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17章
月光の岬、光の矢 26
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「丈、帰りは俺が運転するよ」
「そうか、じゃあ頼む」
俺は運転が好きだ。
元々はバイクが好きだったが丈に危ないからと止められているので、最近はもっぱら車だ。
高速が空いていたので、アクセルを踏んで一気に加速した。
俺たちを乗せた車は、まるで光の矢のように走り抜けていく。
俺たちの過去、俺たちの前世の思いを受け継いで、俺たちだけの未来へ向けて旅立つ。
朝比奈ICを降りると、だいぶ日が傾いていた。
「すっかり暗くなってしまったな」
「だが、私は満足している」
「ありがとう。俺もだ」
モーニングティーをした後も、祖母と多くの時間を過ごした。一緒に中庭を散策し、ランチはお向かいの冬郷家のレストランでご馳走になり、午後は庭のベンチで語らい、少しまどろんで……まるで物語の主人公のような優雅な時間だった。
「楽しかったよ、洋のおかげでおとぎ話のような世界に足を踏み入れられた」
「俺は丈に素晴らしい環境をもらってばかりだから、少しは役立って嬉しいよ」
「私たちに、もう一カ所帰る場所が出来たな」
「あぁ」
どこにも居場所がなかった俺だったのに……
あの時、人生を諦めなくて良かった。
歯を食い縛って必死に辿り着いた場所は、全ての苦労が報われる程の優しさで満ちている。
慈愛に満ちた祖母の眼差しを存分に浴び、俺の心はどこまでも凪いでいた。
車は無事に由比ヶ浜の洋館に到着した。
「ちょうどマジックアワーの時間だな」
「そうだな」
「せっかくだから見届けよう」
丈と肩を並べて、太陽が水平線に沈む様子を見つめた。
海の上の空に、青と夕日のオレンジのグラデーションがかかり、自然が作り出すアートに心を打たれた。
その瞬間、自然と俺たちの手が触れ合った。
丈とは数え切れないほど身体を繋げたが、こうやって指先が触れるだけで今も心がときめくのは、遠い昔、こんな日を切望していたから。
お前は俺にとって、ずっと恋しい、恋しい、恋しい人だった。
その人の傍にいられる喜びが、過去からまた押し寄せてくる。
俺は丈に手を握った。
指1本1本を絡める恋人つなぎ。
「丈……俺は今もお前に少し触れるだけで胸の鼓動が早くなる」
「私も同じだ。だから、いつも新鮮な気持ちで洋を抱いている」
「おい、抱くって……いきなり飛躍しすぎだ」
「ははっ、すまない。ドラマチックでいいムードだったから」
美しいグラデーションの空は、やがて漆黒の闇に溶けていく。
だが、この闇は怖くない。
何故なら丈が傍にいるから。
怖かったら、二人で灯りを灯せばいい。
「洋、中に入ってみよう」
「もう入れるのか」
「あぁ、耐震工事が終わったと言っただろう?」
「そうだったな。内装工事も終わったと聞いたが」
「その通りだ。次は医療器具などの設備を整える段階だ」
「そうか、いよいよだな」
鍵を差し込み扉を開けると、室内は真っ暗だった。
だが空気は澄んでいた。
新しい壁紙の匂いがする。
「洋、灯りをつけよう」
丈がブレーカーを上げて壁際のスイッチを押すと、まるでキャンドルに灯りが灯るように、家全体がパッとオレンジ色の優しい光に包まれた。
「洋、二階のバルコニーも補修したから見に行こう」
「あぁ」
二階に上がると、少しひんやりとした。
手で肩を抱くと、丈が……
「これを羽織っておけ」
肩に掛けられたのは、おばあ様に刺繍していただいたばかりの看護師の制服だった。
「いつの間に?」
「正装で、この家への挨拶をしよう」
丈も海里先生の白衣を羽織って、二人でバルコニーに出た。
「洋、いよいよだ。ついに私たちだけの物語が始まる」
「丈、どこまでも一緒にいよう。サポートさせてくれ」
「あぁ、心強い言葉だ」
