重なる月

志生帆 海

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16章

番外編 月影寺の毬栗 &お詫び

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お久しぶりです。
現在『重なる月』は『幸せな存在』の方でクロスオーバーをしているためお休みしていますが、『天つ風』の44話を掲載していなかったことに気付きましたので、挿入しました。

こちらになります。

https://www.alphapolis.co.jp/novel/492454226/179205590/episode/7502976


また翠と流の幼少期から洋を月影寺に迎えるまでの物語を連載スタートしました。

『忍ぶれど…』https://www.alphapolis.co.jp/novel/492454226/671790350

禁断の兄弟愛、切なさ募る話ですが、よろしければ。



****

おまけでSSです。







小話『月影寺の毬栗《いがぐり》』


 楽しかったサマーキャンプの後は怒濤のように9月が過ぎて、あっという間に10月になっていた。

 空が一段高くなり、秋がやってきた。

 さぁ、今日はこれからは大仕事だ。

 寺の庫裏で檀家さんが山ほど置いていった毬栗を見て、ニヤリと笑った。

「流、何をしているんだい?」

 すっと現れた袈裟姿の翠の耽美な美しさに、思わず目を細めた。

「毬栗《いがぐり》を檀家さんにもらったんだ」
「へぇ、風情があるね。どこにお供えしようか。飾るのもいいね」

 翠が目を輝かせる。

 その澄んだ瞳の奥に、俺を見つけニヤリと笑う。

「これは飾るんじゃなくて、食うんだよ」
「あぁ……そうか、栗だものね」
「イガの中には瑞々しい美味しい実があるからな。まるで翠のように」
「えっ……」

 袈裟を着た翠は近寄りがたいが、その中身は、瑞々しい俺の翠だ。

「りゅ、流……あの……もしかして変なこと考えてない?」
「そういう翠は?」
「か、考えてないよ」

 目元を染めている所で、バレバレなんだが……

 はぁ……この人はどうしてこうも可愛いのか。

「イガから取りだした栗を一晩つけておくのさ。明日は皮と渋皮剥きだ」
「ふぅん、随分と手間がかかるんだね」
「手間をかけるのは好きだから、一向に構わない」
「そうか……『手間』というのは、いいね。『面倒』とは違う趣を感じるよ」
「ふっ、そうだな。言葉一つで意識も変わるものだ。よし今宵は翠にも一手間かけるか」
「え? どうして、そうなるの?」
「翠が言い出したんだろ?」
「そうだったか」

 翠が脳内であれこれ考え出したので、俺はイガを踏みつけて剥く作業に取りかかった。

 こんな時間もいいものだ。

 ゆるり、ゆるりと同じ時が流れていく。




 毬から取り出した栗をざるに並べていると、薙が下校してきた。

「流さん、何してんの?」
「あぁ、栗の下処理をしているんだ」
「へぇ、随分大がかりで大変そうだね」

 薙の高校の制服は、ブレザースタイルだった。夏服は白いシャツにズボンと至ってシンプルな分、薙の爽やかな魅力を増しているような気がした。

「こうやって手間暇かけることによって、旨味が増すんだよ」
「ふぅん」
「薙みたいにな」
「おれは食い物じゃないよ」
「ははっ、薙、栗は好きか」
「おれはモンブランが一番好きだよ。ねぇこれで作ってよ」
「むむむ、ハードルが高いな」

 夕刻、半日ほど天日に干した栗を水に浸けていると、今度は洋くんがやってきた。

「流さん、栗を水につけるのはどうしてですか」
「あぁ虫がついた栗を避けられるし、皮が柔らかくなり剥きやすくなるからだ。洋くんも栗が好きなのか」
「ふぅん……あの、俺は栗きんとんが好きです」
「へぇ、意外だな」
「そうですか。何だか食べたくなってきたな。あれは美味しいですよね」

 ペロッと赤い舌を出す洋くんは、色気が増していた。

「しょうがないなぁ……栗を剥いたら分けてやるよ。丈に作ってもらえ」
「そうします!」

 翌朝、栗を大きな釜で茹でていると、翠が嬉しそうにやってきた。

「あぁ、やっと茹でる段階まで来たんだね。本当に手間のかかること」
「翠は? 翠はどうやって食べるのが好きだ? 何でも作ってやるよ」
「僕? そうだね……僕は……流に食べさせてもらうのが好きだよ」
「‼‼‼」

 流石、天晴れ……俺の翠だ。

 今すぐ渋皮を剥いて、その口に放り込んでいやりたい衝動に駆られた。

「りゅ、流? 目が怖いよ。僕……変なことを言った?」
「無性に翠を食べたくなった」

 翠の腰を抱き寄せ胸元を密着させて動きを封じてから、唇を頂戴した。

「なんで? んっ……ん……僕は栗を食べたいって……言っただけ……」
 
 甘い口づけの後は、翠は少し恨みがましい目つきで、栗の調理台に前に座って、俺の手元を見つめていた。

「どうした?」
「流はずるいな、僕をドキドキさせるだけさせて、澄ました顔でずっと……作業をしている」
「悪かったよ。これ剥いてしまうまで、待っていてくれ」
「どうやって剥くの?」
「いいか……茹でた栗の皮を剥く場合は、まず栗の底の部分に包丁で切り込みを入れるんだ。切り込みを入れた部分に包丁を引っ掛け、栗の頭の方に向かって引っ張りながら剥くと、ほら、綺麗だろう」
「ふぅん……難しそうなのに、器用に剥くね。僕には無理そうだ」
「まぁ見てろよ。鬼皮を剥き終えたら渋皮を剥くんだ。りんご剥きの要領で栗を回しながら剥けばいいのさ」
「うんうん、本当に見事だよ。流の手は……見惚れちゃうよ」

