。

 僕の結界は、君の輝きを守り続ける。


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