重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,592 / 1,657
17章

月光の岬、光の矢 6

しおりを挟む
「しかし外見だけ整えても、中身が……」

 丈の開院は待ち遠しい。

 そこで一緒に働くのが夢だ。

 丈と一日中、一緒にいられる。

 それは俺の長年の夢だから。

 以前、医療系ライターを志して、丈の出張に同行したが、どうしても越えられない壁を感じてしまった。

 俺は医師でもないし、看護師でもない。

 そんな俺が、どこまで丈の診療所の手伝いを出来るのかは、正直分からない。

 その事が気がかりだった。

 丈は張り切って俺の制服を選ぼうとしているようだが……

 本当にいいのか。

 俺でいいのか。

 そんなことを自問自答していると……

「洋さんなら絶対に最強のサポーターになれるさ!」
「……薙くん」
「やってみないと分からないだろ! もっと自信もって」

 薙くんが屈託のない笑顔を浮かべてくれると、本当にそうなれる気がした。

「ありがとう!」
「それ、運ぶの手伝えなくてごめん」
「とんでもないよ。これを一旦部屋に置いてくるよ」
「了解。オレも部屋に戻るよ…早起きして眠くなってきた」

 カタログの山をなんとか離れに運び、丈の机の上にドサっと置いた。

 10冊近くあったぞ。

 まさかこれ全部『ナースウェア・看護師白衣カタログ』じゃないよな?

 もしそうだったら、丈、お前は宗吾さんを越えるヘンタイだ。

 封筒の差出人だけでは判断がつかないので、医学書や学会、セミナーの資料だということにしておこう。

 ふと、さっき破れたカタログに目が止まった。

 ちょっと予習しておくか。

 広いベッドに横たわり、パラパラとページを捲ると、男性用の看護師ウェアの種類は、想像以上に豊富だと分かった。

「へぇ、かっこいいな」

 フランスの歴史あるスポーツブランドのメディカルウエアまである。

『スポーツブランドで培った無駄のない美しいシルエットで、着る人に品格を与え……』

 白衣の丈の横に立つ自分を想像して、夢が膨らんだ。

 母が亡くなってから丈と出逢うまで、ずっと夢も希望もない人生だった。

 義父との地獄のような日々から抜け出す術を探す気力もなく、全てを諦めていた。

 そんな俺が、今は最愛の人との未来を思い描き、衣装選びをしているなんて。

 丈、カタログを頼んでくれて、ありがとうな。

 お前は俺に夢を見させてくれる男だ。


****

  ふぅ、危ない所だった。

 息子の前で惚気る所だった。

 火照った頬を冷まそうと、手でパタパタと扇ぎながら、足早に本堂に戻った。

 結界が緩むことないよう、気を引き締めねば。

 だが同時に、息子と流と末の弟と、砕けた朗らかな時間を過ごせていることが、嬉しかった。
 
 丈は間もなく診療所を開院するようだ。

 ここから二人が共に働きに出る姿を見送り、1日中働いて疲れ果てた二人を迎えることが出来るのだ。

 そう思うと、また気が引き締まる。

 季節はもう間もなく7月を迎えようとしている。

 丈と洋くんの結婚記念日もやってくる。

 今の僕には、明るい未来しか見えない。

「おーい、翠、これを見てくれよ」

 流が嬉しそうに僕を呼ぶ。

 やんちゃ時代と変わらぬテンションに、僕の頬も緩む。
 
 流はいつまでもそのままでいろ。

 そう心の中で念じよう。

 それほどまでに、僕は流の豪快さ、快活な性格を気に入っている。

「どうしたの?」
「庭の紫陽花で、花手水を作ってみたんだ」
 
 花手水《はなちょうず》とは、参拝前に手や身を清める手水舎にある、手水鉢の中に、花を浮かべた物だ。

 月影寺の普段は質素な手水舎が、一気に幻想的になっていた。

 青や薄紫の紫陽花が涼しげで、とても美しい。

「タイトルは『翠風』だ」
「え?」
「翠の凜とした雰囲気を写し取ったのさ」
「恥ずかしいよ」
「んなんことない。翠の美しさは天下一品だ」
「流って……重度のブラコンだよね」
「ずるいぞ。こんな時に兄の顔をするのか」
「え……いや」
「愛しい恋人に向けて作ったんだ」
「ありがとう」

 そうか、僕たちは、もう素直になっていいのか。

 それだけの場所を築き上げたのだから。


しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...