重なる月

志生帆 海

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17章

月光の岬、光の矢 15

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 月影寺には人の温もりがある。
 
 優しさが滲み出ている。

 さっきは、少しだけこの温室から出るのが怖くなったが、もう大丈夫だ。

 いざ出掛けようとすると、ルナが飛び出してきた。

 俺の足に甘えるようにまとわりついて離れない。

 そうだ、すっかりルナのことを忘れていた。

「ルナも今日は一緒に行けそうか」
「ニャー、ニャ」

 ルナは首を横に振る。

 まるで俺の言葉が分かっているようだ。

 ルナは月影寺が大好きなので、外に出たがらない。

 まるで俺みたいだ。

 そのまま翠さんの足下にゴロンと横たわったので、蕩けるような笑顔でルナを抱き上げてくれた。

 翠さんの袈裟に埋もれるルナの様子に安堵した。

 ルナは翠さんにも、相変わらずよく懐いている。

 お前にもそこが安全な場所だと分かるのだな。

「洋くん、ルナのことは僕に任せて楽しんでおいで」
「そうだそうだ、二人きりのデートを楽しんでこいよ」
「洋さんにはあんこちゃんという味方がいますよ」

 翠さん、流さん、小森くん、ありがとう。

 三者三様の送り出しに、丈と俺は顔を見合わて笑った。

 丈、俺たちは、今まで、こんなに自然に笑えたか。

 いつもピリピリと張り詰めて、二人だけの世界で生きていた。

 丈は孤高の人だった。

 俺は孤独な男だった。





 車は流れるように東京へ走り出す。

 丈の気分も上々なのが、黙っていても伝わってきた。

 俺もシートに身体を預け、ラジオから流れる軽やかなポップスに耳を傾け、車窓を楽しんだ。

「洋が東京へ行くのは久しぶりだな」
「そうだな。ここの所、月影寺に閉じこもっていたからな」
「あの日……洋のおばあ様の計らいでホテルの特別室に泊まったのを思い出したよ。あの時の洋は壮絶に色っぽかった」
「おい、朝から変な想像するなよ」
「ふっ……照れているのか。頬が赤いぞ」

 普段と違うシチュエーションで抱かれ、散々乱れたのを思い出していた。

 俺は生涯で何度、お前に抱かれるのだろうな。

 過去を遡れば、数え切れない程の孤独な夜を味わった。
 
 来る日も来る日も、枕を濡らして……
 
 果てしない切なさと悲しみを背負って、俺は生まれ変わったのだ。

「何度でも、俺はお前と一つになるよ」
「ありがとう。洋は私の心の渇きを満たしてくれる存在だ」


****

 今日は洋ちゃんが遊びに来てくれる日なの。

 私は朝からずっと、そわそわと落ち着かないわ。

 ティールームでは、白いテーブルクロスにお紅茶を零したり、スコーンを床に転がしたりと失敗ばかりよ。

「あらやだ」

 そこに雪也さんがやってきて、やれやれと苦笑されてしまった。

「白江さん、少し落ち着いてください」
「雪也さん、だって、もうすぐ可愛い孫とハンサムな彼氏さんが遊びにきてくれるのよ」

 私はロケットペンダントの中の洋ちゃんの写真を、雪也さんに自慢げに見せてあげた。

「ふっ、確かにその通りですね」
「雪也さん、洋ちゃんのお相手は、海里先生のように立派なお医者様なのよ」
「はい。存じておりますよ」

 そのまま、古びた写真立ての海里先生と柊一さんを二人で見つめた。

「私は、彼に会うと、昔を思い出して心が躍り出すの」
「古き良き時代でしたからね」
「ねぇ、あの由比ヶ浜の別荘に、夏休みに皆で泊まりに行ったことを覚えている?」
「えぇ、海里先生に兄様、テツに桂人もいましたね。みんなで海水浴をして、楽しい夏休みでした」
「楽しかったわね。あのね、きっともうすぐ開院されるのよ。その時は私たちも瑠衣の家に行って様子を覗きたいわね」
「白江さんは面白いお方ですね。覗き見なんてしなくても、ちゃんと招待されますよ。開院のお披露目パーティーには」

 雪也さんと楽しくお喋りをしていると、洋ちゃんが乗った車が到着した。

 この歳になって出来た私の楽しみは、孫の成長を見ること。

 洋ちゃん、会いたかったわ!


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