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17章
月光の岬、光の矢 10
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「もちろんよ」
「失礼致します」
扉が開くと、想像通り、瑠衣が背筋を伸ばして立っていた。
瑠衣は若い頃に真向かいの冬郷家の執事として雇われ、柊一さんと雪也さんを育て、英国に旅立ったノーブルな人。
どんなに歳をとっても、彼の気高さはそのままだわ。
「瑠衣、久しぶりね」
「はい、アーサーと一緒に里帰りしました。海里の命日が近いですので」
「そうだったわね。二人はいつも一緒ね。いつまでも一緒にいてね」
「……海里の分まで、生きたいです」
「そうよね。あの二人は早過ぎたわ」
瑠衣は美しい黒い瞳を潤ませていた。
「本当に、あっけなかったです。そうだ、白江さんに英国で良いものを手に入れたので、お土産です」
「まぁ、刺繍糸ね。とても美しいわ」
それは、まるで月光のような控えめな輝きを放つ金と銀の刺繍糸だった。
「これは『ゴールドワーク』と言って、ヨーロッパの王室や教会の装飾で使われている、金と銀の格調高い刺繍をする時に使われるものです。白江さんは刺繍がお得意で、海里の白衣にはいつも白江さんの刺繍が施されていましたよね。懐かしいです」
「そうね、いつも私が名前を刺繍してあげたのよ。最近は……丈さんにもしてあげたわ」
瑠衣がふと首を傾げる。
「あら、覚えていない? 由比ヶ浜の海里さんの診療所を継いで下さる人よ。私の孫のお相手」
「あぁ、あの方ですか。海辺で思わず海里が戻ってきたかと思って駆け寄ってしまったことが……」
「そんなことがあったのね」
そんな話をしていたら、無性に可愛い孫に会いたくなったわ。
洋ちゃん、今、何をしているの?
最近、音沙汰がなくて、おばあちゃま少し寂しいわ。
やっと繋がった大切なご縁。
娘に出来なかったことをしてあげたくて、親より早く逝ってしまった娘の身代わりにするつもりはないのに、つい、あなたに夕を重ねてしまって……
洋ちゃんに悲しい思いをさせていないか、急に心配になったわ。
何か、きっかけが欲しいわ。
診療所の開業はもうそろそろ?
また会いに行ったら駄目かしら?
一度考え出すと、会いたい気持ちが止まらなくなるわ。
「そうだわ!」
手元の刺繍糸を見て、いいことを思いついた。
「瑠衣、この刺繍糸は白衣にも映えそうね」
「そうですね。控えめな金と銀でよろしいかも。月のモチーフなども似合いそうです」
「それよ! 診療所にはロゴが必要よね」
「はい、あった方がよろしいかと思います」
瑠衣の冷静な決断力が大好きよ。
「白江さん、どうぞお掛け下さい」
すっと、瑠衣が携帯電話を渡してくれた。
「まぁ、流石ね」
「今は良い時代ですね。僕の時代はいつも手紙でした」
「英国と日本を手紙が行き来したのね」
「えぇ」
****
「これが俺の制服か……」
そう思うと、胸が高鳴る。
丈のクローゼットにかけてある白衣と並べてみると、今度は胸がときめいた。
ずっとこんな日を待ち侘びていた。
過去の俺たちの叶えられなかった夢は、全部回収していこう。
もう俺たちは離れないのだから。
さてと、制服が届いたことだし、丈の助言通り、おばあ様に連絡してみよう。
俺の制服に刺繍をして欲しい。
そう素直に甘えてみよう。
頼んでみよう。
こんな風に身内の女性に甘えるのは久しぶりで緊張するな。
ふと母が生きていた頃を思い出す。
お姫様のような母は、俺を小さな王子様のように大切に育ててくれた。
母も刺繍が上手で、小さな刺繍をよく衣類にしてくれた。
俺は昔から天空が好きで、星や月のモチーフを「ここにもつけて」とよく強請っていた。
