重なる月

志生帆 海

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16章

2024年新春番外編『辰年』2

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 俺は参詣者に甘酒を配りながら、ちらちらと翠を目で追っていた。

 濃紫の袈裟を着た翠は、除夜の鐘をやり遂げた達成感からか、晴れやかな満ち足りた表情を浮かべていた。

 相変わらず、美しい人だ。

 少し疲弊した様子にもそそられる。

 それにしても、朝から晩までよく頑張ったな。

 翠、そろそろ休んでくれよ。

 庫裡にとっておきの甘い物を用意してあるから。

 俺の言葉が聞こえたのか、翠はすっと母屋に消えていった。

 よし、それでいい。

 このタイミングで、俺にはやるべきことがある。

 月影寺の住職は、超イケメンの美坊主だという噂がSNSを通じてじわじわと広まっているのを察知し、予防線を張ることにした。

 俺の翠を邪の心で見る輩から、守りたくて隠したくて。

「薙、だいぶ人も捌けたようだな。悪いが少し抜けるぞ」
「OK。流さん、任せて!」

 爽やかな薙は、翠によく似た顔だが威勢が良いので変な輩は寄りつかない。

 だが翠は危なっかしいから、俺の出番だ。

「よし、飾るぞ! そーれ!」

 本殿の賽銭箱の横に、超特大の昇り竜の絵をぐぐっと掲げた。

「わぁぁ!」
「すごい! 縁起がいい」
「今年の干支だわ」

 参詣客のどよめきが心地良いぞ。

 この絵は、年末に一気に書き上げたものだ。

 「昇り竜」とは天に向かって上昇している竜のことで、転じて勇壮果敢で勢い付いている様子を形容する表現にも使われる。

 何人たりとも、不埒な心で住職に近づくことなかれ。

 清い心で精進し、竜のように勢いよく世界を駆け巡れ。

 そんな願いを込めて描いたものだ。

「わぁ、すごく迫力のある竜ね」
「竜さんだ。かっこいい」
「やっぱり竜が一番だわね」

 ふふん、最高の褒め言葉をありがとう!諸君!

 
 深夜過ぎまで月影寺はいつになく賑やかで、ようやく俺が床についたのは、もう3時過ぎだった。

 俺はこの年齢になっても血気盛んだからいいが、翠はそうはいかない。

 もともと、そう身体が丈夫なわけではないのだ。

 風邪に引きやすいし、疲れやすい身体だ。

 俺が翠を守るのは、決まっていたことなんだ。

 翠に吹き付ける北風の盾になってやるからな。

 翠だって同じ男だ。こんな風に守られるのは不本意かもしてないが、俺と一つになる道を選んでくれてから、翠は俺に委ね甘えてくれるようになった。

 遠い昔、叶えられなかった関係になってくれたのだ。

 
 明け方うとうとしていると、カタンと扉の開く音がした。

 翠か……?

 慌てて障子を明けると、翠が白い行衣姿で背筋を伸ばしてスタスタと歩いていて、竹林の中に消えてしまった。

 お、おい!
 
 この寒空にそんな薄着でどこへ行く?

 慌てて作務衣をひっかけて、下駄を履いて飛び出した。

 翠の足は速かった。

 どこだ?

 
****

 今から僕は滝行をする。

 月影寺の滝でも、滝行は出来るだろう。

 とにかく最近の僕は少しおかしいんだ。

 新年早々、ふつふつと沸き起こる独占欲と性欲を静めなくては。

 白い行衣に鉢巻きをキリッと巻き、数珠を握った。

 今日は一段と冷えこんでいるが、僕の身体からは流への愛がまるで昇り竜のように駆け上がってくるんだ。このままでは、まともに住職としての勤めが出来ないよ。

「いざっ!」
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