重なる月

志生帆 海

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17章

月光の岬、光の矢 23

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「こんな俺が……丈の診療所の手伝いをしていいのか迷っています。何故なら俺は……」

 洋が言いかけた言葉の続きを、私は知っていた。
 
 やはり、まだ気にしていたのだ。
 
 義父から受けた惨い仕打ちは、未だに洋の記憶に留まっている。

 もう何年に前のことなのに忘れられない強烈な記憶となって、洋の身体を蝕み続けているのか。
 
 私の洋になんてことをしてくれたのか。

 この先もこうやって洋を苦しめるつもりか。

 冷静を装っても、握る拳にグッと力が入ってしまう。
 
 もう過ぎ去った過去だ。

 だが、それだけでは済ませない問題なのだ。

 洋は白江さんにだけは知られたくないはずだ。

「洋ちゃん、大丈夫よ。もう大丈夫……おばあちゃまがいるから、何も怖くないわ」

 ところが、白江さんはあの悲劇は知るはずもないのに、まるで全てを知っているかの如く、洋を慈悲深く包み込んでくれた。
 
 その姿に感動した。

 洋は祖母に心から慈しまれている。

 洋の傷を癒やしてくれる人が、ここにもいる。

 そう考えると、嬉しくて、有り難くて、胸が切なく震えた。

 洋も白江さんに素直に心を開いていく。

「おばあ様、俺は不安です。こんな俺が診療所で患者さんと接することが出来るか」

 白江さんは洋の震える指先を、施されたばかりの刺繍へ導いてくれた。

「洋ちゃんは愛された人だから、愛を知っているの。だから愛を持って人と接することが出来るのよ」

 洋の弱音に切なくなり、祖母の偉大さに感動し、同時に自分が恥ずかしくなった。

 私は洋の不安に気付けず、診療所を開院した暁には、四六時中、洋と一緒にいられると浮かれるばかりだった。

 白江さんの言葉に感動した。

『洋は愛された人だから愛を知っている』

 全くその通りだ。

 私は洋を深く強く愛している。

 ようやくこの世で巡り逢えた、永遠の恋人だから。

 そして洋を大切にするのは、私だけではない。

 幼馴染みの安志くんと従兄弟の涼くん。

 涼くんのご両親も洋を受け入れている。

 月影寺の私の二人の兄も、洋を末っ子として溺愛している。

 小森くんと菅野くんは、洋と絡むのが好きだし、瑞樹くんという親友も出来た。

 ソウルにいる優也さんとkaiも洋の味方だ。

 見渡せば、いつの間にかこんなにも大勢の人に洋は囲まれて、愛されるようになった。

 私たちは最初は二人きりだった。

 孤独を好む男同士惹かれた部分もある。

 孤独を分かち合ったら、世界が広がったのだ。



 遠い昔、私は願った。

 私の愛しい人。
 
 それはヨウ将軍であったり、洋月の君であったり、夕凪でもあった。

 孤独の中に佇む人に、届けたいものがあった。

 君が再び家族の中で安心して暮らせますように。
 
 彼には家族が既にいなかったから、祖父母、両親、兄弟のような存在を身近に感じて欲しいと願っていたのだ。

 そして優しく歩み寄ってくれる友と、背伸びせず、年相応の屈託のない笑顔を浮かべて欲しいとも願った。

 こうやって夢は叶えられていくのか。

 今日、ここに来て良かった。

 また一つ願いが成就する瞬間を見届けることが出来た。

 洋、準備はいいか。

 前へ進むぞ。

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