重なる月

志生帆 海

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17章

月光の岬、光の矢 5

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「流、そこにいるの?」
「おぉ、翠! ここにいる!」

 流さんと薙くんと俺とで、裸の付き合いをしていると、脱衣場から涼やかな声が届いた。

「そこは風呂場だけど、こんな時間に何をしているんだ?」
「朝っぱらから、泥だらけのわんぱく小僧どもを捕まえたんだ」
「どれ?」

 翠さんがひょいと綺麗な顔を覗かせた。

 そしてふっと表情を緩めた。

 こういう時の翠さんは父親らしい顔をしている。

「なるほど、あぁ、そういうことか。これはまた派手に汚したね」
「父さん、ごめん! でも怪我してないから安心して」
「うん、それなら良かったよ」

 父親モードの翠さんと薙くんの会話にほっこりする。

 しかし……わんぱく小僧って?

 それに、まさか俺も入っているのか。

 生まれてからこの方、そんな風に形容されたことはないぞ?

 それが新鮮で、ふっと笑うと、流さんと目が合った。

「洋は表情がぐっと明るくなったな。お前は笑っていた方がずっと可愛い」
「えっ……」

 そんな風に面と向かって言われても、俺には気の利いた返し言葉が浮かばない。

 参ったな。 

 丈、こういう時、俺はどう反応したらいい?

 いや、待てよ。

 お前に聞いても無駄か。

 お前と俺はよく似ているから。

「くくく、流さん、それ、丈さんに殺されそうな口説き文句だよ」

 薙くんに冷やかされた。

「ん? そうか、俺、今口説いていたか」

 一方、翠さんは余裕の笑みだ。

「くすっ、流はそんなことしないよ。なぜなら……あっ、いや、その……何でもない。お勤めに戻るよ」

 翠さんはまるで瑞樹くんのように墓穴を掘りそうになって、そそくさと出ていった。

 こういう可愛らしい所が、流さんのツボなのだろう。

 案の定、流さんの顔の締まりは……なくなっていた。

「なんか、オレの父さんの行動って……はずい」
「う、うん、はずいな」
「だよな」

 どちらかというと俺は薙くんよりだ。

 可愛い弟のような気分で、また気持ちが上がった。



 風呂上がりに、念入りの薙くんのギブスの水気を取って綺麗にしてあげていると、廊下から苦しそうな声がした。

「うう……うううう……うんとこしょ! どっこいしょ」
「なんだ? なんだ?」

 薙くんと顔を見合わせて廊下を覗くと、山のような荷物を抱えた小坊主さんがよろよろと歩いていた。

「小森くん? どうした? その荷物は一体……」
「ううう、洋さんはどこですかー」
「俺はここだ」
「よかったです。あー ざっと見積もって、おまんじゅうの100個分の重さでしたよ。あー これがおまんじゅうなら軽々なんですが……ただの郵便じゃ……萌えませんねぇ」
「はぁ?」
「これ、ぜーんぶ、丈さん宛てなので、お預かり下さい」
「うん?」

 ドサッと渡されたのは、重たい冊子が入った郵便物だった。

「へぇ、これ全部丈さん宛て? お医者さんってすごいんだな。学会の資料とか? オレも持つの手伝うよ」
「いや、薙くんは松葉杖をつかないとならないから、俺が持つよ」
「でも少しは持てるよ。あっ……」

 引っ張りあったら、その表紙に封筒が破けて、冊子がドサッと床に落ちた。

「ごめん!」
「いや、大丈夫だ」

 拾い上げて、二人で目が点になった。

『ナースウェア・看護師白衣カタログ』

「えっと……あぁ、そっか、洋さんの制服?」
「そ、そうだね、男性物もあるから」
「わかってるって、コスプレじゃあるまいし」
「ははっ」

 苦笑するしかなかった。

 丈らしいというか、なんというか。

 間違ってもナース服を注文しないように見張っておこう。

 あいつは真面目そうに見えて、宗吾さんと張る……ヘンタイだからな。
 
 俺限定で……

「洋さん、なんか惚気たそうな顔してるよ」
「え? いや、そんな」



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