重なる月

志生帆 海

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16章

天つ風 44

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「今宵は俺が看病するから、翠は自分の部屋に戻れ。明日は仕事がたて込んでいるだろう」
「僕はさっき仮眠させてもらったから、大丈夫だよ。それに明日多忙なのはは流も同じだ。だから流こそ自室でゆっくり休むといい」
「翠……」
「……流」

 お互いに目が合って、笑みが零れた。

「これじゃ昔と変わらん」
「そうだね」

 あの頃の僕たちは相手が大事過ぎて、相手の立場を考え過ぎて、あえて手放したり、突き放したり、そんなことばかりを繰り返していたね。

「流……今宵は離れがたい。ならばいっそ僕たちもここで眠ろう」
「それな! 俺も言おうと思っていた。待ってろ! 二階から布団を下ろしてくる」

 流は喜び勇んで二階に駆け上がり、両手に布団を抱えて戻ってきた。

 あっという間に2組の布団が、薙のベッドの横に敷かれた。

「よし! 準備完了だ」
「流、僕たち……過保護過ぎるかな?」
「そんなことない。当然のことだ」

 流に手を引かれ横になると、あっという間に眠りに落ちた。

****

「うっ……」

 身体が熱っぽく喉がカラカラだ。

 寝苦しい。

 汗ばんだ身体が気持ち悪く寝返りを打ちたいのに、身体が鉛のように重く動かない。

 足首の辺りがズキズキ痛むのは何故だ?

 あっそうだ……オレ骨折したんだ。

 ヤバいな。

 こんな日は怖い夢を見そうだ。

 朝起きたら、この世に一人ぼっちになっている夢を。
 
 どんなに叫んでも、誰もいない悲しい夢。

 ほら暗闇がオレを攫いにやってくる。

 誰もいない暗黒の世界へ誘いに――

「い……や……だ……こわ……い」

 頭を必死に振って夢を追い払おうとすると、優しい声が聞こえた。

「薙、大丈夫だよ。皆、ここにいる。父さんがいる。流もいる」
「あ……父さん? そこにいるの?」
「そうだよ。冷たいお水を持って来たよ」
「すげぇ飲みたい。起こして」
「うん」

 父さんに上半身を起こしてもらい、水をゴクゴクと飲み干した。

「ありがとう。メチャクチャ美味しい」
「かなり汗をかいたね。パジャマを着替えよう」
「……うん」
 
 小さい頃、熱を出すと父さんが甲斐甲斐しく世話をしてくれた。

 それを思い出す。
 
 眠いし頭がぼんやりしているので、コクンと頷いて素直に従った。

 真新しいパジャマはお日様の匂いがして快適だった。

「ありがとう」
「もう一度、眠れそうかな?」
「うん……父さん……あのさ……手……つないで」

 高校生にもなって、手を繋いで欲しいなんて……

 オレ、何を言って?

 でも今は夢現だ。

 ……甘えてみたい。

「うん、ほら、これで安心した? 父さん、ずっとここにいるから、お眠り」
「ありがとう」

 父さんがオレの手を握ってくれると、心が一気に凪いでいった。
 
 薙と凪は同じ発音だ。

 なぎ……どっちも好きだ。




 今度は明け方、目覚めた。

 まずいな。

 ずっとトイレに行ってなかったから、猛烈にトイレに行きたい。

 股間を押さえてもぞもぞしていると、声をかけられた。

 今度は流さんだった。

「薙、トイレか」
「うん」
「オレも行きたいから一緒に行こう」
「行く! 松葉杖どこ?」
「今は間に合わないだろう。ほれっ」
「わわ!」

 また横抱きされてトイレまでワープした。

「だからぁ、はずいって」
「漏らしていいのか。俺も薙のおしめを替えたことがあるから、今更恥ずかしがるな」
「まじ?」
「マジだ」
「わ……わかった」

 トイレでも身体を支えてもらい恥ずかしかったが、漏らすよりはマシだ。

「スッキリしたか」
「ん! 危なかった」
「よし、ほら、帰りは練習だ」

 今度は松葉杖を渡されたので、廊下をゆっくりゆっくり進んだ。

「昨日より上手だぞ」
「しばらく世話になるから、頑張るよ」
「そうだな」
 
 部屋に戻ると、父さんがオレのベッドに頭をのせて窮屈な姿勢で眠っていた。

「もしかして二人とも付き添ってくれたの?」
「あぁ、離れがたくてな」

 離れがたい……

 オレがそんな存在になれるなんて――

「流さん、父さんを抱っこしてくれない? ちゃんと布団に寝かせてあげて」
「そうだな。ついに抱っこのお披露目か」
「ははっ、うん!」

 父さんは軽々と流さんに横抱きにされ、静かに布団に寝かされた。

 まるで宝物を扱うような一連の動作にグッときた。

 オレの父さんをここまで大事にしてくれる人は、流さん以外いない。

 そう受け止めると、とても神聖に思えた。

 流さんに身を委ねる父さんの寛いだ寝顔は、いつまでも眺めていたい程安らかだった。

「もう夜が明けそうだ。薙はもう少し眠れ」
「うん、ありがとう……おやすみ」

 障子の向こうが、少しずつ白んでいく。



 今のオレはもうひとりぼっちじゃない。

 二人の幸せの中にいる。

 そう思うと嬉しくなった。

 父さんの幸せがオレの幸せと直結していることを知る、明るい夜明けだった。
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