重なる月

志生帆 海

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17章

月光の岬、光の矢 8

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 風呂上がりに髪の毛を乾かしていると、丈が呼びにきた。

「洋、ちょっといいか」

 おいおい、ポーカーフェイスを装っているつもりだろうが、感情がダダ漏れだぞ。普段は冷静沈着で感情を露わにしない男なのに、明らかに浮き足立っている。

 まぁ、そんなお前も嫌いじゃないが。

「どうした?」
「洋、今日、決めてしまおう」

 書斎で仕事をしていたのかと思いきや、熱心に制服選びをしていたのか。

「俺の制服のことか」
「そうだ、早い方がいい」
「ふっ、そう焦るな。まだ開院まで時間はあるだろう」
「いや、そうでもない。洋の制服に刺繍をしてもらう時間が必要だから」
「え?」

 丈が海里先生の白衣を譲り受けた時、俺の祖母が名前を刺繍してくれたことを、思い出した。

「俺はいいよ」
「いや、洋のも入れてもらおう。きっとおばあさまも喜ぶぞ」
「……そうかな?」
「おばあさまもそろそろ洋に会いたいだろうし、次の週末に制服を持って遊びに行くのはどうだ?」

 東京の白金に住んでいる祖母は、血のつながりの濃い大切な存在だ。

 なのに……

 用がないのに会いに行くことがなかなか出来ず、最近は足が遠のいてしまっていた。おばあさまの方は不意打ちで月影寺に遊びにいらして下さるのに……

 全く俺は相変わらず不器用だ。

 手先だけでなく、人間関係に関しても不器用で不甲斐ない。

 幼い頃から閉鎖的な世界にいたせいなのか。

 もっと素直に甘えられたら良いのに……

「洋? どうした? また余計なことを考えていたな」
「ふっ、丈には何でもお見通しだな」
「何年一緒にいると? 強がりな洋の傍に」

 ふと遠い昔の記憶が蘇ってくる。

 俺がヨウと呼ばれていた頃の切ない記憶の断片が。

 王様に仕える武官だった俺は、重たい鎧にあらゆる感情を隠し、弱みを見せることもなく、ひたすら耐えていた。本当は少年のような硝子のような心を持ち合わせていたのに、誰にも見せられずに堪えていた。

 そんなヨウが唯一心許せたのが、医官のジョウだった。

 怪我をした時も、心が寂しい時も、ジョウはいつも無言で肩を貸してくれた。

「幾千万の時を超えて、俺たちは一緒にいるんだな」
「そうだ、私はいつでも洋に肩を貸す存在でありたい」
「丈は今も昔もいい男だ」
「この世では、少し人の影響を受けて妙な男になってしまったが」
「はは、自分で言うのか。あのさ、それって宗吾さんのことか」
「彼はいいな。小さな悩みが吹っ飛ぶ存在だ。大きくて広い心の持ち主に感化されるのは悪くない。洋が瑞樹くんと出逢ってくれたお陰で、縁が広がったな」
「出逢いって、すごいな。人生を左右するほどのものなんだな」
「その通りだ」

 丈が俺の腰に手をまわして、抱き寄せた。

 胸板がぶつかると、お互い同じボディソープ、シャンプーを使っているので、匂いが重なって、ぐっと濃厚になる。甘い雰囲気になっていく。

「一番の出逢いは、丈だ。お前と出会って俺は……幸せになれた」
「洋、ありがとう。私もだ。孤独から抜け出せたのは洋のお陰だ」



 その晩、一度抱き合ってから、ベッドの中で一緒に制服のカタログを見た。

 俺が選んだのは、丈を引き立たせるシンプルなもの。

 おばあさまの刺繍が似合う、スタンダードだもの。

 来週……久しぶりにおばあさまに会える。

 とても楽しみだ。
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