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17章
月光の岬、光の矢 16
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丈の車を見送くると、小森が俺が放り投げた箒を拾い上げた。
「流さん、この箒お借りしてもよろしいですか。僕、このまま階段の落ち葉を掃いておきます」
「気が利くな、任せたよ」
「小森くん、あとで一緒におやつを食べようね。君の分もあるからね。さっきは貴重な携帯あんこを洋に持たせてくれてありがとう」
「えへへ、洋さんとはお友達ですから」
場が和んだところで、俺と翠はゆっくりと山門へ続く階段をあがった。
俺の前を歩く翠の背中……少し覇気がない気がする。
気のせいか。
いや、気のせいではない。
俺の心は翠の心を映すので、分かる。
「翠、少し庭を歩こう」
「あ、うん……」
「どうした? 少し沈んでいるだろう」
「あ、うん……行ってしまったなぁと……」
洋の愛猫ルナを抱きしめながら、翠が寂しそうに微笑んだ。
「翠には俺がいるだろう」
たまらず、俺は翠の背中を優しく抱き寄せた。
「それに、二人は必ずここに戻ってくるさ。あいつらのホームはここだ」
しかし……翠は自信なさそうに、首を横に振る。
「だが由比ヶ浜の診療所が開院したら、向こうに移り住んでしまうかも。あ、すまない、僕としたことが……こんなマイナス思考では良くないね。輝かしい未来に向かって走り出す二人を、笑顔で送り出したいのに」
「そう心配すんなって。そのことなら、丈はここから由比ヶ浜に通うと言っていたぞ。何しろ月影寺の離れはあいつらの愛の巣だし、通勤時間も楽しみたいんだとさ。全くいつまでも新婚気分だな」
「そうなの?」
「あぁ、そうだ。だから、皆ここにいる。翠の傍にいる」
断言してやれば、途端に翠の顔が血色良くなる。
翠はこんなに感情を露わにする人間だったろうか。
こうやって今までなら呑み込んでいた台詞を、俺には吐けるようになったんだな。
そのことが嬉しい。
翠が、いつも一人で何もかも抱え込み苦しんできたのを知っているからこそ、これからが俺と分かち合って欲しいと願っている。
苦しみも悲しみも、すべてだ。
「翠には俺がいる。俺が四六時中つきまとってやる」
「ふっ……うん、僕はそれがいい」
俺たちには、洋のように全てを受け入れてくれる祖母は、この世にいない。
両親には全てを話さない。
薄々気づかれているかもしれないが、生涯隠し通す。
それは二人で決めたことだ。
足りない分は俺が全部補充する。
四方八方に手を伸ばし、翠を全身全霊で守る――
翠が月影寺に結界を張るように、俺は俺たちの周りに結界を張るから大丈夫だ。
「流、行こう」
「あぁ」
翠が背筋を正して歩き出したので、俺も歩き出す。
二人の呼吸が揃っていく。
秘めやかな恋は月影寺に埋める覚悟だ。
****
白金の『カフェ月湖』の駐車場に入ろうとすると、白いパラソルをさした老婦人と、シルバーグレイの紳士がこちらに向かって来るのが見えた。
「洋、おばあ様のお出迎えだ。私は車を停めてくるから、先に下りろ」
「いいのか」
「当たり前だ、さぁ早く行け」
「あぁ、丈、ありがとう。お前はいい男だ」
洋が嬉しそうに微笑む。
硬派な印象が強い男だが、微笑むと天使のようになる。
その印象は、最初から変わらない。
テラスハウスに洋が突然やってきた夜、そっと部屋を覗き見したのを思い出した。
洋は無愛想な態度を取った後、部屋に籠もって出てこなかった。
私は医師という職業柄、どうしても気になってドアを開けてしまった。
あの時の衝撃は、今も鮮明に胸に焼き付いたままだ。
洋は洋服を着たままベッドに横たわっていた。女と見まごう程の美しさ。長い睫毛を伏せ、安心した表情でぐっすりと眠っていた。その姿は……まるで天使が羽を休ませているかのようで、どこまでも清らかな静寂を身に纏っていた。