俺たちは感極まって抱擁した。
「月が雲に隠れているうちに……」
そして熱い口づけを交わした。
「そうか、じゃあ頼む」
俺は運転が好きだ。
元々はバイクが好きだったが丈に危ないからと止められているので、最近はもっぱら車だ。
高速が空いていたので、アクセルを踏んで一気に加速した。
俺たちを乗せた車は、まるで光の矢のように走り抜けていく。
俺たちの過去、俺たちの前世の思いを受け継いで、俺たちだけの未来へ向けて旅立つ。
朝比奈ICを降りると、だいぶ日が傾いていた。
「すっかり暗くなってしまったな」
「だが、私は満足している」
「ありがとう。俺もだ」
モーニングティーをした後も、祖母と多くの時間を過ごした。一緒に中庭を散策し、ランチはお向かいの冬郷家のレストランでご馳走になり、午後は庭のベンチで語らい、少しまどろんで……まるで物語の主人公のような優雅な時間だった。
「楽しかったよ、洋のおかげでおとぎ話のような世界に足を踏み入れられた」
「俺は丈に素晴らしい環境をもらってばかりだから、少しは役立って嬉しいよ」
「私たちに、もう一カ所帰る場所が出来たな」
「あぁ」
どこにも居場所がなかった俺だったのに……
あの時、人生を諦めなくて良かった。
歯を食い縛って必死に辿り着いた場所は、全ての苦労が報われる程の優しさで満ちている。
慈愛に満ちた祖母の眼差しを存分に浴び、俺の心はどこまでも凪いでいた。
車は無事に由比ヶ浜の洋館に到着した。
「ちょうどマジックアワーの時間だな」
「そうだな」
「せっかくだから見届けよう」
丈と肩を並べて、太陽が水平線に沈む様子を見つめた。
海の上の空に、青と夕日のオレンジのグラデーションがかかり、自然が作り出すアートに心を打たれた。
その瞬間、自然と俺たちの手が触れ合った。
丈とは数え切れないほど身体を繋げたが、こうやって指先が触れるだけで今も心がときめくのは、遠い昔、こんな日を切望していたから。
お前は俺にとって、ずっと恋しい、恋しい、恋しい人だった。
その人の傍にいられる喜びが、過去からまた押し寄せてくる。
俺は丈に手を握った。
指1本1本を絡める恋人つなぎ。
「丈……俺は今もお前に少し触れるだけで胸の鼓動が早くなる」
「私も同じだ。だから、いつも新鮮な気持ちで洋を抱いている」
「おい、抱くって……いきなり飛躍しすぎだ」
「ははっ、すまない。ドラマチックでいいムードだったから」
美しいグラデーションの空は、やがて漆黒の闇に溶けていく。
だが、この闇は怖くない。
何故なら丈が傍にいるから。
怖かったら、二人で灯りを灯せばいい。
「洋、中に入ってみよう」
「もう入れるのか」
「あぁ、耐震工事が終わったと言っただろう?」
「そうだったな。内装工事も終わったと聞いたが」
「その通りだ。次は医療器具などの設備を整える段階だ」
「そうか、いよいよだな」
鍵を差し込み扉を開けると、室内は真っ暗だった。
だが空気は澄んでいた。
新しい壁紙の匂いがする。
「洋、灯りをつけよう」
丈がブレーカーを上げて壁際のスイッチを押すと、まるでキャンドルに灯りが灯るように、家全体がパッとオレンジ色の優しい光に包まれた。
「洋、二階のバルコニーも補修したから見に行こう」
「あぁ」
二階に上がると、少しひんやりとした。
手で肩を抱くと、丈が……
「これを羽織っておけ」
肩に掛けられたのは、おばあ様に刺繍していただいたばかりの看護師の制服だった。
「いつの間に?」
「正装で、この家への挨拶をしよう」
丈も海里先生の白衣を羽織って、二人でバルコニーに出た。
「洋、いよいよだ。ついに私たちだけの物語が始まる」
「丈、どこまでも一緒にいよう。サポートさせてくれ」
「あぁ、心強い言葉だ」
俺たちは感極まって抱擁した。
「月が雲に隠れているうちに……」
そして熱い口づけを交わした。
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