重なる月

志生帆 海

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16章

番外編 菅野×小森『春の嵐、その後で』

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前置き

こんにちは、志生帆海です! 
『重なる月』では、お久しぶりです。
今日桜を見たせいか、突然ですが春の番外編を書きたくなりました。イースターの話を今年は書けなかったので、『幸せな存在』とリレー形式の春のSSを書こうと思い立ちました。今日は『重なる月』で、続きは明日『幸せな存在』の番外編として更新します。

ちなみに『幸せな存在』の時間軸で、菅野くんと結ばれ、月影寺で暮らす小森風太です。(『こちらでは1年先の未来の話)

ちなみに翠と流が思い出す『あの嵐の日』とは『忍ぶれど』で直近に書いたシーンです。一緒に読まれると楽しい仕掛けです。↓
https://estar.jp/novels/26116829/viewer?page=218


****

 今年の桜の開花は、去年よりずっと遅かった。
 
 待ち遠しかった分だけ、昨日ようやく満開となった桜が愛しい。

 しかし今日は早朝からお花見日和とは程遠い悪天候に見舞われていた。

 これではせっかくの桜も無残に散ってしまうかもしれない。

 まだゆっくり流とお花見もしていないのに……

 朝の支度をしながら惜しむような心地で窓の外を眺めていると、水たまりをひょいひょいと飛び越えながら、蛇の目傘を差した作務衣姿の男が近づいてきた。
 
 あれは流だ。

 僕の流だ。 

「ふぅ~ 翠、もう起きていたのか。今日は朝から土砂降りだぞ」
「うん、春の嵐だね」
「強風で瓦が飛んでいないか見回ってきた所だ。そう言えば以前、丈と洋が仮住まいしていた部屋が酷い雨漏りで大変だったよな」
「あ……」

 あの日僕が取った大胆な行為を思い出し、カッと赤面してしまった。
 
 あの時は滝のような雨漏りを喰らい大変だった。

 びしょ濡れになった浴衣を丈と洋くんと流の前で潔く脱ごうとして、流を困らせてしまった。
 
 ふっ……あの時の僕は焦っていた。

 今なら分かる。

 僕が取った行動の全ての理由が――

「翠は俺の気も知らないで、やってくれたよな」
「あの時は……その……大きな岩を動かしたくなったんだ」
「……そうだな。翠の行動力に感謝しないとな。おかげで諦めていた世界が見えて来た。ずっと霞んでいた世界だったのに」

 話しながら、流が作務衣の上衣を突然バサッと豪快に脱ぎ捨てた。

「えっと……どうして、ここで流が脱ぐ?」
「傘を差していても風が強くて濡れたからさ。ほら、濡れた衣類は脱ぐべきだと、翠があの日教えてえくれたよな」
「あ……」

 流が僕を掻き抱き、首筋に唇を寄せてくる。

 流の地肌に直接頬が触れ、雨の匂いと一緒に流の雄々しい匂いも立ちこめてクラクラしてくる。

「あっ、こんな朝からダメだ」
「濡れて寒いよ。少し温めてくれないか」
「流は……最近狡い言い方をするようになった」
「ははっ、翠が朝から恋しくて」
「今度はストレート過ぎるよ」

 喉仏から鎖骨まで丹念に吸われて、身体が震えてしまう。

「んっ、んっ……駄目だ。小森くんに聞こえてしまう」
「なぁに、雨音が消してくれるさ!」
「ん……」

 そうか。
  
 そう言われると、僕の心のガードも緩んでいく。

 雷が轟く中、雨が吹き荒れる中、僕たちはぴたりと抱き合った。

 二人はもうどこにもいかない。
 
 どんな嵐がやってきても、ここにいる。

 二人で支え合って寄り添って愛し合っていく。





「えーん、えーん」

 何やら遠くから悲しげな声が聞こえる。
 
 空耳か……いや、そうではない。

「流、今、何か聞こえなかったか」
「なんだ?」
「えーん、大変ですよぅ~ 住職さまぁ~」
「この声は小森くんだ!」
「アイツ、どうしたんだ?」

 流と小森くんの部屋に急ぎ駆けつけると、あの日のように天井から大量に雨漏りして、部屋が水浸しになっていた。

 小森くんは寝間着姿でブルブルと震えている。

「やべっ、天井が朽ちていたのか。この部屋はまだリフォームしてなかったからなぁ」
「えーん、えーん、冷たいですよ。何もかもびしょ濡れですよぅ」
「よしよし、こちらへおいで」

 明かりをつけると小森くんの家財一式が、雨水に浸っていた。

 もちろん彼のお勤めの衣も全て。

「わわ、困りましたよぅ。今日着る服がありませんよう」
「うげ! 箪笥の中がプールだぞ、衣装は全滅だ」
「えーん、これでは大事なお勤めができませんよ」
「……困ったねぇ」
「ぐすっ、ぐすっ」
「あぁ泣かないで……あ、そうだ!」

 僕はふと思い出した。

 彼が15歳で月影寺にやって来た時に、初めて作った衣装を納戸に取って置いたことを。小さい頃の子供服を捨てられないのと同じ心境だった。

「おいで、まずはお風呂の入って暖まろう」
「はーい、ご住職さまの仰せのままに」
「翠、衣装なら俺が急ぎで作るぞ」
「いや、1着だけ無事だから、今日は大丈夫だよ。流はこの後檀家さんとの約束があるし」

 僕の部屋の箪笥から、いそいそと風呂敷に包んだ衣装を持って戻った。

 いざ着せてみると、丈がずいぶんと短くなっていた。

「どうかな?」
「わぁ、足が少しスースーしますね」
「そうだねぇ……今日だけだから我慢できるかな」
「はい!」
「いい子だね」

 そうか、いつの間にか小森くんも成長していたのだな。

 背丈も伸びて大人の身体に……えっと……なったのかな?

 まるでエンジェルズの仲間のような天真爛漫な笑顔が可愛らしいままだけど。

「小森くん『悪い事の後には良いことが待っている』と言うから、この先は良いことばかりだよ。だから元気をお出し」
「はい! きっと晴れますね」
「え? 晴れるの? こんな嵐なのに」
「はい、午後には青空は広がりますよぅ! 僕の心もピカピカに輝いています。住職さま……あの、あの……この衣装って僕がお寺で初めて作っていただいたものですよね。取っておいて下さったなんて感激です。僕を大事にして下さってありがとうございます。僕はここに来て良かったです」

 少し丈の短い衣装でくるりと舞う小森くん。

 君は月影寺の小坊主さん。

 僕の可愛い小坊主さんだよ。
 
 幸せにおなり――
 
 菅野くんと幸せになっていいんだよ。
 
 この寺の中で、君から生まれた幸せを育てておくれ。

 月影寺とはそういうお寺だよ。




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