重なる月

志生帆 海

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17章

月光の岬、光の矢 6

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「しかし外見だけ整えても、中身が……」

 丈の開院は待ち遠しい。

 そこで一緒に働くのが夢だ。

 丈と一日中、一緒にいられる。

 それは俺の長年の夢だから。

 以前、医療系ライターを志して、丈の出張に同行したが、どうしても越えられない壁を感じてしまった。

 俺は医師でもないし、看護師でもない。

 そんな俺が、どこまで丈の診療所の手伝いを出来るのかは、正直分からない。

 その事が気がかりだった。

 丈は張り切って俺の制服を選ぼうとしているようだが……

 本当にいいのか。

 俺でいいのか。

 そんなことを自問自答していると……

「洋さんなら絶対に最強のサポーターになれるさ!」
「……薙くん」
「やってみないと分からないだろ! もっと自信もって」

 薙くんが屈託のない笑顔を浮かべてくれると、本当にそうなれる気がした。

「ありがとう!」
「それ、運ぶの手伝えなくてごめん」
「とんでもないよ。これを一旦部屋に置いてくるよ」
「了解。オレも部屋に戻るよ…早起きして眠くなってきた」

 カタログの山をなんとか離れに運び、丈の机の上にドサっと置いた。

 10冊近くあったぞ。

 まさかこれ全部『ナースウェア・看護師白衣カタログ』じゃないよな?

 もしそうだったら、丈、お前は宗吾さんを越えるヘンタイだ。

 封筒の差出人だけでは判断がつかないので、医学書や学会、セミナーの資料だということにしておこう。

 ふと、さっき破れたカタログに目が止まった。

 ちょっと予習しておくか。

 広いベッドに横たわり、パラパラとページを捲ると、男性用の看護師ウェアの種類は、想像以上に豊富だと分かった。

「へぇ、かっこいいな」

 フランスの歴史あるスポーツブランドのメディカルウエアまである。

『スポーツブランドで培った無駄のない美しいシルエットで、着る人に品格を与え……』

 白衣の丈の横に立つ自分を想像して、夢が膨らんだ。

 母が亡くなってから丈と出逢うまで、ずっと夢も希望もない人生だった。

 義父との地獄のような日々から抜け出す術を探す気力もなく、全てを諦めていた。

 そんな俺が、今は最愛の人との未来を思い描き、衣装選びをしているなんて。

 丈、カタログを頼んでくれて、ありがとうな。

 お前は俺に夢を見させてくれる男だ。


****

  ふぅ、危ない所だった。

 息子の前で惚気る所だった。

 火照った頬を冷まそうと、手でパタパタと扇ぎながら、足早に本堂に戻った。

 結界が緩むことないよう、気を引き締めねば。

 だが同時に、息子と流と末の弟と、砕けた朗らかな時間を過ごせていることが、嬉しかった。
 
 丈は間もなく診療所を開院するようだ。

 ここから二人が共に働きに出る姿を見送り、1日中働いて疲れ果てた二人を迎えることが出来るのだ。

 そう思うと、また気が引き締まる。

 季節はもう間もなく7月を迎えようとしている。

 丈と洋くんの結婚記念日もやってくる。

 今の僕には、明るい未来しか見えない。

「おーい、翠、これを見てくれよ」

 流が嬉しそうに僕を呼ぶ。

 やんちゃ時代と変わらぬテンションに、僕の頬も緩む。
 
 流はいつまでもそのままでいろ。

 そう心の中で念じよう。

 それほどまでに、僕は流の豪快さ、快活な性格を気に入っている。

「どうしたの?」
「庭の紫陽花で、花手水を作ってみたんだ」
 
 花手水《はなちょうず》とは、参拝前に手や身を清める手水舎にある、手水鉢の中に、花を浮かべた物だ。

 月影寺の普段は質素な手水舎が、一気に幻想的になっていた。

 青や薄紫の紫陽花が涼しげで、とても美しい。

「タイトルは『翠風』だ」
「え?」
「翠の凜とした雰囲気を写し取ったのさ」
「恥ずかしいよ」
「んなんことない。翠の美しさは天下一品だ」
「流って……重度のブラコンだよね」
「ずるいぞ。こんな時に兄の顔をするのか」
「え……いや」
「愛しい恋人に向けて作ったんだ」
「ありがとう」

 そうか、僕たちは、もう素直になっていいのか。

 それだけの場所を築き上げたのだから。


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