 よしよし、もう一声。
 俺は、あの言葉が欲しい。
 久しぶりに、聞かせてくれよ。

 なぁ俺の腕前はどうだ?
 俺の手は……

「流兄さん、大変そうですね。手伝いましょう」
「じょっ、丈、いつの間に?」
「洋に急かされたんですよ。早く栗きんとんが食べたいと」
「なっ!」

 丈は、相変わらず洋くんに甘いな。激甘だ。
 そして洋くんは丈にそこまで甘えられるのか。

 丈が余裕の笑みでマイ・ナイフを取り出し、見事な手捌きで次々と剥いていく。

 くそっ、敵わないよ、外科医のお前には。

「丈は流石だね。やっぱり丈の手はゴッ……」

 俺は慌てて翠の口を塞いだ。

 モゴモゴ……

「何をしているんですか。 真っ昼間からイチャついて」
「はははっ、翠、その先は夜、俺に言うべきことだろう」
「りゅ、流、こらっ、離せって」

 翠がジタバタするのを抑えこむと、翠がふっと笑った。

「そういえば、不貞腐れて暴れるやんちゃな流を、丈と二人ががかりでこんな風に抑えこんだこともあったね」
「えぇ、よく覚えていますよ」

 むむっ、丈がさり気なく口角を上げている。

「余計なことを思い出すなって。翠はもう勤めに戻れ」

 結局その後は、丈と色気なしで栗剥きバトルをした。

「はぁ……丈のゴッドハンドには敵わん!」
 
 疲れ果てた俺は……結局自ら、認めてしまった。

「ふっ、兄さんもなかなかでしたよ。じゃ、これはいただきますよ。あとはごゆっくり」
「あぁ、持ってけ、持ってけ!」



 俺は呼吸を整え、剥いた栗を皿に載せて、翠の元へ向かった。

 お望み通り、一粒、一粒、俺の手で食べさせてやろう。

 翠の衣食住は、いつだって俺が担っている。


****
 
「丈、お帰り」
「ほら、栗だ」
「へぇ綺麗に剥けたな。流石、丈だ」
「……もう一声欲しいな」

 洋が艶やかに微笑んで、私の手を労るように撫でてくれた。

「んっ……この手は俺だけのものだ。ゴッドハンドだもんな」
「そうだ。それを聞きたかった」

 洋の首筋に手をぴたりとあて、そっと撫でてやると、洋はうっとりと目を閉じた。

 胸元の開いた柔らかい布地の服の中で、洋の身体が紅葉のように色づいていく。

 そのまま手を滑らせ胸の突起を指先でカリッと引っ掻いてやると、洋の口から甘い吐息が漏れる。

「……ここ、感じるか」
「あ……っ、ちょっと待って……俺の栗きんとんは……」
「洋がいい子にしていたら、作ってやろう」
「んっ……分かった……丈……はぁ……もどかしいよ」

 私にだけ従順な洋。

 そんな洋の身体に今日も溺れそうだ。


****

 翠の元へと廊下をスタスタ歩いていると、後ろから呼び止められた。

「流さん!」
「ん?」
「モンブラン作ってくれるんだろう。その栗でさ! 冷蔵庫見たよ。材料が揃っていた!」

 薙が俺の作務衣の袖をグイグイと引っ張る。

「お、おい……っ、これはだな……」
「早く、早く!」
「ちょ、ちょっと待って」
「父さんが気になる? 大丈夫、ちゃんと待っているよ」

 薙が悪戯っ子のように笑うので不思議に思うと、庫裡に翠が立っていた。

 とても晴れやかな父の顔。(なんで?)

「流、薙がね。僕にモンブランを作って欲しいんだって。だから思い切ってやってみようと思って……なぁ、僕に教えてくれる?」
「はぁ……」
「やった! 俺、中間テストの勉強してくるから、出来たら呼んでね!」

 やれやれ……薙は俺に似て、風来坊だなと苦笑してしまう。
 
 しかし、翠に作らせるとは……なんとも無謀な挑戦を……

「なぁ、駄目か」

 翠の甘えた声が脳天に突き刺さる。

「駄目じゃないですよ。但し、エプロンを着けてくれたら」
「エプロン? うん、いいよ。どれ?」

 俺は翠の耳元でそっと囁いてやる。

「今じゃない。夜にだ」
「えっ……」
 
 翠の動揺と羞恥と……その中に潜む微かな期待を感じ取って、盛大にニヤリとしてしまった。

「翠は案外好奇心旺盛だよな」
「そ……そんなことない」
「きっと似合うよ。なぁ見せてくれよ」
「ん……もう……仕方が無いね……」

 優しく許してくれる翠。
 俺に委ねてくれる翠。

 夜が楽しみだ。










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