どこか懐かしいような 、どこかで逢ったような ……
胸をぎゅっと締め付けられ、一瞬たりとも目が離せなかった。
その理由が全て解明されても尚、私は洋の魅力に釘付けだ。
「流さん、この箒お借りしてもよろしいですか。僕、このまま階段の落ち葉を掃いておきます」
「気が利くな、任せたよ」
「小森くん、あとで一緒におやつを食べようね。君の分もあるからね。さっきは貴重な携帯あんこを洋に持たせてくれてありがとう」
「えへへ、洋さんとはお友達ですから」
場が和んだところで、俺と翠はゆっくりと山門へ続く階段をあがった。
俺の前を歩く翠の背中……少し覇気がない気がする。
気のせいか。
いや、気のせいではない。
俺の心は翠の心を映すので、分かる。
「翠、少し庭を歩こう」
「あ、うん……」
「どうした? 少し沈んでいるだろう」
「あ、うん……行ってしまったなぁと……」
洋の愛猫ルナを抱きしめながら、翠が寂しそうに微笑んだ。
「翠には俺がいるだろう」
たまらず、俺は翠の背中を優しく抱き寄せた。
「それに、二人は必ずここに戻ってくるさ。あいつらのホームはここだ」
しかし……翠は自信なさそうに、首を横に振る。
「だが由比ヶ浜の診療所が開院したら、向こうに移り住んでしまうかも。あ、すまない、僕としたことが……こんなマイナス思考では良くないね。輝かしい未来に向かって走り出す二人を、笑顔で送り出したいのに」
「そう心配すんなって。そのことなら、丈はここから由比ヶ浜に通うと言っていたぞ。何しろ月影寺の離れはあいつらの愛の巣だし、通勤時間も楽しみたいんだとさ。全くいつまでも新婚気分だな」
「そうなの?」
「あぁ、そうだ。だから、皆ここにいる。翠の傍にいる」
断言してやれば、途端に翠の顔が血色良くなる。
翠はこんなに感情を露わにする人間だったろうか。
こうやって今までなら呑み込んでいた台詞を、俺には吐けるようになったんだな。
そのことが嬉しい。
翠が、いつも一人で何もかも抱え込み苦しんできたのを知っているからこそ、これからが俺と分かち合って欲しいと願っている。
苦しみも悲しみも、すべてだ。
「翠には俺がいる。俺が四六時中つきまとってやる」
「ふっ……うん、僕はそれがいい」
俺たちには、洋のように全てを受け入れてくれる祖母は、この世にいない。
両親には全てを話さない。
薄々気づかれているかもしれないが、生涯隠し通す。
それは二人で決めたことだ。
足りない分は俺が全部補充する。
四方八方に手を伸ばし、翠を全身全霊で守る――
翠が月影寺に結界を張るように、俺は俺たちの周りに結界を張るから大丈夫だ。
「流、行こう」
「あぁ」
翠が背筋を正して歩き出したので、俺も歩き出す。
二人の呼吸が揃っていく。
秘めやかな恋は月影寺に埋める覚悟だ。
****
白金の『カフェ月湖』の駐車場に入ろうとすると、白いパラソルをさした老婦人と、シルバーグレイの紳士がこちらに向かって来るのが見えた。
「洋、おばあ様のお出迎えだ。私は車を停めてくるから、先に下りろ」
「いいのか」
「当たり前だ、さぁ早く行け」
「あぁ、丈、ありがとう。お前はいい男だ」
洋が嬉しそうに微笑む。
硬派な印象が強い男だが、微笑むと天使のようになる。
その印象は、最初から変わらない。
テラスハウスに洋が突然やってきた夜、そっと部屋を覗き見したのを思い出した。
洋は無愛想な態度を取った後、部屋に籠もって出てこなかった。
私は医師という職業柄、どうしても気になってドアを開けてしまった。
あの時の衝撃は、今も鮮明に胸に焼き付いたままだ。
洋は洋服を着たままベッドに横たわっていた。女と見まごう程の美しさ。長い睫毛を伏せ、安心した表情でぐっすりと眠っていた。その姿は……まるで天使が羽を休ませているかのようで、どこまでも清らかな静寂を身に纏っていた。
どこか懐かしいような 、どこかで逢ったような ……
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