優しい母の記憶に背中を押してもらい、おばあ様へ電話をかけた。
「失礼致します」
扉が開くと、想像通り、瑠衣が背筋を伸ばして立っていた。
瑠衣は若い頃に真向かいの冬郷家の執事として雇われ、柊一さんと雪也さんを育て、英国に旅立ったノーブルな人。
どんなに歳をとっても、彼の気高さはそのままだわ。
「瑠衣、久しぶりね」
「はい、アーサーと一緒に里帰りしました。海里の命日が近いですので」
「そうだったわね。二人はいつも一緒ね。いつまでも一緒にいてね」
「……海里の分まで、生きたいです」
「そうよね。あの二人は早過ぎたわ」
瑠衣は美しい黒い瞳を潤ませていた。
「本当に、あっけなかったです。そうだ、白江さんに英国で良いものを手に入れたので、お土産です」
「まぁ、刺繍糸ね。とても美しいわ」
それは、まるで月光のような控えめな輝きを放つ金と銀の刺繍糸だった。
「これは『ゴールドワーク』と言って、ヨーロッパの王室や教会の装飾で使われている、金と銀の格調高い刺繍をする時に使われるものです。白江さんは刺繍がお得意で、海里の白衣にはいつも白江さんの刺繍が施されていましたよね。懐かしいです」
「そうね、いつも私が名前を刺繍してあげたのよ。最近は……丈さんにもしてあげたわ」
瑠衣がふと首を傾げる。
「あら、覚えていない? 由比ヶ浜の海里さんの診療所を継いで下さる人よ。私の孫のお相手」
「あぁ、あの方ですか。海辺で思わず海里が戻ってきたかと思って駆け寄ってしまったことが……」
「そんなことがあったのね」
そんな話をしていたら、無性に可愛い孫に会いたくなったわ。
洋ちゃん、今、何をしているの?
最近、音沙汰がなくて、おばあちゃま少し寂しいわ。
やっと繋がった大切なご縁。
娘に出来なかったことをしてあげたくて、親より早く逝ってしまった娘の身代わりにするつもりはないのに、つい、あなたに夕を重ねてしまって……
洋ちゃんに悲しい思いをさせていないか、急に心配になったわ。
何か、きっかけが欲しいわ。
診療所の開業はもうそろそろ?
また会いに行ったら駄目かしら?
一度考え出すと、会いたい気持ちが止まらなくなるわ。
「そうだわ!」
手元の刺繍糸を見て、いいことを思いついた。
「瑠衣、この刺繍糸は白衣にも映えそうね」
「そうですね。控えめな金と銀でよろしいかも。月のモチーフなども似合いそうです」
「それよ! 診療所にはロゴが必要よね」
「はい、あった方がよろしいかと思います」
瑠衣の冷静な決断力が大好きよ。
「白江さん、どうぞお掛け下さい」
すっと、瑠衣が携帯電話を渡してくれた。
「まぁ、流石ね」
「今は良い時代ですね。僕の時代はいつも手紙でした」
「英国と日本を手紙が行き来したのね」
「えぇ」
****
「これが俺の制服か……」
そう思うと、胸が高鳴る。
丈のクローゼットにかけてある白衣と並べてみると、今度は胸がときめいた。
ずっとこんな日を待ち侘びていた。
過去の俺たちの叶えられなかった夢は、全部回収していこう。
もう俺たちは離れないのだから。
さてと、制服が届いたことだし、丈の助言通り、おばあ様に連絡してみよう。
俺の制服に刺繍をして欲しい。
そう素直に甘えてみよう。
頼んでみよう。
こんな風に身内の女性に甘えるのは久しぶりで緊張するな。
ふと母が生きていた頃を思い出す。
お姫様のような母は、俺を小さな王子様のように大切に育ててくれた。
母も刺繍が上手で、小さな刺繍をよく衣類にしてくれた。
俺は昔から天空が好きで、星や月のモチーフを「ここにもつけて」とよく強請っていた。
優しい母の記憶に背中を押してもらい、おばあ様へ電話をかけた。
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